藤堂幸一郎の受難
私の名前は
私を含む情報分析官というのは調査室のナンバー2である次長直下に所属する特別メンバーのことだ。特別って言ってもやってることは自分の担当する部門から上げられる様々な情報を取りまとめて、上司の次長が、さらに上の上司に報告するための資料を作るだけだ。つまり、事務職ってカテゴリで
さて、私が担当してるのは国内部門の情報分析である。主に内閣官房のホームページに寄せられる有志の国民からの情報を精査・分析しているのだ。でもねぇ、長いこと平和慣れしてる日本国民の皆さんから寄せられる情報ってのには国家的な危機に繋がるような情報とかはほぼ皆無と言ってよくて、
現職の総理大臣が記者会見中に意識を失い、そのまま緊急搬送先で亡くなるという事件が起きた。
内閣情報調査室を含めた政府機関はその対応で一時パニック状態に陥ったものの、事件とは言え、テロリズムとかが絡んだものではなかったので、一日もするとだいぶ落ち着きを取り戻している。政権与党内の力関係で頭ひとつ抜けていた副総理が、亡くなった石田総理の代理として動揺する内閣や与党内を素早く引き締めたのが良かったのかもしれない。元首相経験者という副総理のキャリアは伊達ではなかったということかな。まぁ、トラブルに際して上司たる政府上層部の混乱が少ないことは、私たちのような下っ端の官吏にとってはありがたい限りだ。
そんな中、内閣官房のホームページにいくつもの同じような内容の投書が届いた。
それはどれも「石田総理大臣の急死に『殺意認証』サイトなるものが関わっている可能性がある」というものだった。
おいおい、ついにWEBサイトが人を殺す時代ですか。それってWEB5.0とかですかね?
本来ならこんなオカルトチックな情報で我々調査室が動いたりはしないのだが、関連する投書の件数が許容できる範囲を超えていた。総数で千件を超えていたのだ。このことを上司の次長に報告したところ、現場の国内部を動かして構わないから調査するように命じられた。
早速、私は投書内容をまとめた簡単な資料を作成し、国内部のメンバーを集めて調査計画のプレゼンテーションを行った。
「今回の総理の件について、とあるWEBサイトの関与を示唆する投書が多数ありました。その数は事件当日だけで約千件にのぼり、本日分の投書も合わせると、最終的にはさらに積み上がるものと思われます。これは短期間における同系情報の投書数としては過去最多になります。さすがに件数が看過できるものではないため、この度は国内部の皆さんのご協力をいただき、調査を進める方針となりました。まずはお手元の資料をご確認ください」
集まった国内部のメンバーは3名。ちょうど業務の間隙を突いて手が空いていた者や、受け持っている業務に余裕がある者たちだ。しばらく資料を読み込んでいた一番年長のメンバー・
「資料に書いてある事前調査だけでもだいぶ裏が取れてるみたいだが、国外のWEBサイトを調べるとなると国際部に持って行った方が良いのでは?」
「はい、WEBサイト自体については別途国際部に打診する予定です。国内部ではこのサイトで認証を行った人たちの調査がメインになりますね。なお、私の方で行った事前調査はあくまでSNSなどに流れている関連情報を取りまとめた程度のものですので、現時点では信頼度の低いものになります」
「うひゃー、認証数が日本の総人口程あるんだが……。藤堂さん、まさか全員の裏取れとか言わないッスよね?」
矢島の後ろの席に座っていた二十代後半ほどの若い男が声をあげた。男の名は
「はい、ご安心ください。今回はこのサイトで認証を行った者の内、認証回数が極端に多い者を重点的に調べていただくことになります。資料の最後に
芳賀はページをめくり、顔をしかめた。
「うおっ、それでも百人以上いるのかよ。面倒そうだなぁ……」
「芳賀、これも仕事だ。不平を言うな」
矢島にたしなめられた芳賀が肩をすくめる。
「申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
私は矢島と芳賀に向かって軽く頭を下げた後、追加の説明を始めた。
「対象のWEBサイトは便宜上『殺意認証サイト』と呼称します。今回は認証者の調査とあわせてこのサイトの技術面からの調査もお願いすることになります。ただ、サイト本体の解析等は
「では、そっちは
「はい」
今回のメンバーの紅一点である在塚
「取り急ぎは以上になりますが、編成はどのようになりますかね?」
「俺と芳賀で認証者調査を行う。技術調査が在塚だ」
「わかりました。私の方では引き続き投書の仕分けと他所への調査依頼を行います。調査に進展があれば都度情報を共有させていただきます。以後のやりとりはいつものチャットに『殺意認証サイト』でグループを作りますので、そちらでお願いします」
「了解した」
プレゼンテーションが終了し、メンバーが散会した後、芳賀が一人近づいて来た。
「藤堂さん、実際のところ、この件って何かあると思います?」
「普通に考えたら何もないだろうな。異常な投書の数にしたって、亡くなったのがたまたま知名度のある総理だったと言うのと、それがたまたま話題になっていたサイトに紐づいてしまったというぐらいの関係性なんじゃないかと思っているよ」
