星降りの夜

 真っ暗だ。ルーノは空を見上げた。さっきまで雨が降っていたはずなのに、教科書の写真のような満点の星空が広がっている。ルーノは背伸びをして、星に手を伸ばした。何の感触もない。


 星はまだ降ってきていないようだ。前に向き直ると、ティアのランタンのゆらゆらと揺れる金色の光が、向こうの方に小さく見えた。ルーノは慌てて足を進めた。草原はさっきの雨で湿っている。生乾きの土の独特な匂いが、つんと鼻をつついた。歩くたびに、ベタベタと草がルーノの足にくっついてくる。


ふいに、前を歩いていたティアが止まった。ここが、目的地なのかな。前にも右にも、左にも草しかない。


「上を見て。」


ティアがちょっとしゃがんで、ルーノにささやいた。ルーノは、また夜空を見上げた。空高くにある小さな光の粒たちが、ゆっくりと大きくなっている。


「降りてるんだ。」


のんびり地上までの旅を楽しんでいるみたいに、星たちはふわふわと地上へと降りてきている。てっきり、雨みたいにざあざあ降ってくるか、流れ星みたいに落ちてくるのだと思っていた。今にも、クスクス笑う星の声が聞こえてきそうだ。


「やあ、ルーノ、ひさしぶり。」


突然、見知らぬ声がした。


「誰?」


ルーノは辺りを見渡した。


「どこみてるのさ。上だよ。」


また声がした。ルーノは上を見上げた。暗い闇と降りてくる星しか見えない。ルーノの真上で、オレンジ色の星が、瞬いた。


「もしかして、星が話しかけてきてるの?」

「そうだよ。そして、キミも星だろ?」

「ぼくは人間だよ。」


ルーノは返した。


「なるほどね。ルーノ、キミは人間になったんだ。道理でなかなか空に帰ってこないと思ってたんだよ。」


星が返事をした。ルーノはうろたえた。


「でも、ぼくにはちゃんとお父さんもお母さんもいるよ。」

「その二人が願ったんだろう。子供が欲しいって。ぼくら星は、地上で旅行する対価として、人間の心の奥底にある純粋な願いを叶えるから。」


オレンジ色の星は、ルーノの頭の上まで降りてきている。


「じゃあ、なんで二人はぼくをこの国においていったの。星に願うくらい大切なお願いごとだったのに。」

「ありゃ、多分、途中で飽きたのさ。子育ては大変だし、人間の願いは頻繁に変わる。それに、星の常識と人間の常識って、かなり違う。人間は嘘をつくし、言ってることが必ずしも言葉通りの意味じゃないんだ。例えば、おいしいものを食べたとき、人間はぽっぺが落ちるっていうけど、本当にほっぺたが落ちるわけじゃないんだ。」

「それ、本当?」

「本当さ。だって、星は嘘をつけないもの。」


ルーノは星と目が合った。星の目がどこにあるのかわからないけれど、確かに目が合った。


「ね、ルーノ。この夜に出歩いてるってことは、キミは星屑拾いなんだろ。ぼくを拾ってよ。ぼくも地上を旅したい。」

「でも、ティアに拾っていいかどうか聞かないと。ぼくはまだ弟子だから。」


答えてから、ルーノははっとして辺りを見渡した。ティアがいない。


「ティアーロのこと? 彼女なら、他の星たちと話してるよ。彼女は純粋な人間だけど、ドジだから、昔馴染みたちはいつも心配してるんだ。許可はいらないよ。もし必要だったなら、彼女はキミの傍を離れないだろうし。それに、ティアーロとぼくは顔馴染みじゃないもの。」

「でも、ぼく、拾い方がわからない。」


星は、丁度ルーノの目の前に来ている。


「やっぱり、ティアーロはドジだな。そのリュックサックの中には、なにが入っているの?」

「水が入った水筒にスコップ、筆箱、あとはお菓子と空っぽの瓶。」

「多分、瓶だと思う。ぼくが入れるの。今すぐ取り出せそう?」


ルーノはリュックサックを前に動かして、中身をかき分けた。


「あった。これ。」


それは、ルーノの手のひらで握れるくらいの小さなガラスの瓶だった。


「蓋を取って。ぼくが中に入ったらすぐに閉じて。」星が言う。


ルーノがコルクの栓を抜くと、瓶の中にぬるりとオレンジ色が入り込んだ。

慌てて、ルーノは栓をねじ込んだ。


『うまくいったよ。』


ゆらりと瓶の中でオレンジ色が揺らめく。


「君も、人間になるの?」

『わからない。拾った人の能力と、ぼくの力と、買った人が何を願うかによるから。どうしてだか、眼鏡になったやつもいるんだ。形がないものになる場合もある。感情とか、インスピレーションになったりね。ぼくとしてはイキモノにはなりたくないなぁ。うっかり呼吸を忘れそうだもの。キミ、子供が欲しい夫婦にはぼくを売らないでね。』

「出来るだけそうするよ。」

『ありがとう。』


星が煌めいた。星の言葉で、感謝を意味する動作だとルーノは思い出した。


「うまく拾えたみたいね。」


いつの間にか、ティアがルーノの傍に戻ってきていた。


「だといいんだけど。ティアは拾ったの?」

「ええ、私が拾った星が叶えられるお願いは、すぐに終わるものだから。少しだけ地上を楽しみたい星たちを拾ったの。」

「まだ、星を拾うの?」

「拾われたい星は、外に出かけてる星屑拾いに近づいてくるから、これで全部の筈よ。」


ティアは眼鏡を抑えて、きょろきょろと辺りを見渡した。あっちこっちで星が飛び跳ねていて、まるで空の上にいるみたいだった。


「もういないみたい、帰りましょう。地面に落ちた星達は、空から落ちる遊びをしているだけだから。踏まないように気を付けて。」


二人は、星をよけながら進んでいった。あんまり星がたくさんいたから、ぴょんぴょんと音符のように飛び跳ねていった。


「ねえ、どうして星降りの夜は、星屑拾いじゃないと危険なの? こんなにきれいなのに!」

「星屑拾いじゃない人は、星の声が聞こえないの。だから、無理に星を拾おうとして、星も自分も傷つけるのよ。」

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