オデの理想のホーム
肉味噌
オークとピクシー夫妻のお家について
オーク族はそのほとんどがオスであり。基本的に異種族の女を妻とする種族だ。
かつては異種族の女を攫って犯し死ねばまた攫う危険な蛮族であったが、人権意識が広がった今のオークは愛する人と生涯を添い遂げることに憧れる友好的な者たちだ。
そんな彼らは不衛生な洞穴を抜け、妻に合わせた家を持つ。
どれだけ妻が過ごしやすく、妻に寄り添った家を持てるかどうか。
それこそが昨今のオークのステータスなのだ。
「成程、オークであるあなたにとって“家”が持つ価値はよくわかりました。」
「分かってくれて嬉しいど!
お金はいくらでも出すから、オデとハニーが暮らす最高の家を見繕ってほしいんだど!!」
不動産屋の受付でオークのトレンドを力説した青年は、身を乗り出し私に頼み込んだ。
薬指に着けられた曇り一つない指輪から見て新婚だろう。若く、嫁への愛と情熱に満ちた誠実な青年。
仕事に熱意を持った不動産屋とは言えない俺であっても、“家”に情熱をもつこういった客には誠心誠意向き合いたいと思う。
思いはするが、今回の客はかなり珍しく、難しいものだ。
「…失礼ですが、貴方の言う“ハニー”。つまり奥様はそちらの方でよろしいのですよね。」
「はい!その通りです。」
明るく快活な声を響かせ、青年の隣で浮いている妻は羽をひらひらと動かした。
ピクシーと言うのだろうか。蝶のような薄い羽根を背中携えた美しい種族。
異種族同士の夫婦など近年では珍しくもないのだが、“同居”するとなると問題を抱えていることも少なくない。
今回の二人などかなり顕著だろう。
「よろしくお願いします!」
ぺこりとお礼をするピクシーの大きさは、夫であるオークの青年の顔程度しかないのだ。
数日明け、俺は二人を目的の家に案内する。
今回の内見に選んだのは、森の間の陽だまりにそびえる少し古いロッジ。
丸太をくみ上げたシンプルな造りでところどころリフォームは必要だろうが新しく建てるより遥かに安い。
近くの交易都市は様々な種族が生活し差別や偏見の少ない土地だ。ピクシーの集落からも近く。異種族夫婦の家としてはとてもいい立地である。
「日当たりもいいし、空気もきれいね。」
「街からは20分ほど歩きますが、魔物の類が出現する土地でもないですし。安全面は保証しますよ。」
文字通り目の前をふわふわと浮くピクシーと話す隣で、オークは家の中央に伸びる太い柱をぎしぎしとならす。
耐震性、耐久性を見ているのだろう。数度壁や柱を触り、満足そうに俺に向き直った。
「この家も少し古いが丈夫でいい家だど。裂け目や穴がある場所は補習してくれるということでいいのかど?」
「壁のひびや床の老朽化はありますが、その点はリフォームさせていただくことになりますね。」
「助かるど。ただ、ハニーが住むには少し広すぎる気がするど。」
「そこはどうしても大きい種族に合わせる必要がございまして。」
家の大きさはオークにとっては少し小さい程度のものだが、ピクシーにとっては巨人の家だ。
前の住人が使ったテーブルが残っているが、脚だけでピクシー3人分の高さ。ピクシーが住むにはどうしても手を加える必要が出てくるものだ。
俺の言葉に妻を優先したいオークは不満げだが仕方のないことだ。
ピクシーに合わせた家となると、家とオークの高さがほぼ同じになってしまう。
そうかと肩を落とし、オークは見積書を確認する。
ふんふんと頷いてはいたが、ある一点を見つめて彼は顔をしかめた。
「場所も物件もいいしオデはもうここにするつもりだど。だけどこの見積もりは少し高すぎやしないかど?」
見積書に書かれた金額はリフォームの相場に比べ倍を超える値段である。
懐疑的な目を向ける青年に、俺は申し訳なさそうに顔を落とす。
「この家を修繕し暮らすだけならその見積もりの半分以下で可能ですが、奥様が同居するとなると、奥様の大きさに合わせた設備が必要になります。
