第2話 出会う若者達

 改めて確認するが、俺の知り合いはいない。あの集団は全員顔も知らない他クラスの人間ばかりだ。

 じゃあ誰だ? 誰が俺の名前を?


 半ば警戒するように、俺は宮殿の入り口へ向けて振り返った。


「へへ。やっぱさ、キミってば香月くんじゃん? ほらやっぱそうだ! オレってばナイス推理っしょ!」


 馴れ馴れしい態度を取りながら近づいてくるには、やはり俺の知らない顔だった。


 日に焼けた褐色の肌に、肩まで届くような癖のある茶髪。俺より背が高い。

 パッチリとした釣り目に人懐っこそうな笑顔を張り付けていた。


 不審がる俺の顔を見てか、その人物は笑いながら八重歯を覗かせて口を開いた。


「あ、ほらさ、この手帳! キミんじゃん? この写真なんてソックリ」


 そうして差し出したのは、俺の顔写真が貼ってあるページを開いた生徒手帳だ。

 落としてたのか。なら俺の顔も名前も知っていて不思議じゃない。


 だがなんで後ろ姿だけで俺だと分かった?


「ぇ……ぁ……なんで……?」


 疑問を口にする俺に対して、そいつは……。


「だってあそこに居る連中ってオレのダチばっかだからさ、そこで顔の知らないヤツの手帳が落ちてたら、後は消去法じゃん?」


 なるほどだった。

 見るからにチャラそうな見た目をしてるクセして観察眼が鋭い。


「ぁ……で、でもなんっで……?」


「オレが此処に来たワケ? そんなのこれ届ける為に決まってるっしょ」


 そう言って、俺に生徒手帳をそっと手渡して来たのだからますます混乱した。


 一体何のメリットがあってこの男、わざわざ俺みたいな縁の無い陰キャにこんなもの届けて来たって言うんだ?


「折角のこんなステキな出会いだぜ? こんなチャンス逃がしたらハッピーじゃないじゃん」


「す、てき……?」


「そうそ! 出会いはいつもステキじゃないと。だってダチになれるかもなんだよ? だからハッピーじゃん!」


 何言ってるのか全然理解が出来ない。これだからノリだけで生きてそうな人種ってヤツは苦手なんだ。


「ホラホラ、もっと嬉しそうな顔しちゃってさ! オレってほら、クラスの人気者じゃん? って知らないかオレの事なんて。でもお調子者なのは見ての通りって!」


 タハハと笑うその男の顔を見て、余計に理解に苦しむ。


「ぁ、ありがと……。じゃ」


 良く分からない男の意味不明な行動に悩まされている程の余裕は無い。

 先ずはこの辺りの地形とか、近くに街があるのかとか、そういう有意義な事をしなければならない身の上なんだ。


 実際、いきなり笑顔で近寄ってくる陽キャなんて信用出来ないだろうよ。何も考えてなさそうでも、肌の合わない人種とは一緒に居てもそれだけで消耗してしまう性分だからな。


 そんな疑心に満ちた俺を他所に、男は立ち去ろうとする俺の肩に手を置いて来た。


「な!?」


「一人でどっか行くの? でも何かあるかわかんないぜ?」


 こいつからしたら当然の疑問なのかもしれないが、正直なところ放っといてほしい。

 リスクは承知の上、そもそもこの男には何の関係もない。


「べ、別にそっちには関係……」



「じゃあオレも行ったげる! ほら、落し物届けた仲じゃん? じゃあ関係者じゃん!」



「ぇ……?」


 は?


 思考が一瞬ショートしてしまった。この男は一体何を言ってるんだ?

