第5話 人形にナイフを突き刺す

 朱莉あかりは言葉を失った。

 この目の前に広がる悠汰ゆうたの家に、そのアイドルが出入りしているのかと思うと、はらわたが煮えくり返る思いだった。

 それなのに、わざわざ熱愛報道の記事を読んでは怒りを募らせていた。


 間もなくして、悠汰が熱愛を認めた。

 朱莉は模型製作で愛用していた刃先の小さなナイフを右手に掴むと、横たわる悠汰の模型に力任せに突き刺した。


「私の時間とお金を返して」


 ナイフを抜き取り、再び刺した。


「私の愛情を返して」


 もう一度刺した。

 そのナイフでは物足りず、朱莉はキッチンから包丁を持ってくると、繰り返し悠汰の人形に突き刺した。

 片腕が取れ、見るも無残な姿になっていたが、それでも朱莉は手を止めなかった。


 次第に、から伝わる感触が、それまでと変わっていることに気が付いた。生身の肉に食い込んでいくような感覚だ。

 朱莉はそれに快感を覚え、何度も何度も刺した。


 時々、刃の先が骨のようなものにぶつかる。

 朱莉は、それを貫くように、手に力を込めた。


 その時、人形が「うっ」と声を漏らしたように感じたが、そんなバカな、と朱莉は鼻で笑うだけであった。

 そして、人形から包丁を抜き取ると、柄を両手で構え、大きく息を吸った後、


「死ねぇぇぇっっっ!」


 と、とどめを刺すべく頭上から振り下ろしたのだった。

 次の瞬間、悠汰に似せた頭が、ぽろりと胴体からはずれた。


「……っ!」

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