「そうッスよね。WEBサイトで人殺せるようになったら世の中終わりッスからね」
「まぁ今回は〝何もなかったですよ〟ということを裏取りするのが、お仕事さ。今後同じような投書を無視できるように我々の方で予防線を張るって意味合いが大きいだろうね」
「あの千件以上の投書の仕分けって藤堂さんが一日でやったんスか? 仕事めっちゃ早くないッスか?」
「ははは、あれは投書のリストをAIに食わせて自動でやってもらったのさ。あんな量ひとりで捌くのどう考えても無理だろ。情報分析官って暇だからさ、手空いてる時にそういうAIボットみたいなのを趣味で作ってたのよ。そしたら今回すごく役に立ってくれたってわけ」
「すごいッスねAI。俺の調査もAIにやってもらいたいんスけど……」
「うーん、作業内容的にAIじゃ無理かな。がんばってくれたまえ、芳賀くん!」
私は芳賀の肩をポンポンと叩いた。
「ちぇっ、藤堂さんだけずるいなー」
「いやいや、こっちも大変なのよ。これから国際部行って頭下げて、その後NISCにも……はぁ、情報分析官ってどこ行っても雑に扱われるから、それだけが辛いんだよねぇ……」
「あはは、頑張ってください! 今度また愚痴飲みに付き合うんで」
そんなプライベートモードのやり取りの後、私は国際部のフロアに向かった。
国際部とNISCへの調査依頼を済ませて、自分の業務スペースへ戻って来た。
疲れた……どいつもこいつも他所のところの依頼には難癖ばかり付けてなかなかまともに取り合ってくれない。これだから縦割り世界の官僚ってやつは……。
体中の力を抜いてひとしきり椅子に寄りかかった後、私は業務机のラップトップPCを開いた。チャットアプリを立ち上げて『殺意認証サイト』のグループを作る。すると、グループが作成されるのを待っていたかのように1件のメッセージが届いた。在塚さんからだ。
『調査対象のサイトですが、不可解な挙動が多すぎて、ありえません。NISCからの解析結果はいつ来ますか?』
早速仕事に取り掛かってくれているようでなによりだが、どこかメッセージの端々に
「藤堂さん、ちょっといいですか?」
在塚さんだった。いつもは表情に乏しい彼女の顔が少し強張っているような気がする。ちょっと怒ってるのかな?
「あ、はい……どうしました?」
「あのサイト、おかし過ぎます。ちょっとありえないです。私の方でも内部解析させてもらいたいのですが、ご許可いただけませんか」
「えっと、もう少し詳しく教えていただけますか? どうおかしいのでしょうか?」
「認証者の名前の正誤判定が異様なんです。入力者本人の名前じゃないと認証できないという仕組みが全く理解できません。例えばスマートフォンからの入力であれば、非同期で端末の個人情報をハッキングするような仕組みが裏に導入されていると推測すれば可能かとは思うのですが、そもそも個人情報を保有していないPCからの入力でも同じ挙動がなされることはわたしには理解ができません」
在塚さんが早口でまくしたてる。だいぶ動揺しているようだ。
「そして事前調査内容にあったスマートフォンへのプッシュ通知の件も不可解です。先ほど国内大手キャリアのすべてに確認しましたが、石田首相が亡くなった当日はどのキャリアもユーザーに向けた通知などは行っていませんでした。それなのにあのサイトで認証を行ったユーザーに通知が届いています。しかもPCでしか認証をしていないユーザーのスマートフォンにも通知が届いたというのは理解不能です」
「さらに――」
「……ち、ちょっと待ってください。まずは落ち着きましょうか」
矢継ぎ早に繰り出される在塚さんの言葉の波に圧倒されて、話されている内容の整理が追いつかない。私の制止を聞いた在塚さんは自分が興奮していることに気づいて恥ずかしくなったのか、顔を伏せて小さくつぶやいた。
「す、すみません。取り乱しました……」
「いえ、大丈夫です。あのサイトに不可解な点があることは十分伝わりましたので。今お話ししていただいた内容はチャットの方に改めてご共有くださいね」
「あ、はい……」
「あと、在塚さんの方で内部解析をしていただくのも問題はありません。ただ、他の業務に支障が出なければという条件が付きますが……」
「はい、大丈夫です」
「ではお願いします。あと、NISCからの解析結果が出るのにはまだ数日かかるかと思いますよ」
「わかりました……」
どうやらだいぶ落ち着いてきたようだ。
「では、ここからは雑談なんですが……在塚さんの
あごを手で掴むように少し考えるような仕草をした後、在塚さんは言葉を選ぶように口を開いた。
「もしも、あの不可解な仕組みが革新的な技術に基づいているのだとしたら、世界が混乱するかもしれません……」
冷静そうな彼女が取り乱すぐらい動揺するほどの技術が使われているWEBサイト……ただのネタサイトではないのかもしれない。ちょっと興味がわいてきたな。久々に本腰を据えて調査しなきゃならないものに出会えたのかもしれない。
「でも、あの認証で殺人を行うことは不可能です……」
どこか自分に言い聞かせるように在塚さんがつぶやく。
「そりゃあ、そうですよねぇ……」
私は相槌を打ちながら、苦笑するしかなかった。
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