ネトゲのフレンドが俺を攻略するため猛攻を始めだした件

浮葉まゆ

第1話

「よ、よかったら、俺達付き合わない」


 大きく伸びた二つの影とオレンジ色に染められた教室。


 最終下校時間が近いのにもかかわらずまだ野球部の練習の声がグラウンドでは響いている。


 きっとどこの中学校にもあるようなある日の放課後に俺――丹下龍之介たんげりゅうのすけはクラスの女の子に告白をした。


 今朝、彼女には話したいことがあるから部活の後に残って欲しいと頼んでいた。


 もちろん、今日の授業の内容なんて全く覚えちゃいない。


 一ヶ月以上前から彼女に告白しようと決めて、何度も脳内で予行練習を重ねていた。それなのに教室で彼女と二人きりになった途端、心臓が今までに経験したことがないような動きをして、口の中はからからに乾いていつも通りに話すことができない。


 言葉に出さずとも彼女の心に直接語り掛けることができればどんなに楽なことだろう。


 俺の告白の言葉に彼女は一瞬驚いたような表情を見せた後、一度俺の顔を見てから視線を外した。


「ありがとう。……でも、私、丹下君のことをそういうふうに見れないというか……、友達だと思っていたから……、ごめんなさい」


 差し込んでいた夕日に温められていた顔の温度が一気下がっていくのがわかった。


 あれ? ……俺、振られた?


 普段から仲良く話していたし、体育祭や文化祭でも絡むことが多かった。他の友達とも一緒に休みの日に遊びに行ったこともあった。


 一緒に過ごす中で彼女に惹かれていって、彼女も自分と同じだと思っていた。


 でも、それは俺の独りよがりな思い込みだったのだと彼女に叩きつけられたのだ。


「……そっか、急に困らせるようなこと言って、ごめん」


 脳が十分に働いていないが、なんとか振り絞って呟いた。


 それじゃあ私行くねとだけ言って、彼女が教室を出て行った後、一人教室に残った俺は両手を口に当てて深く長いため息をついた。



 こんな光景はきっと掃いて捨てるほど転がっているものだろう。世の中の告白の成功確率がどのくらいなのかは知らないけれど、きっとそんなに高くはないはずだ。

 俺の告白だって、このまま終わればいつかは中学生の頃のほろ苦い思い出になるはずだった。

 


 ペットボトルに入ったお茶を飲みながら窓の外の景色を見てセンチメンタルな気分に浸ったあと、最終下校のチャイムで、現実に戻された俺は帰り支度をして昇降口へと向かった。


 明日からどんな顔して学校に来ればいいんだなんてこと考えていると、昇降口の方からさっき自分が告白をした女の子の話す声が聞こえる。


 思わず足を止めて、柱の陰に隠れる。

 別に悪いことをしたわけではないけれど、今、顔を合わすのは気まずすぎる。


「ねえ、どうだったの? 告白されたんでしょ。丹下君から」


 一緒に話しているのは、彼女と親しいクラスの女の子だ。


「うん、まあね」

「で、返事は? 付き合うの?」

「それは……」

「断ったの?」

「うん」


 もう絶対に今出て行くことができないやつじゃないか。つーか、二回も振られてる感じですごく凹むんだけど。


「どうして」

「……傷、おでこにあんな傷があったら、普通の人じゃないみたいじゃない。デートした時に横にいる私までそういう人に見られたら嫌だもの」

「たしかに、あれはちょっとね」


 まじか……。


 たしかに俺の額には大きな傷がある。額を斜めに走り眉毛の上の辺りまである大きくて目立つ傷跡が。


 どうしてできたのかは俺もわからない。というか覚えていない。原因が事故か事件かということもわからない。俺が気付いた時は病院で治療を受けた後で、その日のそれまでの記憶がないからだ。


