【KAC20242】この家、いくらだと思ってるんだよ

金燈スピカ

この家、いくらだと思ってるんだよ

「ねえ、リン、一緒に住まない?」


 ありったけの勇気を出して絞り出した言葉に、彼女は驚いてくりくりした瞳を見開いた。


「住む?」


 学校の帰り道にある公園は、遊具がショボいせいでいつもあまり人がいない。周りも家ばかりだから人通りも少ない。だから放課後、何でもない顔をしてベンチに座って、リンと話すのにはちょうどいい。


「どういうこと?」


 リンは無邪気に聞き返して、僕の顔の近くまでずいと近づくと、瞳の中をじっと覗き込む。池の底に落ちたコインを探している時みたいに、リンの顔は真剣で、少し遠くを見ている。


「受験終わったし、高校卒業したらバイトできるようになるからさ。そしたら、……リンの家、買う。どう?」

「買うって……」


 リンは目を見開くと、クスクス笑いながら僕から身を離した。


「おうちなんて、そう簡単に買えるものじゃないでしょ。からかわないでよ」

「買えるよ! 今はいろいろあるんだよ」

「ええー? タクマはすぐ大袈裟に言うからなあ」


 くすくすくす、とリンは肩を震わせて笑っている。その指先は寒さでほんのりと赤くなっていて、桜の花びらみたいだ。


「じゃ、買ってくれるなら、下見に行こ。それでいいのがあったら考える」

「内見だね。いいよ。いつ行く?」

「今から!」

「今から!?」


 ギョッとした僕を見て、リンはにんまりする。


「ほら、やっぱ無理なんじゃん」

「いや……そうじゃなくてさ。どんな家がいいかも決まってないのに闇雲に見るだけじゃ、迷うだけじゃん。お店の人にも迷惑だよ」

「あ、そっか」


 リンは僕の隣で、ベンチに寄りかかってしょんぼりと俯いた。丸くなった背中がハムスターみたい、って言ったら怒るかな。


「……たぶんそういうカタログがあるから、駅の方行ってみようか。ネットにもあるかも」

「ネットでできるならネットがいい! 今日引越す!」

「だから、そんなすぐには無理だよ、内見もしてないのに」

「ええー欲しい欲しい欲しいリンのおうち!」

「まだバイト始めてもないから、だいぶ先だよ」

「なーんだあ、残念。だいぶ先っていつ頃? 何の花が咲く?」


 上目遣いに僕を見上げるリンの明るい茶色の髪が、風に吹かれて靡く。それがとても寒そうに見えて、僕は思わず手を伸ばした。


「ほら」

「わ、ありがとう」


 ニコニコと笑うリン。手袋をしていない僕の手は風に晒されて冷たいけど、この笑顔を見られるならそんなのは全然気にならない。


「そうだなあ。桜の花が咲く頃には決められるといいな。一緒に色々探そう」

「うん! リンのおうち!」


 リンは顔を輝かせ、嬉しそうに拳を振ってみせた。




*  *  *  *  *




 梅の花が、寒さに負けずに少しずつほころんでいく。


「二階ってほどじゃないけど、屋根裏部屋みたいにちょっと上に別のところがあるのはいいよね」

「ロフト?」

「そうそれ!」

「これとかは?」

「うーん……上るのがハシゴはちょっとやだなあ」


 学校の近くの畑の脇に、スイセンの芽がにょきにょきと伸びていく。


「やっぱりお風呂とトイレは別がいい!」

「ええ、それだと高くなるよって言っただろ」

「だけど、気持ちよくのんびりお風呂に入りたいもん!」

「ええー……」


 ネコヤナギのもこもこの芽から、白い柔らかな花がふんわりと顔を出す。


「このキッチンは火で料理できるのかな?」

「火じゃなかったと思うなあ」

「火じゃないと、お料理してるなーって気分が出ないんだよねえ」


 タンポポが大粒のボタンのようにそこかしこに花開く。


「こういうお庭があるところで、外でお茶が出来たら素敵!」

「ええー……こんな小さい庭で意味ある……?」

「ある!」

「いくらするんだろ、これ……」


 つくしが川沿いの土手いちめんから真っ直ぐに空を目指し、


「ベッドこれがいい! 可愛い!」

「はいはい」


 すみれが、


「このダイニングセットにするー!」

「はいはい」


 桃の花が、


「このフライパンとお鍋のセットめちゃくちゃ可愛くない!? あっ食器のセットもある!」

「はいはい」


 菜の花が花開き、


「ね、せっかく新しいおうちなんだし、お洋服も買っていいよね?」

「……はいはい」


 はあ、全部でいくらになるんだろう。バイトだけでこの先やっていけるかな?


 リンが新しい服に袖を通して嬉しそうに微笑んだころ、僕たちの公園の桜の花が、青空の下で綺麗に咲いた。リンはいつものベンチに座って花びらがくるくる落ちてくるのを眺めていて、時々手を伸ばしてそれを捕まえようとしている。けれど花びらは生き物のように逃げてしまって、リンは笑いながらため息をついていた。


「……リン」

「タクマ!」


 ぱっと輝いたリンの笑顔は、どんな花よりも綺麗だ。

 新居にいくらかかったとしても、一緒にいられるなら、まあいいか。


「お待たせ、行こうか」

「うん!」


 リンは頷くと、ぴょんとベンチから飛び降りた。




*  *  *  *  *




 1LDK、バストイレ別、階段ロフト付き。


「わあああああ……!」


 僕の肩の上で、リンが嬉しそうに声を出す。


「庭はおまけで作っておいたよ」

「うん、うん!」


 僕の部屋の窓辺に置かれた背の低い本棚。殺風景な部屋の中で、その本棚の上にちょんと置かれた、豪華すぎるくらい豪華なドールハウス。ちゃんと照明もついて、寝るところはカーテンで目隠し出来て、なによりキッチンはマッチとキャンドルで本当に料理することが出来る。一階の横には、本物のミニ観葉植物を植えた箱庭を置いた。正直バイト代吹っ飛んだし、作るのもかなり骨を折ったけど、満足いく仕上がりになったんじゃないかな。


「私のおうち!!!」

「総額三万円です」


 リンは僕の肩の上からぴょんと飛び立つと、背中の羽をふるわせてふんわりと飛び、ドールハウスの玄関に降り立った。彼女にとっては全てが自分サイズだ。ぱたぱたと家の中を駆け回り、ソファに飛び乗り、ベッドの上でごろごろして、キッチンセットを覗き込み、クローゼットの中身が知らない服でいっぱいなのを見つけてにんまりする。


「タクマありがとう、これからよろしくね! 大好き!!!!!!」


 僕の大切な妖精のお姫様は、そう言ってとびきりの笑顔で笑ってくれた。


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