かわいいがおしごと!

等々力渓谷

第1話 かわいいがおしごと!

オリジナルアニメ


       「かわいいがおしごと!」


    第1話(初稿)


    等々力 渓谷




・猫飼 融(ねこかい とおる)


・椿(つばき)

・竜胆(りんどう)

・蘭丸(らんまる)

・菊千代(きくちよ)

・百合若(ゆりわか)

・ジャスミン


・司会

・会場の客、など






用語解説


※ちぐら……藁で編んだ籠。かつては乳児用ベッドとして使われた。現在ではもっぱら「猫ちぐら」の名で猫ベッドとして使用されている



□猫飼家・融の部屋・朝

 八畳の畳敷きの和室。

 穴が空いた所を数カ所張り直した障子。

 勉強机の上のタワー型PCとモニター。

 壁の一面を占領するハンガーラックに、普段遣いではないデザインの服がずらり。

背の高いスチールラックには、色とりどりの布、ラインストーンやレースの入った折コン、カラースプレーなどが並んでいる。

 ラックの真下のベッドで横向きに寝ている融の背中。

 カリカリと障子の向こうで引っ掻く音。

 ガタンと音がして障子が少し開く。

 蘭丸(猫)が入ってくる。

 蘭丸(猫)、短い尻尾を立てたままベッドに歩み寄ると、融の枕元に音もなく飛び乗る。

 微動だにしない融の後ろ頭。

 蘭丸(猫)、融の枕元に座ると、融の髪の毛をちょいちょいと突く。

 融、全く反応しない。

菊千代(猫)「(甘えた鳴き声)」

 蘭丸が開けた障子から菊千代が入ってくる。

 菊千代(猫)、長いしっぽをくねらせながらベッドに近寄ると、ドスンと飛び乗る。

菊千代(猫)「(甘えた鳴き声、何度か)」

 融、全く反応しない。

 菊千代(猫)、ベッドを横切りラックに飛び乗る。 

 棚の生地を引きずり出しスプレーを落としながらラック最上段まで上がる菊千代(猫)。

 見上げる蘭丸(猫)。

 見下ろす菊千代(猫)。

 目がキラーンと邪悪な光を放つ。


□猫飼家・遠景

 融 「うぎゃあ~~!」

 

