第36話 止まらない 涙が流れた

― コンクール地区大会 翌日 -


私は、珠洲先生から預かった、地区大会の前日に録画したホームビデオカメラを持って、園田さんの病室へと行くことにした。その日は、連日の練習で疲れているだろう、という事で部活は休みとなった。夏休みがあと数日で終わる、昼下がり、相棒の自転車に乗って、焦げ付くようなアスファルトの上を自転車が走る。むせかえる様な暑さの中、それでも風を切る私は、風の心地よさよりも空から照り付ける太陽の暑さで、かなり参ってしまっていた。道中、さすがにあまりにも暑いので、歩いている人はほとんどおらず、車が時々横切るくらいだった。その分、早く病院へと着けるのだけど、思った以上に体力の消費が激しかった。タオルで顔の汗を拭きながら、病院の駐輪場へと自転車を停めて、病院の自動ドアのから院内へと入った。とたんに、今度は寒気がするくらいのエアコンがかなり効いた環境で、一歩間違えれば夏風邪をひいてしまうんじゃないかと、疑ってしまうくらいだった。病院とは、こんな姑息な手段で患者というお客を獲得してるんじゃないかと確信してしまうくらいだった。


私は、受付の不愛想な女性に軽く頭を下げて、脳神経外科病棟へと向かった。相変わらず、受付の人は、やる気がないのか、それとも、私が何かやらかしたの判らないがほぼ眼中にないみたいだった。私は、リノリウムの廊下を歩くとペタペタと足音が鳴った。その不自然さに自分が何だか、まるでウイルスの様な歪な存在となり、病院という白血球に駆除されてしまう標的として、あまり喜ばしく歓迎されてないみたいだった。その中、道中の廊下は相も変わらず、尿や消毒液の混じった気の滅入る臭いが、さらに私の神経を落ち込ませるのには十分だった。もう、体はさっきまでの高気温でやられて、病院内では精神的にやっつけられるという、二重の責め苦で、ほぼ、園田さんを元気つける前に私は、もうほぼ何の元気も持ち合わせてなかった。意気消沈しながらも、304号室の園田 玲 の病室へと着くと、少し、病室を覗いてみた。私は、いまだにあの園田さんのお母さんは好きにはなれないし、多分向こうもそう思っていると思うのでなるべく接触は避けたかった。病室の中は、カーテンが閉め切っていて、誰かがベッドに横になっているのがわかる。他には誰もいないみたいだった。私は、最悪の事態にならなかったと、安心して、そっと扉を開けて、病室へと入った。


― 私は、自分の目を疑った -


ベットに横になっている人は、あんなにふくよかで血色がよかった園田さんと疑ってしまうくらい、顔色が青白く、痩せこけて、手足も枯れ木の様に脆く細くなっていた。そして、瞳がだけがかつての園田さんの面影はしっかり残していた。そんな、痛々しい園田さんに私は、かなりショックを受けた。そして、私の存在を気づいたのか、園田さんはゆっくりと私に顔を向けると


「…藤村君?」


と、微かなかすれた声で耳に届いた。私は、この場で、泣いてしまいたいくらいだったが、それをぐっと堪えて、できるだけの笑顔で


「園田さん、元気そうで何よりだよ。」


と言って、横になっている園田さんの右手を握った。かつて握った手よりさらにさらに脆く白い冷たい手を両手に感じて、悲痛な叫び声を上げたいくらいだったが、全神経を総動員して、堪えた。


園田さんは、淡い笑みを浮かべるとゆっくりと上半身を起こして、私の瞳を見つめて


「藤村君の目、悲しい色をしてる…もしかして、地区大会落ちたの?」


と、聞いてきた。私は、内心、


― そうじゃないんだ。地区大会より、君が…君が…

                  そんな姿になったのが、一番悲しいんだ ―


と言って泣き出したいのに、それはとても言えなかった。多分私はかなり歪んだ笑みを浮かべたと思うけど、今できる限りの笑顔を浮かべて、首を左右にゆっくり振ると


「ううん、見事に県大会代表に選ばれたよ。」


と、優しく穏やかに言った。それを聞いた園田さんは、安心と満足した様に


「よかった。なら、私も頑張らなくちゃね。」


と、さっきまで生気を失っていたような顔が幾分か血色がよくなり、かつての園田さんの様な明るい笑顔が咲いた。その笑顔で私はかなり勇気づけられて、明るい口調で園田さんに


「見てもらいたいものがあるんだ。」


と言って、ホームビデオカメラをテレビにつないで録画を再生した。


― 録画の冒頭は、部長と副部長のどつき漫才が流れ、

                  その後課題曲と自由曲の演奏がが流れた -


園田さんは、課題曲と自由曲が流れた後一筋の涙が流れた。園田さんのその時の心境は今でもよくわからない、多分彼女しか判らない涙だった。録画が終わると思った園田さんは視線をテレビから私に向けようとすると、私は


「園田さん、まだビデオは続くよ―


「玲ちゃん、病気に何て負けるな、お姉ちゃんの愛の力があれば敵なしよ―


と、部長がはじめ、部員一同、一人ひとりが園田さんの早期復帰を願う応援のメッセージや冗談、ショートコントなどの映像が流れ、園田さんは、ビデオを見つめながら、感極まって、ただひたすら


― 止まらない涙が流れた -

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