 今までこの傷のことでちょっとからかわれたりはしたけど、いじめられたりしたことはなかった。だから、周りの人がこの傷のことをそんなふうに思っているなんて考えたこともなかった。


 まさかこの傷が振られた原因だなんて。俺の性格が原因だったら直そうと思ったかもしれないが、この傷ばかりはどうこうできない。


 額の傷を触ろうとしたところで、頬を涙が伝っているのことに初めて気付いた。


 ◆ 二年後


 俺は彼女達の話を聞いて、今まで自分が友達だと思っていた奴らも腹の中では俺のことをそういうふうに思っているかもしれないと考えてしまうと以前と同じように遊んだり、他愛もない話をしたりすることができなくなった。


 そうなってしまった人間が進む道なんてものはそんなに多くない。自分の傷のことを気にして引き籠るか、自分の姿を晒さなくていい仮想バーチャルの世界に生きるかだ。


 俺の場合は後者で、あの日以来、学校での友人関係を希薄にして、浮いた時間で前から気になっていたMMORPGの『Myth Of Rebellion』を始めた。


「いつも前に出過ぎだっつーの」

『説教はいいから周りの雑魚を引き付けて。私がボスの首を取りに行く』


 自分の背丈ほどもある大剣を振り回しながらボスである巨大なサソリに向かって行くのはウォリアーのアイリスだ。アイリスのアバターは鍛え上げられた肉体と大人な見た目の女性のウォリアーなのだが、ボイスチャットから聞こえてくる声は可愛らしくくりっとした声なので俺の脳はいつもバグを起こしそうになる。


 雑魚討伐を頼まれたパラディンの俺は自らの防御力を活かしながら次々出てくる小さなサソリ(とはいっても大型犬以上はある)を引き付けて駆逐していく。


「アイリス、急げ! こっちの回復がだんだん追い付かなくなってきてる」


『言われなくても急いでる!』


 五分というにはかなりきつい状況。ボスが時折繰出す強力な一撃にかなり苦戦を強いられている。


 その時、ボスである巨大サソリが両方のハサミと尾っぽを大きく上に振り上げた。

 これは強力な一撃を放ってくる前にしてくるモーションだ。


「まずい。いったん引かないと!」

『ここで引いたって、やられるのは時間の問題。それなら強行突破あるのみ!!』


 うわー、めちゃくちゃフラグ立ちそうな台詞。


 アイリスは飛び上がり、大きく振りかぶるとそこから渾身の一撃を食らわした。


 その一撃でボスの硬い殻で覆われていた頭が砕かれ、振り上げられていたハサミと尾っぽは糸が切れた人形マリオネットのようにどさりと地面に落ちた。


 画面に表示されるミッション・コンプリートの文字が俺たちの勝ちを教える。


「はは、やりやがった」

『当然、ギリギリで勝つ。それもまた私の美学。圧倒的差で勝ってはアドレナリンが出ないからね』

「何がギリギリで勝つだよ。マジで首の皮一枚の差しかなかっただろ。もう少し余裕をもって戦ったらどうだ」

『それだと作業になっちゃうでしょ。それともタツはそういうのが好きなつまらない大人になっちゃったのかな?』


 タツというのは俺がゲームで使っているHNハンドルネームで、龍之介だからタツというなんとも単純なものだ。


「そうじゃなくて、アイリスと一緒だとスリルの食べ過ぎで腹を壊しそうになるってだけだ」

『それは良かった。スリルや刺激のない生活なんて、鳥籠の中の鳥と一緒だからね』


 たしかにあまりに平凡な毎日ばかりではつまらないが、スリルや刺激なんてものは適度な摂取を心掛けたいというものだ。


 ボスの討伐に成功した俺達はギルドに戻って報酬を受け取り、次に攻略するクエストについて話していたのだが、アイリスがふと話題を切り替えた。


『ところで、タツ、今このゲームのイベントカフェが限定オープンしているの知っているよね』

「ああ、結構人気で入店の予約がなかなか取れないって話題になっているな」


 人気のゲームやアニメ、漫画なんかはそのファンがその世界観を楽しめるようなイベントが期間限定で開かれることが多い。コラボカフェもその一つで、メニューは割高だったりするけど、そのイベントに行かないと買えないようなグッツもあったりするから人気で抽選入場や予約制のものも多い。