□猫飼家・庭・同時刻

 小型車ほどの規模の薔薇の茂み。

 茂みの中でジャスミン(猫)の目が驚いたように瞬きする。


□猫飼家・離れ・同時刻

 障子越しに差し込む光に照らされた畳の上には、畳まれた着物一式以外、何もない。

 光が直接届かない床の間や開けたままの押し入れに、雑多に積み上げられた茶箱や行李。

 床の間の荷物のその一番上にちぐらが乗っているが、不自然に真っ暗(椿が居る)。

生き物の気配はないように見える。


□猫飼家・台所・同時刻

 昭和の面影を色濃く残す水回りと白物家電。

 ドリップコーヒーを淹れている竜胆、驚いて振り向く。

 オーブントースターの扉を閉めた百合若、平然としている。 


□融の部屋

 融 「ぐぎぎ……」

 腹を押さえた融、ベッドの上で丸くなっている。

 床の上には腰を抜かした菊千代。

菊千代「なんだよ大声出して! せっかく起こしてあげたのに!」

 融 「起こし方があるだろこのバカ猫!」

菊千代「ひっどーい! ボクかわいそう!」

 ベッドの下で蘭丸(猫)の目が光っている。


□台所

竜 胆「菊千代は今度は何をやったんだ」

百合若「本当に。しょうがない子です」

 オーブントースターの中の食パン、焼けていく。

竜 胆「どうにかならないんですか、あのバカ」

百合若「言って聞かせるしかないでしょう」

 廊下を歩く複数の裸足の足音。

 竜胆、眼鏡をクイと手で直し

竜 胆「百合若様は甘すぎやしませんか」

百合若「竜胆、誰もかれもが貴方のように賢く強くはなれないのです」

 融、菊千代、そして蘭丸が入ってくる。

菊千代「かわいいボクがお腹の上に乗ってあげたのになんで怒るのさ! 前の下僕はこうするといつも喜んでたよ?」

蘭 丸「飛び降りたりはしなかったろ」

 融 「飼い主に向かって下僕言うな」

菊千代「下僕! 下僕!」

竜 胆「おはよう、主人。コーヒー淹れてあるぞ」

百合若「おはようございます、家主さん」

 融 「おはよう百合若、竜胆」

菊千代「百合若様! 下僕がひどいんです! ボクかわいそう!」

竜 胆「棚から飛び降りたお前が悪い」

菊千代「竜胆には言ってない! 割り込まないで! ホント行儀悪いよね」

竜 胆「ほーう?」

蘭 丸「菊千代……」

竜 胆「お前も弟をしつけろ蘭丸。2匹だけで暮らしてる訳じゃないんだから」

蘭 丸「(むっとする)」

 オーブントースター、チンと鳴る。

百合若「ごはんにしましょう、家主さん」

 融 「だな」

竜 胆「誰の写真にするんだ、今朝のツイートは」

菊千代「はーい、ボク! ボク!」

竜 胆「どの面下げて言うかお前は」

菊千代「この面!」

 融 「じゃあ、百合若で」

菊千代「じゃあって何!」

百合若「承知しました」

 竜胆と蘭丸と不満な菊千代、テーブルの影にしゃがみこんで見えなくなる(猫に戻る)。

 百合若、テーブル前の椅子に座る。

 融、その前にコーヒーカップとトーストの載った皿を置く。

 百合若、コーヒーカップを手に取り

百合若「これでいいでしょうか」

 スマホを構えた融。

 融 「いいよ。じゃあ笑って」

 百合若、王子様の微笑み。

× × ×

 融のスマホのカメラ。

 トーストとコーヒーを前に微笑む百合若。

 顔面認証の印が画面の見当違いの場所を彷徨い、消える(百合若を認識しない)。

 撮影のため画面が静止する直前、菊千代(猫)がテーブルに飛び乗る。

 そのまま静止する画面。

  × × ×

 『DSC』ツイッターの画面(日付は5月中旬)

 微笑む百合若と菊千代(猫)。

 コメント【朝食です(百合若)】  

× × ×

 テーブルの下に猫用のエサ入れ、3つ。

 全員猫の竜胆、菊千代、蘭丸が食べている。

 菊千代(猫)、竜胆(猫)のエサ入れに頭を割り込ませようとして威嚇される。

 少し離れた場所に百合若のエサ入れ。

 百合若(猫)は優雅に食べている。

融の声「お、もう『いいね』が付いた」

× × ×

 ツイッター画面。

 いいねやRTが見る見る増える。

 直返もどんどん増える。

 「おはようございます」「百合若さまマジ王子」「今日のライブ行きます!」「今日こそ直販はメンバー手渡しを……」など。

 最後に「新コスチューム、楽しみです」

   

