一途な夜 無慈悲な朝

梧 柊

序章

 もつれ合う二つの影が夕日の影に映る。

「あ…………っ」

 胸ぐらを掴まれて学ランの金ボタンが弾けて転がっていく。生徒より15cmほど背の高いスーツの男が足を掛けて床に転がす。

 葵の体に衝撃が走ると同時に全身の骨が軋む。痛みで一瞬力が抜けた隙をついて、男が解いたネクタイで乱暴に口を塞がれる。必死で抵抗する体を床に無理矢理押さえつけられて、逃げることすら叶わない。

 不意に首筋にかかる熱い吐息が葵の息を止めた。声にならない声で叫ぶ。


「やめてくれええええええ!!!」


 その瞬間、はっとまぶたが開いた。そのまま瞳を見開いて天井を仰ぐ

 全身で呼吸をするように息が荒い。肩でぜいぜいと喘いで起き上がろうとしたその瞬間――

「―――――っ!」

 全身に激痛が走った。

 この痛みはなんだ、夢であってくれという願いは痛みと共に現実味を増していく。

 葵は思わず頭を掻きむしった。これは夢だ、有り得ない。有り得る筈がない。

「―――川西…っ」

 憎しみがこもった口調で葵が呟いた。


 川西に、放課後、英語準備室に呼び出されたその場所で……


 と、ふと葵が動きを止めた。

 驚いた時の癖で、瞳を見開いて指を唇に当てた。


 なんで

 おれ

 じぶんのへやに

 いるんだろう

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る