第13話後退

「総司令、哨戒艦より入電です。第二、第三艦隊が水星第九宙域に侵入しつつあります」

 哨戒艦といっても古い民間船に実戦部隊から排除した地球人をのせたものだった。彼らは一般の商人のふりをして敵の位置をさぐっていた。第九宙域は現在の第十三宙域から遠太陽方向の隣接宙域である。三時間以内に戦場に到達しうる距離にある。ボリスは相対する敵の意外なしぶとさに舌打ちする。現在のところ優勢ではあるが、三時間以内に指揮系統を崩壊させうるだろうか。ボリスは否と判断した。そうであれば、新艦隊に横撃を加えられる可能性がある今の状態は危険だ

「後退すべきか」

 考えに没頭するあまり、独語が漏れる。それを聞きつけた機関士がぽつりと忠告した。

「総司令、あまり向太陽方向に行き過ぎると艦外の温度が冷房の冷却能力の限界を超えて、室温が上昇しますよ」

「ああ、わかった」

 しかし、この場合仕方がない。ボリスは包囲網の一角にことさらに隙をつくってみせた。意図的に艦列を薄くしたのだ。窮地に陥っていた敵艦隊は、その地点めがけて一点突破をはかった。ボリスの思惑通りだった。窮鼠となって戦う敵艦隊を振り切って後退するのは至難の業だ。そこであえて敵自ら離脱させることにした。敵艦隊が無事突破を果たし逃げ切ったのを見届けて、ボリスらはさらに太陽に近い水星第十七宙域を目指した。太陽からわずか三○○万キロの宙域である。ここならば、敵が撓回して味方の後背に出ることはできない。後背に出る途中であまりに太陽に近すぎるため、艦内の温度が人間の適温域を超えてしまうからだ。逆に後退もできない。まさに背水の陣というべきだった。

「決死の覚悟さ、まあ死ぬつもりはないがね」

 ボリスはアンドレイに冗談を飛ばしてみせた。彼らの行く手には巨大な太陽が立ちふさがっている。遮光モードにしたフロントガラス越しでもまがまがしいほどのまばゆさであった。

 地球第一艦隊は逃げおおせた後、第二艦隊・第三艦隊と順次合流した。艦艇の四割を失ったジョン・セーチン中将は立体映像通信越しのアントン大将の怒気に恐縮するばかりだった。

「貴官は、個人的な武勲に目をくらみ、いたずらに兵を損なった」

「申し訳ございません。しかし敵に遭遇しておいて逃げるのは武人としての面目がたちません」

「ふん、まあよい。貴官の処遇は敵の撃滅後にきめよう。これ以上失望させることのないように」

 一方的に通信は切れた。上官の立像が消えるやいなやジョンは軍帽を床にたたきつけた。

「おのれ、ボリスの裏切り者め、この手で絞め殺してやる」

 彼は、割れんばかりの大声でそう叫んだ。

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