□庭の茂み

 猫缶と水入りペットボトルを持参した融が近寄ってくる

 融「おーい、ジャスミン」

 返答の代わりに茂みがガサリと揺れる。

 融「おはよう、朝ごはんだぞ」

 融、しゃがみこむと茂みに手を入れて水入れとエサ入れを引き出す。

 エサ入れは空。水入れは半分程度。

 融「ちゃんと食べてるな、よし」

 融、エサ入れに猫缶の中身を明け、水入れに水を足す。

 融「今日はステージがあるから、2時になったら着替えて母屋に集合な。時計が2回鳴ったら来るんだぞ、いいな」

 茂みがガサリと揺れる。

 融、苦笑する。


□離れ 

 古風な塗り膳を捧げた融が渡り廊下をやってくる。

 融 「ジャスミンはもう少し打ち解けてくれるといいんだけどな」

 融、離れの障子前で立ち止まる。

 融 「椿様、ごはんですよ~」

 障子がひとりでに開く。

× × ×

 離れの中。 

 融、塗り膳を捧げ持って入ってくる。

 融 「椿様?」

 ちぐらの中から椿(猫)がトンと降り立つ。

 空のちぐらは他と同じ明るさになる。

 融 「いたいた、おはようございます。朝餉をお持ちしましたよ、と」

 融、塗り膳を猫の前に置く。

 載っているのは飯椀によそったご飯とかつおぶしパック、箸置きと塗り箸。

 融、かつおぶしパックを切ると、ご飯にかけ、箸で混ぜる。

 融 「ありのままに~猫まんま作るのよ~(適当に歌う)」

 猫まんまを作る融を見守る椿(猫)。

 融 「よし、こんなもんでどうでしょ」

 塗り膳に置かれる飯椀。

× × ×

 離れ、遠景。

 3面の雨戸が一斉にひとりでに閉まる。

× × ×

 真っ暗になった離れの中。

融の声「……冷めちゃいますよ、猫まんま」

× × ×

 三面の雨戸、ひとりでに開く。

× × ×

 融の目の前に胡座をかいて座っている全裸の椿。

 椿 「驚かぬな」

 融 「慣れますよ。毎度のことですから」

 椿 「つまらぬ」

 椿、飯椀と箸を取り上げて食べ始める。 

 融 「それより、人の姿になったら服を着てくれませんか」

 椿 「気が進まぬ」

 融 「じゃあ服を着た姿に化けて下さい」

 椿 「断る」

 融 「マッパの男が飯食いおわるまでその場で待たされる俺って……」

 椿 「毎度の事であろう、こちらは慣れぬのか。何故だ」

 融 「何故でしょう……」

 椿 「おかしな話だ」

 融 「笑えませんけどね」

 椿 「さて融よ、今日はライブだな。我の衣装は出来ておるか」

 融 「まぁ、大方は……」

 椿 「出来ておらぬのか」

 融 「申し訳ありません! もうちょっと工夫させてください!」

 融、頭を下げる。

 椿 「やれやれ、夕方の4時だったな」

 塗り膳の上に空の飯椀と箸が置かれる。

椿の声「1時に衣装を整えて迎えに参れ」

 融、頭を上げる。

 室内には誰もいない。 

  