 お前にはお仲間の陽キャがいるだろ。だったらはみ出し者に一々構うんじゃない。


 こいつに何の得がある? お友達と仲良く異世界探訪でもしてる方が有意義な時間だろ、絶対。


 振りほどこうにもこの男、俺の肩をがっちり掴んで離さない。

 なんだこいつ、見た目以上に力があるぞ。


 このまま無理やり行こうとしても無理だな、このままじゃ埒が明かない。

 俺は一旦深呼吸して、喉を整えながら疑問を零す事にした。


「な、なんで俺に」


「ついて行く理由なんて一人じゃ寂しいからでいいじゃん? 意外とウマ? が合うかもだぜ」


 意味が分からない。


「ぉ、俺はひと」


「一人じゃやっぱキツイと思うな~。残して来た連中は上手いことキョーリョクしてやってけるだろうけど、香月くんは何か合ったら大変だべ?」


 まるで押し問答だ。言ってる事が堂々巡り化している。

 一体こいつがどういう理由で俺に構うのか知らないが、仕方ない。


 ……近くの町までだ。そこまで行ったら人混みに紛れて巻いてやる。


「わ、わか」


「わかってくれちゃってサンキュー! へへ、お近づき記念日のた~んじょってね」


 謎単語を繰り出されてもわからん。

 そもそもこいつの事を俺は全く知らないんだけど、なんて馴れ馴れしいんだ。人の事ファーストネームで呼びがやがって。

 いや、別に知りたいとも思わないが。


「あ、オレの名前は棚見矢耕。ヤコちゃんでもヤコたんでもヤコーっちでも好きに呼んでいいよ」


「……」


 折角の提案だが、そんな風に呼ぶことは一生かかってもないだろう。

 この到底ソリの合わなそうな陽キャの事を気安く呼びたくないんでね。


「ホラホラ、そうと決まったら早速この道レッツゴーしちゃうみたいな! 背中ついて来て~」


 ……何で立場が逆転してるんだ?



 ◇◇◇



 神殿が遠くに去って行く程に歩いた道、この舗装され具合から行っても明らかに人の往来の爪痕を感じずにはいられない。

 確実に人気のある方向に向かっているはずだ。


 本来なら一人でこれからのことなどを思案しながらこの道を歩いていただろうに……。


「ふんふんふ~ん。ほら香月ってば、こんな気持ちい風と空気にありがとうってな感じでワクワクして来ない? オレってさ、ほら田舎感に憧れちゃう系の純情ハート持ちだからさ」


 何がほらだ? 俺はお前の事なんて一ミリも知らないんだから同意求められても困るっていうのに。


「キャハハ! やっぱここって電波入んないや。ネットも繋がんないしさ、こんな時代にスマホが役立たないなんて貴重な体験じゃ~ん。これってラッキーだよね」


 本当にラッキーならそもそもこんなわけのわからない場所に飛ばされてない。

 こいつの幸運と基準は一体何だ?

 なんでこんな脳の代わりに鈴でも入ってそうなカラカラ頭と一緒に話しかけられなきゃならないのか……。


 道は森の中を通り、俺達は森林の濃い空気で肺を循環させながら進んでいた。

 確かに空気は美味い。都会育ちでもその違いが判るような気がする程には体感出来る。


 でもだからと言って俺はそういうものに感動を覚える人間ではない。

 今俺にあるものとすれば鬱陶しいと思う感情である。


 応答しないにも関わらず、この棚見とか言う男はさっきから喋り続けている。反応が返ってこないんだからやめればいいのに、なぜか飽きていない。


 やはり陽キャとかいう人種は理解が出来んな。


 そんな成立していないやり取りが続く。

 森特有の過ごしやすい涼しさ故に疲れも感じにくいが、精神的な意味でそろそろバテ始めていた。


 周囲の木々から何かしらの動物、または化け物の類が出てこないかという警戒に加えて、この男の中身の無い独り言を延々聞かされて一休みしたい気分だ。


「…………はぁ」


 前を歩く棚見に分からないように小さくため息をつく。せめて無事に人の居る村やら町やらにたどり着けたらいいが……。


(せめて能力ぐらいは今日中に把握出来たらいいんだけど……)


 そんな風に考えていた時で、気づいたら目の前を歩いていた棚見が消えていた。

 な、何だ急に? 一体どこへ……?


(いや、そんな事を気にする時じゃない。これはチャンスだ! 今のうちに走ってこの森を抜けて……)


「香月くーん! これ見て、なんか面白そうなの見つけたー!」


 チャンスだと思い走る態勢に移行しようとした時、脇道の木陰から声が響いて来る。


 ……なんだよそれ。ぬか喜びで終わってしまった。


 そちらを向くと、棚見が笑顔で手を振っていた。

 厳密に言えばその手の中にボロボロの剣を握りしめて。


「こういうの見るとさぁ、な~んかファンタジー感じない? オレってば感動!」


 言い分は分かるが振り回すほどかよ。

 まるで下校途中に手頃な木の枝を見つけた小学生のようなテンションだ。


 内心呆れている俺だったが、そんな事お構いなしな棚見……であったのだが。


 何故かみるみる内に真顔になっていった。


 何だ、いきなり……?


 急な変化に戸惑っている俺を余所に、棚見は手に持っていた剣を――俺の方へとぶん投げてきて……ッ!?

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