戦いの場に立つ者達
砂石一獄
①-1 雷鳴vs烈風
最後に人が立ち入ったのはいつなのか、もはや確認する術のないホテルのラウンジ。
コンクリートは老朽化し、崩落した天井からは日差しが差し込んでいた。色彩を失った空間に、それは突然訪れた。
もはや乗せる者を失ったはずのエレベーターに電流が走る。明かりの灯ったそれは鈍い音を立て、ゆっくりとラウンジへと到達する。その中から現れたのは、金髪の少年だ。名前をライナという。
彼はエレベーターの開閉ボタンに手を当てていたが、その触れる手のひらからは電流が迸っていた。彼が手を離すと、エレベーターは一仕事を終えたと言わぬばかりに動作を停止する。
そして、ラウンジの中央へと歩み寄り、一点の壁を見つめた。
「遅いぞ、フウリ」
そう語りかけた壁は、まるで爆弾でも仕掛けられていたかのように激しく飛散した。否、爆弾が仕掛けられていたわけでは無く、フウリと呼ばれた銀髪の少年が放つ風弾によるものが、壁を破壊したのだ。
だが、ライナは驚く様子も見せず、冷静にフウリを見据える。
「いや、君も今来たところだろう?」
「ばれたか」
ライナは、おどけたように苦笑して見せた。フウリは自身に降りかかった瓦礫の破片を手のひらではたき落とす。
「運動前の食事はしてきたか?」
「もちろん、そういうライナはどうだ」
「はっ、俺だって食べてきたさ」
「そうか、それなら良かった。何故なら」
「ああ、そうだな。これが」
二人はまるで示し合わせたかのように言葉を紡ぐ。
「「これが最後の晩餐になるのだからな」!!」
ライナはフウリの懐へと素早く潜り込み、掌底を叩き込む。フウリは素早く掌底を自身の左手でカバーするが、続く左フックをかわすことが出来ず、頬へと強い衝撃を喰らう。
衝撃に身体を揺らすフウリに追撃せんとライナは更に躍りかかり、身体を捻り踵落しを狙う。それに気付くフウリは両手でそれを防いだ。
フウリの両手を足場として、ライナは高く飛び上がった。両腕に重みののしかかったフウリは、重さに耐えきれずバランスを崩す。
ライナは空中で躯を回転させたかと思えば、両手に稲妻を迸らせる。回転しながら稲妻の軌跡を迸らせる彼はまるで自身が雷鳴と化したようだ。
そのまま重力に従って、地面へと稲妻を迸らせた両掌底を叩き込む。フウリは間一髪バックステップを刻むことで直接の攻撃を回避することは出来たが、地面より噴水のように湧き起こる稲妻を回避することは出来なかった。
「――っ」
全身に激痛が走るのを感じながら、フウリは更に距離を取る。彼の足元には、ホテルの名簿管理で使われていたであろうペンが数種類転がっていた。
素早く屈み、ペンを数本わしづかむと、それらをライナへ向けて放り投げた。更に投げたペンに風を纏わせ、更に速度を向上させる。
銃弾にも似た速度で襲いかかるペンをライナはサイドステップを刻むことで回避。地面に鋭くペンが突き刺さった。ライナはそれらに一瞬目を奪われていたとき、突如風弾がライナの胴元へと直撃。
激痛に身体を捩る間にも、フウリは風弾を連続して射出する。ライナは堪ったものではないと言わぬばかりに、痛みを堪えラウンジの大理石を駆け抜ける。彼が走った地面を辿るように、風弾が地面を抉り、大理石の欠片が舞い上がる。
上階へと向かう階段まで退避したところで、風弾を撃ち込むのを止めたフウリはライナの方を見てニヤリと笑う。
「どうだ、気分は」
「……最悪だよ」
「知ってたよ」
そう言うとフウリは両足に風を纏わせる。それを認識したときには素早くライナが立つ階段の所まで躍りかかっていた。ライナは階段を駆け上がりながら、フウリの速度に任せた連撃の一つ一つを回避する。
空を切る攻撃の一つ一つが、当たれば致命傷になりかねない。その証拠に、空を切った連撃が階段の手すりや段差に直撃する度に、それらが抉れていき材質が露わになる。
階段の踊り場まで逃げ込んだライナは、躯をくるりと回転させたかと思えば、迸る雷撃を喰らわせんと右手に稲妻を迸らせ、カウンターを狙う。
それに気付いたフウリは、追撃の手を緩め、ライナと距離を取る。
「そう簡単には引っかからないか、残念」
「全く、油断も隙も無いな。ライナは」
フウリが彼をそう評価すると、ライナは右手に秘めた稲妻を空中に放散させる。行き場を失った稲妻が大気中に還っていった。
「……?攻撃しないのか?もったいない」
「必要ないさ、何故なら」
そう言ったかと思えば、ライナは地面を力強く踏み抜いた。フウリの連撃によりあちこちに穴の開いた階段が、徐々に崩れ落ちていく。
足場が崩落し、バランスを崩し墜ちていくフウリを見ながらライナは不敵な笑みを見せた。