□融の部屋

 鴨居にかけられたアイドル衣装、6着。

 似た形だが、ところどころアレンジが施され、同じものは一つもない。

 畳の上に広げられた衣装が1着。

 袖のラインに濃紺のラインが入っている。

 その前で胡座をかいて腕組みする融。

 融 「なんか物足りないんだよなぁ」

 開け放たれた障子から入ってくる竜胆。

竜 胆「椿様の衣装がまだだと聞いたが」

 融 「ん」

竜 胆「しょうがない奴だな。椿様の衣装は一番最初に完成させるのが順番だろう」

 融 「真っ先に仕上げたんだけどな、皆の衣装が出来上がってみるとなーんかこう、もう一つインパクトをだな……」

竜 胆「それ悪いクセだぞ。主人」

 障子の影からおずおずと顔を出す蘭丸。

蘭 丸「今、いいですか、飼い主さん」

 融 「ん」

蘭 丸「あの、ジャスミンの衣装、持ってったげてもいいですか」

 融 「ん、頼む。ありがとな」

 蘭丸、鴨居から銀色のアクセントが入った詰め襟の衣装を外す。

竜 胆「アクセサリーも忘れるなよ」

蘭 丸「わかってるよ」

 蘭丸、出てゆく。

 融、床から衣装を取り上げて片袖を通す。

 融 「ここだな、差別化するなら」

 床に広げられる様々な素材。スパンコール、ラインストーン、幅広のレースやブロードなどなど。

 融、衣装を着たまま素材を色々試し始める。

 竜胆、眼鏡をクイと直し

竜 胆「ファーがいいんじゃないか」

 融 「スパンコールは今から縫いつけると間に合わない。ラインストーンならボンドでいけるか?」

竜 胆「ファーなんかどうだ」

 融 「いや服のラインが歪む。上からレースか? 甘すぎる」

竜 胆「ファーにしたらどうだ」

 融 「竜胆、お前、モフモフしたのが好きなだけだろ」

 障子の影から菊千代(猫)が顔を出す。

 床に広がる様々な素材。

 キラキラ光るラインストーン。

 菊千代(猫)の目も光る。


□猫飼家・遠景 

融の声「菊千代!」

菊千代(猫)「(抗議の悲鳴)」


□融の部屋

 障子の影から百合若が顔を出す。

百合若「どうしたのです?」

 竜胆(猫)が菊千代(猫)の首筋にかみついて畳の上に押さえつけている。

 融、衣装と素材の上に身を投げ出して守っている。

菊千代(猫)「(弱々しい悲鳴)」

竜胆(猫)「(興奮した唸り声)」

百合若「菊千代、お前という子は……」

 百合若、2匹に近寄り、菊千代(猫)を抱き上げて引き分ける。

菊千代(猫)「(甘えた鳴き声)」

竜胆(猫)「(威嚇する)」

百合若「許しておやりなさい。菊千代も邪魔をしてはいけませんよ」

 融、衣装の袖を脱いで床に広げ直す。

 融 「あー危機一髪。ありがとな、竜胆」

百合若「これが椿様の衣装ですか」

 融 「袖のラインに何か付けたいんだ。何がいいだろうな」

百合若「ファーがいいと思いますよ」

 融 「え」

竜胆(猫)・菊千代(猫)「(賛成)」

百合若「ええ、モフモフに勝るものはありませんからね」

竜胆(猫)菊千代(猫)「(賛成)」)

 融 「……わかりました、そうします」 

 

