事故物件の内見
くらんく
第1話 事故物件
「こちらがご希望のお部屋ですね」
人の良さそうなスーツの男性が手元の資料から目線を上げて私に笑顔を向ける。
私は初めての内見にどうして良いか分からず、ぎこちなく頷いた。
緊張していたのもあるだろう。
なぜそこまで緊張していたのかは自分で理解している。
ここは私の希望した、とある条件に当てはまる場所だからだ。
この住宅は築二十年で二階建ての小さなアパートだがそれほど古臭くはない。
どちらかと言うと小綺麗な見た目に横文字の名前が似合う今どきの賃貸住宅。
間取りは1Kでお世辞にも広いとは言えないが、それでいて家賃が4万円と破格だ。
そしてその安さには理由がある。
この住宅は事故物件なのだ。
事故物件とは簡単に言えば、前の居住者が部屋の中で亡くなっていた物件だ。
その死因は様々で、自然死や事故死の他に自殺や他殺も含まれる。
事故物件となった部屋は、その告知義務があると同時に賃料が安くなることが多い。
事故物件というマイナス要素を打ち消すためのプラス要素として家賃の安さを押し出すのだ。
そうすることで居住者なしの期間を少しでも減らし、貸す側としては収入がゼロになることを防ぐことができる。
とはいえ、安価で部屋を貸し続ければ家賃収入は減少する。
そのため大家の心情としては、事故物件になってしまった部屋をすぐに次の居住者に貸し出し、その居住者が早く出て行くのが望ましいのだ。
なぜなら、一度誰かが居住すれば事故物件としての告知義務は終了するため通常の価格で貸し出すことができるから。
そこに私がやって来た。
事故物件を希望する新たな住人だ。
不動産屋もよし来たとばかりに上機嫌で接客をしている。
立地も良いし日当たりも良好。
しかも内装も綺麗で家賃も安いと来た。
私はすでにこの部屋から始まる新生活を脳裏に描いていた。
「どうですか、気に入りましたか?」
不動産屋はまたもにこやかに問いかける。
私は緊張から解放され、自然な笑みをこぼしながら頷いた。
「ここに決めます」
すると、不動産屋は安堵の混ざった嬉しそうな表情を見せた。
「わかりました。追い出し頑張ってくださいね、幽霊さん!」
事故物件の内見 くらんく @okclank
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