新米探偵の物件探し

青猫格子

理想の探偵事務所とは

 俺の名前は平川類ひらかわたぐい。少し思い込みが激しいと言われるが、未来の探偵の卵だ。

 探偵学校を卒業した俺は探偵事務所を開くために物件探しをしていた。

 探偵事務所といえば1階に喫茶店のあるビルの上の階というのが定番である。

 市内ではなかなか希望の条件の物件が見つからなかった。

 そもそも駅前の過疎化が進んでおり、まともな喫茶店がほぼ無いのだ。

 仕方ないので探す範囲を広げたところ、隣町に希望の条件の事務所用物件を見つけた。

 さっそく不動産業者に問い合わせ、内見の予約をすることにした。


 予定の日、隣町の駅で担当者と待ち合わせる。

「事務所をお探しとのことですが、どのようなご職業で?」

「探偵です」

「なるほど、まさにぴったりですね。1階に喫茶店もありますし」

 そんな雑談をしながら物件に向かう。

 駅前からすぐ近くで、1階の喫茶店は古いが今もそこそこ人が入っているようだ。

 横の階段から2階に上がり、担当者が事務所の扉を開いた。


「こんな感じですね、どうですか」

 担当者が尋ねる。

「なるほど……」

 事務所だから当たり前だが、ただのカーペット敷の一部屋が広がっているだけだ。

 目を閉じ、想像で殺風景な光景の上に、未来の探偵事務所を重ねて見る。

 応接用のソファをここに置いて、ついたてを置き事務室と分けて……。

 だんだん探偵事務所のイメージが描けてきた気がする。

 ここで事務所を開くことが自分に定められた運命なのかもしれない。


「よし、ここを契約します!」

 俺が目を開けて勢いよく答えると、担当者はやや慌て始めた。

「大丈夫ですか? ずっと目を閉じてませんでしたか? もっとよく見てからのほうがいいのでは」

 と心配そうに尋ねる。

 そう言われると、実物を見ていた時間より想像の時間が長すぎたかもしれない。

 ついでに言うと、事務所の明かりをまだつけていなかったことに気づいた。

 明かりもつけずに中に入っていきなり決めたから心配になったのだろう。


 担当者が事務所の明かりをつけた。

 明かりがつくと、それまで見えなかった事務所の壁紙の模様をはっきり見ることができた。

「……」

 俺も担当者もしばらく押し黙ってしまった。

 すべての壁が、緑の地に白い蔓の模様が描かれている、いわゆる唐草模様の壁紙であった。

「……この壁紙って替えられないんです?」

 俺がようやく疑問を口にすると、担当者が困った様子で答える。

「申し訳ありませんが、ここはリフォーム不可でして。また入居時に壁紙を張り替えるとしても、同じ模様になるそうです」

「さすがにそれは……」

 探偵事務所として無理だろう。緑の唐草模様は。

 残念だが諦めて、他の物件を探すことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新米探偵の物件探し 青猫格子 @aoneko54

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