□猫飼家・遠景

 ミシンの音が響く中、時計が12回鳴る。 融の声「できた!」


□椿のステージ衣装の袖

 腕の濃紺のラインの左右に、白いファーが縫いつけられている。

 座ったまま、衣装を両手で掲げて検分する融、満足げ。

 周りを囲む竜胆、菊千代、百合若。

百合若「いいと思いますよ、モフモフで」

竜 胆「モフモフで豪華。椿様にふさわしい」

菊千代「ずるーい! ボクの服にも!」

 満足げな融の顔、真顔に戻る。

 融、首を傾げる。

 融の眉間にしわが寄る。

 融、衣装を床に広げ直して腕組みする。

 融 「なんか違う……」

百合若・竜胆・菊千代「え~~?」


□庭の茂み

 茂みの中で光るジャスミン(猫)の目。

 融の部屋の騒ぎが遠くで聞こえる。

百合若の声「もう時間もないのですよ」

竜胆の声「ホントなんとかしろ、その性格」

菊千代の声「そんなことよりボクの服~」

 ジャスミン(猫)の目、やれやれと細まる。

 近づいてくる蘭丸の足音。

蘭丸の声「あの、ジャスミンさん」

 ジャスミン(猫)の目、緊張で丸くなる。

 茂みの側に立つ蘭丸のスニーカーの足。

蘭 丸「衣装、お仏壇の部屋に置いてきました。着替えて下さいね」

 静まり返ったままの茂みの中、光る目。

 蘭丸、茂みの横に立ったまま。

蘭 丸「あの……大丈夫ですか? ジャスミンさんいつも庭ですけど、やっぱり外ってつらいし、家に入ってきませんか?」

 茂みは物音一つしないまま。

蘭 丸「……それじゃ、待ってますね」

 立ち去る蘭丸の足音。

 ジャスミン(猫)の目、悲しげに細まる。

 茂みから聞こえる小さな鳴き声。

椿の声「嘆くな、うっとうしい」

 恐怖と驚愕で見開かれたジャスミン(猫)の目。

 茂みの前に現れた、着物に裸足の足。

 椿である。

 椿 「いつまでそうしておる。出てこい」

 茂みから聞こえる威嚇の唸り声。

 椿 「では、動くな」

 椿、裸足の足で、ドン、と地面を踏む。

× × ×

 ジャスミンの隠れている茂みが丸ごと半球状の闇で包まれる(椿の呪い)。

 闇の中から雷が発生し、半球から外へ出ようとする(猫になる呪いの反発)。

 それを見つめる椿の獣の目(鵺の本性)。

 瞳孔が縦に細くなる(大妖怪の本領発揮)。

 半球状の闇が徐々に小さくなり、同時に雷も押しつぶされてゆく。

 やがて消滅する闇と雷の中から、元通りの茂みが姿を現す。

 茂みの中で人が倒れ込む音。

ジャスミンの声「わっ!」

 茂みから、ボキボキと枝が折れる音。

 椿 「暴れると、猫の時に隠れる場所がなくなるぞ」

ジャスミンの声「黙れ! 物の怪が……」

 椿 「おお、板東武者は勇ましい。退散退散。あっはっは」

 椿が立ち去った後、揺れ動く茂み。

 這い出すジャスミンの左手が地面に付く。

 真っ白な軍服の袖と、薬指に光る指輪。


□融の部屋

 融を囲んでわいわい騒ぐ竜胆、菊千代、百合若。

 融は胡座に腕組みで衣装を見つめている。

 周囲の声が全く耳に入っていない。

 蘭丸、入ってくる。

蘭 丸「飼い主さんも皆も、そろそろ支度……」

竜 胆「できないんだ、それが」

蘭 丸「え?」


□猫飼家・遠景

 時計が一回、鳴る。


□融の部屋

 わいわいの喧騒度が増している竜胆、菊千代、百合若。

 蘭丸も融を囲んで黙って見つめている。

 不動の姿勢で熟考している融。

 泥足の椿が入ってくる。

 椿 「迎えが来ぬな」

蘭 丸「あ、椿様」

百合若「椿様、その足は……」

菊千代「わー泥んこー」

 椿 「庭を歩いたからな」

竜 胆「拭くものを用意いたします!」

 竜胆、バタバタ飛び出してゆく。

百合若「庭に出る時には雪駄を履いた方がよろしいかと」

 椿 「服を着れば次は雪駄か……やはり裸の方が良い」

 椿、融の正面に胡座を掻いて座る。

 椿 「我の衣装か」

百合若「ええ」

 椿 「何が気に入らぬのだ、融」

 融 「はい?」

 融、顔を上げて椿を見る。

 融と椿、見つめ合う。

 一瞬の、間。

 融 「わかった!」

 融、立ち上がる!

