最強の女師団長をクビにする者たち――世界を混沌に堕とす者たちの騒がしい日々

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第1話 プロローグ

「ナナ、左へ三歩、そこで押せ」

「おうよ!」

「スズミ、左へ一歩、右へ二歩、止まれ」

「ああ、分かった」


 薄暗い洞窟の中で、仁王立ちで指示を出す女。

 顔は隠されているが、長い脚に大きく突き出た胸部、そしてアザ一つない肌を場違いな白いドレスに包んでおり、場違いそのものである。

 そして、女の指示で左右に分かれる男女。

 筋肉質の大柄な男は、汚れた皮鎧をつけ武器も持っていない。

 一方の女は、銀色に輝く金属鎧で身を固め、右手で長い片刃の剣を構える。


 そんな三人の対角には、洞窟の天井に届きそうな毛むくじゃらの巨体が立ち塞がっていた。


「お、大鬼人なんて聞いてない!」

「もうダメだ!」


 三人の背後には、脚をケガした若い男と、五体満足なのに尻餅をついて震える男女。全身泥にまみれ、怯えた声。

 魔窟と呼ばれるその最深部に迷い込んだ挙げ句、強大な魔物に出くわした探索者に待っているのは、死しかなかった。


「うるせぇ、貴様ら! 役に立たないなら黙ってろ!」


 しかし、皮鎧の大男は罵声を浴びせながら魔物に飛びかかる。


「食らえ、俺の一撃! 二撃!」

「三は五つ数えてから」

「おうよ!」


 皮鎧の背中に「掃除屋」と文字が書かれた大男は、その倍の背丈の毛むくじゃらに向かって正拳突きを繰り出す。


「行け」

「武技、白糸の滝!」

「ちょんわー!!」


 銀色に光る鎧で全身を固めた女。顔もガードされ表情は読み取れないが、戦場に似つかわしくない長い髪をなびかせながら、片刃を振るう。

 同じタイミングで、男も奇声を上げながら三度目を繰り出した。


「何がちょんわーだ、力が抜けるじゃないか」

「それなら俺にも武技って言わせろ!」

「それはダメだ」


 三人はケンカするように怒鳴り合いながら、大角の巨体を切り刻んで行く。

 正確に言うなら、左の男はただ殴るだけなのにその拳が巨体を貫き、右の女の大刀は赤く輝きながら太い腕を切断する。

 そして、気味の悪い笑顔の仮面をかぶった中央の女は、微動だにせず、ただ二人に指示するだけ。

 その指示は異様なほどに的確で、敵の動きを完全に予測していた。


「な…なんなんだ…」

「なんで拳がめり込むの? え? え?」

「ぼ…僕の剣は折れたのに」


 迷い込んだ三人は、魔物が倒されていく様子を眺めながら唖然としている。

 彼らはBランク認定で、町では知られた探索者パーティ、決して素人ではない。

 この魔窟の魔物は概ねBランク相当なので、最深部でなければ無謀というほどではなかったが、洞窟に不意に出現した穴に落ちた。

 その先には、毛むくじゃらのレアボス、Sランク相当が待ち構えていたのだ。


「ナナは左へ三歩、手を出すな、スズミ、頸!」

「はぁっ!」

「ちぇ、俺はいつもオマケだ」


 そうして最後は右の女、スズミが一撃で頸を切り飛ばした。

 男は不満たらたらだが、指示には素直に従った。

 なぜなら、中央の女が男にとどめを刺させなかった理由を、当人も分かっていたからである。



「大丈夫か?」

「は、はい! あ、ありがとうございました!」


 戦いが終わって。

 右で戦ったスズミが爽やかに声をかけると、助けられた女は顔を真っ赤にしながらお礼を述べた。

 幸い、脚を折った男も命には別状はなく、三人はスズミに何度も頭を下げた。


「おい、切り口汚いぞ」

「ナナ、穴開けると価値が下がるって何度言ったら分かる」

「うるせぇ。こんなの最初から金にならないだろ」


 スズミ以外の二人は、助けた探索者には目もくれず、倒した魔物の前で口論をはじめた。

 魔窟に出現した魔物は、倒した後すぐに外に持ち出さないと、地面に吸収されてしまう。

 角つき毛むくじゃらの魔物は、骨や毛皮などが高値で取引される。食肉としての価値もあり、また一部の貴族は、魔除けに頭を飾る風習がある。

 そこで中央の女――チエ――は、なるべく素材が傷つかないよう、ナナの拳ではなくスズミの刀を選択した。


 ちなみに、ナナの拳で空いた穴は三つ。魔物の片方の腹から胸にかけて一列に並んでいる。

 これも、できるだけ素材をダメにしないようにチエが指示した結果である。




「半分にした。さっさと持って行け」

「え? いや、僕たちは…」

「お前たちも戦った。報酬は人数割だが、頭はもらう。異論はないか」

「……あ、ああ」


 倒れていた三人組に対して、チエは一方的に分配を了承させ、自分たちの分を次元収納にしまって去ろうとする。

 自分たちだけなら全滅だっただけに、三人組は半分も受け取れることに驚いた。

 しかし、それ以上に驚いたのは、チエたちが三人組を放置したまま帰ろうとしたことだった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「………」


 レアボスは討伐されたが、まともに歩けないケガ人一人と体力が尽きた二人。さらに言えば、レアボスの半身を運べるほどの収納もない。


「た、頼む。あんたらを雇う。魔窟の外まで運んでくれ」

「報酬は?」


 感情の籠らないチエの声に、三人組は真っ青な顔になった。



 結局、三人組はレアボスの半身を報酬として護衛を頼み、無事に魔窟の外まで帰還した。

 レアボスは、半身で頭がなくとも一年分の収入ぐらいは見込めた。それでも、元から手に入るはずのない素材だったと、互いに言い聞かせていた。


「持って行け。討伐証明がいるだろう」


 スズミは良心が痛んだらしく、一部の素材を三人組に渡した。

 他の二人は入口まで戻ると、今度こそ三人組を放置した。

 魔窟の外には探索者基地があり、魔物を倒した時は報告の義務もあるが、チエとナナは無視して去って行った。




 助けられた三人組は、後に知ることになる。


 探索者としては超一流、しかし魔窟を荒らし回る無法者。

 全員が進化済みの怪物パーティ、黒百合の日常に自分たちが出くわしたことを。

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