『そう、カフェのメニューや限定グッツも話題だけど、来場者に配られるシリアルコードから激レアアイテムがもらえるっていうのも人気に拍車をかけてるいみたい』


 もちろん、俺だってその情報は知っているし、激レアアイテム『世界のことわり』が欲しかったから抽選予約に申し込んだのだけど全部外れだった。


「でも、ネットの情報だとお一人様で予約しようとしても全然取れないみたいだな。テーブル席だから一人よりも二人のグループを予約させた方が売り上げがいいからって言われているらしいけど――」

『そう、だから、お二人様でトライしてみたら予約できたの』

「マジで!? くぅぅぅー、やっぱり世の中はそういうものなのか」

『だけど問題があるんだよね。本当はお一人様なのに予約取れるかもってことでお二人様で予約したから相手がいないわけ』


 わざとらしい芝居掛かった口調で話すアイリス。


 これって俺を誘っているのだろうか。そうだとしても俺は現実リアルでアイリスに会うつもりはない。


 現実であんなことがあったからゲームの世界に来たのに、そこでできた友人と現実で会って同じようなことになってしまったら俺の居場所がどこにもなくなる。


「そんなの急に都合が悪くて来れなくなったってことでいいじゃないか」

『わかってないなぁー、よく考えてみてよ。他のテーブル席は仲のいい友達同士やカップルで埋まっているのに私のテーブルだけお一人様だったら来月から華のJKだというのに悲し過ぎると思わない。いや、悲し過ぎるよね』


 アイリスは自称俺と同じ中学三年生だ。といっても受験も卒業式も終わった三月後半のこの時期に中学生と名乗っていいかわからないけど。


 もちろん、顔が見えないゲームの世界だから本当に同い年かはわからない。こういうところはネカマも多いらしいし、あの声だってボイスチェンジャーを使っているのかもしれない。華のJKだって言っているけれど、還暦のおじいちゃんかもしれない。


「……いや、華のJKなら一人でも十分に華やかなんじゃないか」

『ちょっと間が空き過ぎじゃない? それにここは俺でよかったら一緒に行こうとかじゃない』


 やっぱり誘っていたんだ。


「でも、現実リアルで会うのはちょっと……」

『欲しくないの世界の理』

「くっ」


 アイリスは俺が上位武器を作りたがっていることもそれには世界の理が必要なことも把握してやがる。


『私と一緒にコラボカフェに行って楽しむだけの簡単なお仕事だよ』

「闇バイトの勧誘か! アイリスが誘ってくれるのは嬉しいけど、俺はこうやってゲームをしながら話すのは大丈夫でも、対面で話すのは苦手というか」

『おっと、タツがそんなにシャイボーイだったとは。それならドン・キ●ーテで馬のマスクでも買って被っていたら少しは恥ずかしさも――』

「それだ!」


 アイリスとコラボカフェに行っている数時間だけこの傷を隠すことができればそれでいい。もちろん、馬のマスクなんかじゃなくて帽子で十分だ。


『んぐっ、ちょ、ちょっと待って。今のは冗談で、カフェでタツが馬のマスク被って私の向かいに座っていたらさすがに私も恥ずかしいから。ほら、一応、華のJKだからさ。お、おい、聞いてるのか? 馬はダメだぞ。振りじゃないから!!』


 あわてるアイリスをよそに俺は上位武器作成のために足りない素材はないかと確認を始めた。


― ― ― ― ― ―

一話目長めでしたが読んでいただきありがとうございます。次回はアイリス登場です。

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