× × ×

 広げられたハトロン紙が勢いよく鋏で真っ直ぐカットされる。

 ビーッと広げられるマスキングテープ。

 椿の衣装、ファーの部分を除いてマスキングされる。

 並べられる黒と茶色のカラースプレー。

× × ×

 真剣な顔で作業している融。

 不安そうに見守る百合若と蘭丸。

 隙あれば作業にちょっかい出す気の菊千代。

 胡座をかいて泰然とした椿。

 竜胆がタオルと湯を張った洗面器を抱えて入ってくる。

竜 胆「椿様、これで足を……」

 融 「椿様」

 椿 「なんだ」

 融 「お座り」

 驚愕で真っ白になる竜胆。

 目を丸くする百合若。

 恐怖で青ざめる蘭丸。

 さすがに菊千代も融の方を見る。

 竜胆、洗面器をポロリと取り落とす。

 すかさず洗面器をキャッチする菊千代。

 洗面器の湯がちゃぷん、と揺れる。

竜 胆「……な……な……」

 融を見つめる椿。

 椿を見つめる融。

 ハラハラする蘭丸と百合若。

 自分のファインプレーに満足げな菊千代。

竜 胆「椿様に向かって今なんとーっ!」

椿、融をなおも見つめる。

 融の表情は真剣そのものだ。

 椿 「……わかった」

 座ったままの椿を半球状の闇が一瞬包む。

 すぐ闇は消え、現れる椿(猫)。

椿(猫)「これで良いか」

 融 「はい!」

 椿の言動に驚く蘭丸と百合若。

 竜胆、ポロリとタオルを落とす。

 菊千代、洗面器でタオルをキャッチ。

 洗面器の湯がポチャン、と跳ねる。

 融、椿を注視した後、茶色のスプレーを手に取る。

 融、スプレーをカコカコ振ると、チラチラと椿を見ながらファーにシュ、シュと吹き付ける。

 まだらな茶色に染まってゆく白いファー。

 融の動作を見守る蘭丸、百合若。

 融を見下ろす竜胆は明らかに不満げ。

 その竜胆に洗面器を押し付ける菊千代。

 融、茶色のスプレーを置くと、今度は黒いスプレーを手に取る。

 再び椿を注視した後、黒のスプレーをファーにシュッと吹き付ける。

 白と茶色の上に重なる黒の斑点。

 蘭丸、菊千代、百合若、竜胆の「あ」という顔。

菊千代「三毛だぁ」

百合若「椿様の模様、ですか」

 融、断続的にスプレーを拭いてファーを三毛模様に染めてゆく。


□猫飼家・遠景

 融 「できた! 今度こそ!」


□融の部屋

 座ったまま衣装を両手で掲げて検分する融。

 周りを囲む竜胆、菊千代、蘭丸、百合若。

百合若「いいと思いますよ、前より」

蘭 丸「モフモフで豪華で、そして三毛。椿様に似合うと思います。前より」

竜 胆「だが、さっきの口の利き方は……」

菊千代「そんなことよりボクの服にもー」

竜 胆「そんなことじゃない!」

 満足げな融の顔、ふと視線を上げる。

 その向かいに居る椿。

 椿、笑みを浮かべ

 椿 「ん、気に入った」

 融、パッと明るい笑みを浮かべる。


□猫飼家・仏壇の間

 障子が開け放たれた和室。

火鉢に茶箪笥、戦前の生活道具がそのまま。

 茶箪笥に、背表紙が日焼けした数冊の本。

 (その中の一冊が『山月記』)

× × ×

 鴨居にずらりと並んだ白黒の古い人物写真。

 礼装を着用した猫飼弥澄の写真もある。

× × ×

 庭を歩いてくるジャスミンの革靴。

 廊下の下の敷石で靴を脱ぐ。 

 靴を不揃いのまま放置して上がる足下。

 ズボン裾から古風な靴下止めが覗く。

× × ×

 仏壇の間に入ってきたジャスミン、帽子を脱ぐ。

 左手の指輪が一瞬光る。

 帽子の陰から現れたジャスミンの顔、どこか悲しげ。

 ジャスミン、部屋の隅の火鉢に目をやる。

× × ×

 幻影。

 火鉢の側に座る、和服姿の老婆。(猫飼弥澄の祖母)

