第2話 昭和の悪いところが全部出ている


「あんた誰だよ、もう勘弁してくれよ!!」


 私が服を脱がされそうになった場所で、クラスメイトの巨漢さんが佐々木さんに土下座をしていました。一目見ただけで、過剰な暴力を受けた形跡が全身に見て取れます。

 佐々木さんは駆け寄ってくる私を見るなり、持っていた竹ぼうきを突き出しました。


「他の連中は逃げてコイツが取り残された。で、瑞樹みずきもやるか?」


 スマブラやっていく? のノリでそんな暴力的なことを言われても無理です。私は彼から竹ぼうきを取り上げます。


「佐々木さん、どういうことですか? こんなことやめてください。巨漢さんが可哀そうです」


 巨漢さん、という失礼な呼び方をしてしまいましたが、彼は「うんうんそうだそうだ、俺が可哀そうだ」と言いながら目に涙をためています。


「こんなに顔が腫れてるじゃないですか……どれだけ叩いたんですか?」

「いや、顔は叩いてないけど」


 巨漢さんは少し悲しそうな目で私を見つめてきます。ちゃんと確認しなかった私も悪かったとは思いますが、今はそれどころではありません。


「……ともかく、これはいけないことですよ」

「いけないか? 目には目を、歯には歯を。だろ?」


 佐々木さんはそう言いながら、また顔を近づけて来ました。


「ど、どうしてそんなに顔が近いんですか?」

「よく見えないんだ、老眼だから」


 さらに顔が近くなります。汗の香りが少しだけします。


「おかしくないですか? 体は若返ったのに、老眼だなんて」

「そうなんだよ、おかしいよな。どうしてだろう」


 からかわれていますよね? 私、不愉快です。そういう冗談が好きではありません。佐々木さんの顔を手で押し返すと、彼はフンッと鼻を鳴らしました。


「だけどマジで俺は思うよ。二度とコイツらが瑞樹に手を出さないように、わからせた方がいいって」

「わからせるって?」

「竹ぼうきじゃなくて、金属バットとか」

「そんなことしたら、死んじゃいますよ」

「ちょうどここにあるから、試してみようか?」


 何故ちょうどそこにあるのでしょうか。佐々木さんはジャージのズボンからスルスルと金属バットを取り出して、ブンブンとフルスイングをしました。

 巨漢さんは完全に怯え切った表情で私に助けを求めます。いや、私も止めようとしてるけど無理かも知れませんごめんなさい。


「瑞樹、これは冗談じゃない。お前の勇気を見せてやれ。だってそうだろ? 理由もなく女がイジメられるって理不尽じゃないか。そんなこと許していいのかよ」

「女、という言い方は差別的なので控えてください。それに男子だって理由もなくイジメられたら理不尽です」

「いいんだよ男は。やられたらやり返す、でなきゃ男じゃないから」


 つきたくもないのに、深いため息をついてしまいます。佐々木さんは金属バットを無理やり私に渡して、背後から腕を掴みます。ゴルフやテニスのスイングレッスンのような、あれです。二人羽織的なやつです。


「思い出せ。瑞樹は悪くない。火の粉は振り払わないといけない」


 佐々木さんの声が耳のすぐ近くでします。


「自分でやるんだ」


 もうここまで来たら仕方ありません。私は覚悟を決めました。


「わかりました。自分でやるので、くっつかないでください」


 佐々木さんは黙って身を引き、巨漢さんは「え、本気で?」という顔で青ざめています。


「巨漢さん、怖い思いをさせます。ごめんなさいね。最初に謝っておきますね」

「無理無理無理です! 許してください、何でもしますから!」

「本当に何でもするんですか?」

「しますします、一生言うことを聞きます!」

「信用できませんね」


 私は金属バットを振り上げてから、フルスイングをしました。ガコンッという大きな音が鳴り、巨漢さんのすぐ目の前の地面にバットが叩きつけられます。衝撃で地面がめくれあがり、土が宙に舞いました。


「あああ、あわわわわ……」


 巨漢さんは糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちます。私は金属バットを地面に置き(本当は投げ捨てたかったのですが、野球部から盗んできたと思われるので我慢しました)、佐々木さんに言いました。


「暴力に対して暴力で対抗しても、争いしか生まれません。私は、誰の暴力も許容しません」


 睨みつけるような私に、彼はヒューと口笛を吹いてから。


「へっ。おもっしれー女」


 ……言うかね、そんなセリフ。

 いつの時代だよと思いましたが、昭和の老人でしたね。仕方ありません。


「女って言わないでください」


 私はそのまま教室に向かって歩き出そうとしました。しかし、腕を力強く佐々木さんに掴まれます。


「瑞樹が平和主義なのはわかった。ところで、腹減ったんだけどマクドナルドハンバーガー付き合ってくれないか?」

「は? どうして私が?」

「買い方わかんないから」

「……はぁ……おじいちゃん……」

「あ、そうだ」


 佐々木さんは思い出したかのように金属バットを拾い、グッタリと横になっている巨漢さんのお尻を連続して5回も殴りました。いわゆる死体蹴りです。


「えええええっ! ダメって言ったじゃないですか!! けけ、警察!」

「これくらいしないとさ。それより、月見バーガーっていうの食べたいんだけど、あれ期間限定なの?」

「食べてる場合ですか!? どうかしてますね!?」


 昭和の人って、みんなこうなんですか? 異常すぎます。

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