「お前が余計な事をしてくれたからな!」
「――!!」
崩落する階段と共に、フウリは地面に叩き付けられる。だが、寸前に彼は身体に風を纏うことで衝撃を軽減させた。激しく舞い上がる土埃を、自身を中心とした風を用いて吹き飛ばす。周囲の景色がクリアとなり、辺り一面に崩落した階段と、より一層視界の開けたラウンジが見える。
だが、ざっと見渡してもライナの姿が見当たらない。見失った――フウリは警戒を強めるが、彼の足元にライナは身を潜ませていた。
「こっちだ」
「!?」
ライナを見下ろすフウリに、彼は右アッパーを直撃させた。意識外の攻撃によろめくフウリに更に追撃を狙う。身体を捻り左フックを、瓦礫を蹴り上げ跳び蹴りを、右ストレート、足払い、左正拳突き、サマーソルト、と止まることを知らず次から次へとフウリへと攻撃を直撃させた。
そのいずれも防御することを適わず、フウリはよろめき、立つだけでも精一杯という様子だ。ここが好機と言わぬばかりに、ライナは右手に稲妻を纏わせる。今度はカウンター目的では無く、直当てを狙うつもりだ。
脇を引き締め、その双眸をフウリへと捉える。瓦礫を蹴り上げ、フウリに届こうとした。その時だ。
突如として、ライナの動きが鈍くなる。
まるで、死の直前、意識だけが加速したときのような、走馬灯にも似た感覚。自分が有利なはずなのに何故、とライナは加速した思考で理由を探る。
否、加速したのはライナでは無く、フウリの方だった。緩やかに進む時間軸の中でフウリだけが通常の速度を保っている。瓦礫も、ライナから迸る稲妻も、全てが減速しているにもかかわらずフウリ自身の時間軸が狂ったかのようだ。
その歪んだ時間軸の中で、フウリはライナへと烈風を纏わせた掌底を叩き込む。その威力に耐えかねたライナの身体が、まるで折れ曲がったかのような姿勢を取り吹き飛んだ。
ホテルを支える巨大な柱へと全身を叩き付けられ、激しい衝撃がホテル内を包み込む。響き渡る振動が施設全体を揺らし、パラパラと瓦礫の欠片を降らせる。
ライナは激痛に表情を歪める。肺から一気に空気が押し出されたような感覚に、口の中に染みこむ血の味を自覚する。幸いにも骨は折れていないようだ。
全身に巡る痛みを堪えつつ、時間を掛けて立ち上がる。フウリは余裕の表情でライナへと歩み寄ってきていた。
靄の掛かった視界の中、フウリが楽しそうな笑みを浮かべていることにライナは気付く。
「フウリ……どうだ、新しいおもちゃを見つけた感想は」
「わくわくするね、まるで天にも昇る気分だ」
「そのまま昇天してくれりゃ楽なんだがな」
「それは無理な要望だ」
ライナは大きく息を吸い込む。酸素が脳へと行き渡り、靄が掛かっていた視界が鮮明になっていく。まだ戦える.そう確信したライナは、右手に力を込めた。
再び稲妻が迸る。だが、それは今度は意味のある形へと変容していった。青白い稲妻を纏った”それ”は徐々に剣のような形へと変化していく。
フウリはそれを見て、恐れるどころかより楽しそうに笑みを零す。歩みを止めること無く近寄り、やがて二人の距離は手を伸ばせば届く程まで近づいていた。
「これでライナの攻撃が届くだろ」
「その驕り、いつか後悔するぜ」
「その時はその時だ」
やがて剣の形をもした稲妻を横に振り薙ぐ。剣の軌跡が大気中に残滓を残し、激しく稲妻を迸らせる。その軌跡はフウリを捉えたかに思えたが、彼は身を低く屈め、その軌跡から逃れていた。
だがライナの剣戟は留まることを知らず、返す刃で更に下から斬り上げる。大地を抉り取りながら、鋭い刃と化した稲妻がフウリへと襲いかかる。
屈んだ姿勢からサイドステップでそれを躱す。抉れた大地から稲妻の奔流が巻き上がった。だが、その回避先にライナから放たれた雷弾が接地されていることにフウリは気がつかなかった。
雷弾を踏み抜いたフウリを、青白い稲妻が包み込む。それは天から舞い降りた光のように、天を貫く稲妻を形成する。そしてそれが収束する頃には、フウリの全身は酷く焼け焦げていた。
生きているのか死んでいるのかさえ不明な状態と化したフウリ。まるでそれは彫刻と化したかのように動くことは無い。
ライナはそれでも油断はしない。雷鳴剣を手に携え、深く腰を落とす。剣と化したそれを後方に構え、今にも飛びかからんと身構える。
まだ、フウリには何かがある。ライナはそれを信頼にも似た何か、不思議な感覚で確信していた。
そして、それは幸か不幸か、的中した。
「――目覚めよ、我が内側に秘めた風神の力よ」
後編へ続く
戦いの場に立つ者達 砂石一獄 @saishi159
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