第12話 人生振り回されてるな

というわけで、夜一〇時。俺は上野に教えてもらったあいつの家の前で、あいつを呼び出した。家の中に入るのは遠慮したほうがいいだろう。息子同様オカルト好きというのなら事情次第で喜ぶかも知れないが、まともな親なら高校生活初日に高校の先輩が夜遅く尋ねてくるなんて不安要素でしかないだろう。

 上野が来たのは一〇時を五分ほど過ぎた頃だ。足音を立てないよう慎重に玄関を開けた男がそろそろと俺の元へ駆け寄ってくる。


「神田先輩、わざわざありがとうございます」

「いや、気にするな。ひとまず公園で話すぞ」

「わかりました。あ、缶のジュースあるんでよかったらどうぞ! 引越しの挨拶でもらったんです!」

「ああ……ありがとう」


 上野が手渡してきたのは甘い炭酸飲料の缶だった。久しぶりに飲む。なんだか懐かしいデザインだ。


「じゃあ、行くか。部屋と家の鍵は閉めたか?」

「バッチリです!」


 上野宅の近所にある公園は、滑り台とブランコがある程度の小さい公園だった。一応ベンチもあるのでそこに腰掛けるが、自販機すら近くにない。ジュースをもらっておいてよかったと思う。


「化け物は少しずつお前に近づいてくる。ならば、家に入られる前にお前が移動すればいい」

「でも、標的が僕なのか、僕の家なのかはわからないですよ……? 僕が移動したってわかるかどうかもハッキリしないですし……」

「ああ。だからこの公園で見張る。お前の家族に危害を加えられるのは避けたいからな。化け物がこっちを追いかけてきたら化け物の目が届く範囲で逃げる。理由を聞く限りターゲットはお前だろうから、お前が見つけられればお前を追ってくるとは思う。最終的な避難所は駅前のファストフード店だ。ここは二階建てだから、今までのパターンを考えると最後までは追ってこないんじゃないか?」

「すごい。さすが手慣れてますね!」

「これくらいはな。一応、想定外が起きても良いように清めた酒とお札は持ってきたから、もしもの時は使おう」

「すごい! 本物ですね! 見せてもらってもいいですか!?」

「お前……自分の命かかってるのに余裕だな……」


 酒はそのまま持ち歩くとマズいので、百均のアトマイザーに入れて持ち歩いている。札はセンセイが神道系の人なので、刀印護符だ。俺も簡単な札なら準備できる。

 上野も一枚くらい持ってた方が良いだろうと思って適当に渡すと、奴は目に見えて喜んで飛び上がった。

 危機感がないな……麻痺してるのか……?


「わー! 陰陽師が使うやつですね! 左手の人差し指でなぞってから投げればいいですか!?」

「なんでピンポイントでそこだけ詳しいんだよ……もうやってあるから、普通に持ってるだけでいいぞ」

「お酒はスプレーに入れてるんですね! 幽霊に直接かけるんですか?」

「うん……まあ……あと寄りつかれたくない時前もって体にかけたりとかする……」

「虫除けみたいですね!」

「害虫みたいなもんだからな……」


 一通り喜んだ後、上野は自分の分のお札をいそいそと財布にしまった。「わー、本物のお札だ。ドキドキするなぁ」とか言っている。やっぱりいまいち正気じゃないんだろうな。


「なんでそんなに嬉しいかね。死ぬかも知れないんだぞ、お前」

「うーん、昔からオカルトとか好きなんですよね。高校だって、オカルト同好会に入りたいから、受験勉強めちゃくちゃ頑張ったんですよ! ちょっと学力が見合わないので、テストとかヤバそうですけどね」

「人生振り回されてるな」

「そうかも知れません。でも、楽しいですよ!」


 今まさに化け物に付け狙われているのに、今日の昼間は正しく死にそうな顔をしていたくせに、上野は笑顔で言い切った。俺としてはやめた方が良いと思う。他人の趣味に口出しする権利はないが、実際に命の危険があるなら注意喚起くらい許されるだろう。登山とかと同じだ。登山ほど爽やかじゃないが。


「きっかけはやっぱり、あの廃墟でした。四丁目のお化け屋敷」


 そうか、お祓いした方がいいな。という言葉を俺は無理やり飲み込んだ。こいつなりの美しい思い出なのだろう。今後の事に注意喚起をするとしても、過去に冷や水を浴びせかけるのは違う。自重すべきだ。


「小学生の頃、あの廃墟でよく遊んでたんです。友達とかくれんぼしたり虫を探したり、秘密基地みたいにしてました」

「まあ、俺の同級生でもそうやって遊んでた奴いたよ。子供からしたら手頃だよな」

「そうなんですよね。きっといろんな人が出入りしてた。だから多分、お姉さんとも会えたんだと思うんです」

「お姉さん?」

「はい。僕には、オカルトが好きになるきっかけをくれたお姉さんがいたんです。その人とお話ししたり、いろいろ教えてもらうのが楽しくて、嬉しくて……だからあの廃墟は、僕にとって特別なんです」


 上野が懐かしそうに語り出す。どうせまだ化け物が出てくるまでは時間があるから、暇つぶしがてら思い出話を聞くのも悪くないだろう。

 もしかしたら、なぜこいつがあの幽霊の出ないお化け屋敷で化け物と遭遇したのか、原因とはいかないまでも、原因のヒントがあるかも知れない。

 スマホの時計を確認する。ちょうど十一時だ。無言よりはマシだろうと思い、俺は上野の思い出話に耳を傾けることにした。

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