× × ×

 ジャスミン、ハッとする。

 火鉢の側には誰もいない。

 ジャスミン、苦笑した後、畳の上を見る。

 障子の影に折り畳んだジャスミンの衣装。

 一番上にカチューシャと尻尾、そして仮面が載っている。

ジャスミンの声「さ、これも務めだ」


□変身シーン・竜胆

竜胆(猫)「(元気よく鳴く)」

 空中に浮遊する竜胆のアイドル衣装。

 竜胆(猫)のシルエット、衣装に飛びこむ。 衣装の袖、裾から、キラン、と効果音と同時に出てくる人の手足のシルエット。

 衣装、ひとりでに人の形に膨れあがる。

 襟元から出てくる人の頭部のシルエット。

 首元にキラン、と首輪。

 人の頭部のシルエット、竜胆の頭になる。

 キラン、と猫の耳が生える。

 キラン、と尻尾が生える。

 人の姿になった竜胆、眼鏡をクイと直して。

竜 胆「世の中、楽しんだもん勝ち!」

  × × ×

 同じように蘭丸、菊千代、百合若も変身。

 蘭丸、招き猫のポーズで

蘭 丸「俺と遊びませんか?」

 菊千代、両手で投げキス。

菊千代「ボク、かわいいでしょ?」

 百合若、胸に手を当てお辞儀。

百合若「一曲、お付き合いください」

× × × 

 アイドル衣装に着替えたジャスミン。

 詰め襟の首元を留めると、仮面を付ける。

ジャスミン「切り替えていこう」

× × ×

 椿の変身。

椿(猫)「(トラツグミの鳴き声)」

 暗闇の中で、椿(猫)が一瞬で人の姿になる(ただし全裸)。

 暗闇の中から猿や虎の手が伸びてきて、椿に衣装を着せてゆく。

 椿、悠然とされるがまま。

 着替えた椿、右手で頭とポンと叩く。

 猫の耳が生える。

 右手でポン、と腰を叩く。

 尻尾が生える。

白蛇が口にくわえた首輪を恭しく差し出す。

 椿、首輪を受け取り自分で首周りに結ぶ。

 チリン、と鳴る鈴。

 椿 「いざ、参ろう」


□ワゴンカーに乗り込んでゆく「DSC」のメンバー

 ジャスミンは猫耳と尻尾装着済み。

 画面が静止――する直前、の手前から菊千代が顔を出し、カメラ目線でピースサイン。 静止した画面がツイッター画面に変わる。

コメント「いっくぞー(菊千代)」


□走り去るワゴンカー

竜胆の声「間に合うのか? 主人」

融の声「間に合わせる!」

百合若の声「家主さん、衣装を着ているということはステージに出るんですね」

融の声「うん、今日は曲数が多いから」

蘭丸の声「あの……飼い主さん、ごはん、ちゃんと食べましたか?」

融の声「…………あーーっ!」

竜胆の声「なにやってんだよ。俺が淹れたコーヒーと、百合若様が焼いたトーストは!」

融の声「コーヒーは飲んだ……」

百合若の声「トーストは?」

菊千代の声「ボクが床に落とした! バターが付いた方を下にして!」

蘭丸の声「菊千代……」

菊千代の声「下僕がぐずぐずしてるのが悪いんだからね!」

椿の声「一理ある」

 ワゴンカー、見えなくなる。

ジャスミンの声「……せわしない」


□ライブ会場

 ショッピングモールの屋外ステージに、『ネクストアイドル・ステージ』の看板。

 空のステージに舞台袖から、「DSC」が駆け上がる。

 待っていたファンの歓声。

 客席に向かって営業スマイルで手を振る「DSC」のメンバー。

 椿、ジャスミン、融はマイクを持っている。

司会の声「お待たせしました! 動画サイトで人気沸騰、アイドルとは世を忍ぶ仮の姿で本当は全員化け猫という設定の『ダイヤモンド・ストレイキャッツ』の登場です!」

 椿 「設定ではないぞ」

 椿、猫耳をぴょこぴょこ動かす。

 融 「俺は見ての通りの人間です!」

 客席からドッと笑いが起きる。

 竜胆、客席に手を振りながら

竜 胆「なぜいつもここで笑うんだ」

 百合若、営業スマイルのまま

百合若「人間は怖いと思うと笑うのですよ」

司会の声「大変失礼しました。それでは歌ってもらいましょう!」


□「DSC」のステージ


□ステージ、終了

 拍手の中、ステージから退出する「DSC」。

 一番最後の融、手を振りながら

 融 「この後物販ありまーす! よろしくお願いしまーす! 化け猫6匹のエサ代にご協力をー!」

 ドッと笑いの後、再び拍手が起きる。


□物販タイム

 屋外ステージの脇に設置された長机。

 机上にはCD1種と、人間の姿・猫の姿の合計12種類の写真。

 ジャスミンの猫写真はただの茂み。

 それぞれ手書きのPOPが付いている。

 融、CDを渡しながら

 融 「すいません、他のメンバーは疲れて休んでるんです」

× × ×

 ワゴンの中。