その場合専門の業者に用意していただかねばならず、どうしてもお値段が…」
それは異種族が同居するにあたり、どうしても出てくる問題である。
異種族の同居には双方の種族が暮らせるような設備が不可欠。
広すぎる室内を飛び回るピクシーのために羽を落ち着ける場所も必要になり、間違って挟まることや入り混んでしまうことを防ぐために穴やひび割れに蓋を取り付ける必要もある。
サイズの違う種族が共存できる家にすることは、家の中に家を建てるに等しい行いなのだ。
事情を理解したオークは残念そうに肩を落とす。
「うーん。どうしても高くつくということかど。」
「何分彼らにとっても前例の少ない仕事でして、安全性に関する点は兎も角、それ以外の設備の用意は正確な仕様書でもない限りは時間や人数がかかるそうで。」
「人を動かすにも計画するにも時間も金もかかるということだなど。」
オークは困ったように頭をかき。俺もこれ以上のことは言えずにいる。
「正確な仕様書があれば安くなるのね!」
顔を見合わせて悩む俺たち二人の耳に、快活な声が響いた。
顔を上げた俺とオークの前を飛ぶピクシーは、自分の身長よりも大きな図面を広げ俺たちに突き付けた。
「こんなこともあろうかと、私理想のお家を図面に描いていたの。」
「流石ハニーだど!ハニーが描いてくれた図面があれば仕様書が作れるど!!」
オークは嬉々として図面を手に取った。
初めは笑顔で図面を眺めていたが、少しずつ顔が強張り冷汗が垂れる。
肩越しに俺も図面を確認し、そして同じように顔を強張らせる。
「どうしましょうどうしましょう。きっと素敵なお家になるわ!
貴方アロマ作るの得意だったわよね!窓際に置いていてほしいわ。シャボン玉にしてもきっと綺麗よ。
お友達を呼ぶために大きなテーブルも欲しいわ!
もちろんあなたと一緒にご飯を食べたいから、貴方のテーブルの上に置きたいわ!
子供は10人は欲しい!子供たちが遊べるように天井からブランコを吊り下げるのもいいわね!せっかくだし大きな柱の周りに滑り台が欲しいわ!
飛んでいる間にくぐれる輪っかがあるのも捨てがたいし!風船が浮いているのも素敵!!」
未来のホームの理想を声高に告げながら家じゅうを飛び回るピクシー。
図面に描かれた家は、まさに彼女が言った通りのファンシーな家だ。
ブランコが下がり。窓辺にはアロマが焚かれ。シャボン玉と風船が浮かび。ガラス張りの天井から光が差し、家の真ん中を支える柱をぐるりと長い滑り台が取り囲んでいた。
壁や柱のあちこちに小物を置くような足場が用意され、ピクシーたちが座って談笑をしていた。
ご丁寧にイラストの中では、椅子に座り笑顔のオークがたくさん飛び回るピクシーを笑顔で見つめている。
図面の中の理想のホームは、オークが住むには明るくファンシーすぎるのあるが、それ以上の問題として装飾も設備も多かった。
俺も「仕様書があれば安くなる」とは言ったが、ここまで細かに多種多様な要素を盛り込まれると話は変わってしまう。
笑顔で飛び回るピクシーに水を差すようなことを言えず、彼女には聞こえないよう俺はオークにこっそりと耳打ちした。
「…大丈夫ですか?この量の要望ですと仕様書があっても当初の見積もりより高くなってしまいますが。」
「…オークに二言はないど。お金はいくらでも出すし。ハニーが望むなら、それがオデの理想の家だど。」
妻が過ごしやすく、妻に寄り添った家を持てることこそオークのステータス。
ぱたぱたと飛ぶ妻を覚悟を決めた目で見つめる彼の姿に、俺はオークの言葉を思い出していた。
「そういえば先輩。結局あのオークとピクシーの家はどうなったんです?」
「ピクシーの間で遊園地として人気になったらしいぞ。」
オデの理想のホーム 肉味噌 @Agorannku
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