 脱ぎ散らかしたように見える6着の衣装。

 衣装に紛れて、猫の姿の「DSC」のメンバーが眠っている。

  × × ×

 融 「差し入れですか? あ、これ竜胆の大好物だ。ありがとうございます」

 長机の上、CDの山と並んだカリカリの箱。

 画面が静止して、ツイッター画面になる。

 コメント【いつもありがとうございます(竜胆)】


□猫飼家・遠景・夜

 融の部屋に明かりが点いている。


□融の部屋

 融、胡座でスマホでエゴサ中。

 融 「大きな会場は反響多いな。物販も増えるし、なんといっても……」

 融、部屋の片隅を振り返る。

 どーん、と詰まれた各種のカリカリの山。

 そして、そのカリカリの袋を破ろうと引っ掻いている菊千代(猫)。

 融 「おい」

 菊千代(猫)、融の視線に気付くとピュッとベッドの下に逃げ込む。

 融 「悪いと判ってなぜやる……ん?」

 融、胡座の足を見下ろす。

 竜胆(猫)が丸くなっている。

 融 「竜胆、いつの間に……」

 竜胆(猫)、前足を突っ張って融の足を押すと、そのままニギニギを始める。

 甘えている証拠。

 融 「……今日は一日、お疲れさん」

 融、竜胆(猫)を撫でる。

 竜胆(猫)、ゴロゴロと喉を鳴らす。

 微笑みを浮かべる融。

 融 「……あれ?」

 融、肩ごしに後ろを振り返る。

 融の背中に、蘭丸(猫)が頭をすりすりしている。

 融 「蘭丸、どうしたんだ」

 融、後ろに手を回して蘭丸の背中を撫でる。

 蘭丸(猫)、立てた尻尾を震わせて融に頭をゴンゴンぶつける。

 融 「なんだなんだ、見えないから前に回ってくれよ……え」

 融、再び胡座の足を見下ろす。

 菊千代(猫)が上がり込んで、竜胆(猫)を押しやろうとしている。

 融 「菊千代~~」

百合若の声「賑やかですね」

 開け放たれた障子から百合若が入ってくる。

 百合若、腰を曲げて蘭丸(猫)を持ち上げて、融の足の上に下ろす。

百合若「遠慮しなくていいのですよ、蘭丸」

 融 「甘えたいんですか、もしかして」

× × ×

 融の胡座の足の間。

 竜胆(猫)と菊千代(猫)の間に蘭丸(猫)が割り込む形。

 菊千代(猫)、蘭丸(猫)を軽く威嚇。

 蘭丸(猫)、菊千代(猫)の頭を2,3回舐める。

 菊千代(猫)、大人しくなる。

百合若の声「猫は、隙あらば甘える生き物なのです。悲しいかな、それが猫の性(さが)。逆らうことはできません……この、私ですら」

× × ×

 融の側に、百合若(猫)。

 融 「え」

 百合若(猫)、融から少しだけ離れた所に移動すると、畳の上に横たわって腹を見せる。

 『撫でて』的な雰囲気。

 融 「ゆ、百合若さん ?」

 百合若(猫)、融を見ながら畳の上で体をくねらせる。

 融 「撫でろってこと?」

 百合若(猫)、「ニャア」と口だけ動かす。

 融、体を屈めて右手を伸ばす。

 百合若に届きそうで届かない。

 融、さらに前屈みになる。

 融の指先が百合若(猫)に触れそうになった瞬間――。

百合若(猫)「(短く、拒絶の鳴き声)」

 百合若(猫)融の手に軽く猫パンチ。

 融、反射的に右手を引っ込める。

 百合若(猫)、サッと起き上がり、尻尾を立てたまま部屋を出て行ってしまう。

 融、右手をさすりながら

 融 「なんだったんだ、今のは……」


□融の部屋の前の廊下

 障子の影で百合若(猫)が毛繕いをしている。(猫の照れ隠しの表現)


□庭・同時刻

 茂みの中のジャスミン(猫)の目、夜空を見上げる。

 夜空に輝く満月。


□離れ・同時刻

 障子越しに差し込むのは月の光・

 それ以外は朝と何一つ変わらぬ風景。


□融の部屋

 猫3匹を膝に乗せた融がスマホを見ている。

 スマホの画面にステージ上の椿の写真。

 コメント【椿のコス、三毛のファーがかわいい!】

 満足げな顔になる融。

 融 「ん、よし」

 融、鴨居にかけた7着の衣装を見上げ、スマホを構える。

 むくりと起き上がる菊千代(猫)。

× × ×

 スマホのカメラ。

 並んだアイドル衣装の画面が静止画になる――かと思いきや、菊千代(猫)がカメラを覗き込む。

 そのまま静止画になる寸前に、カメラが動いて菊千代(猫)を避ける。

 ちょっと見切れた7着の衣装、ツイッター画面に。

コメント【次のライブも頑張ります! 応援、よろしく!(融)】

 『いいね』のハートがピコン、と付く。

           (おわり)

200字詰め原稿用紙80枚

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