第34話 そして、私たちの結果は

― コンクール地区大会当日 本番前 舞台袖にて -


私たちの前に演奏する学校がかなり緊張したピリピリとした空気を残して、舞台へと上がっていった。その、空気に侵されてしまったせいか、昨日、珠洲先生が、楽しく演奏するという心の余裕が部員全員、まったく持ち合わせていない状況だった。珠洲先生も、やはり想定内だと思っているのか、明るい口調で


「みんな、失敗したら~とか、少しでも演奏をうまくとかは考えなくていいんだよ。みんなが、楽しく演奏することが一番なんだ。いいね。」


とにっこりと笑ったけど、みんなは、やはり、プレッシャーのせいか、頭ではわかっていても、心が拒絶した状態だった。そんな中、一人みんなの前に颯爽と登場する人影が現れた。


―  部長だ  -


部長は、みんなの前に現れるとすぐに私たちに背を向けて、語りだした。


「みんな、すごく、すごく緊張していると思う。そんな時はみんな思い出すんだ。我々にとって一番偉い人のことを…」


と言って、部長は、禿げたかつらをかぶり、付け髭をつけて


「え~、あ~、みんなは、おっほん、よく頑張っていると、え~、思います、ん~」


と、部長お得意の校長の真似を始めた。


その瞬間、袖は一瞬笑い声が上がりそうだったが、みんな、舞台袖なので必死堪えて我らが校長のありがたい言葉が続いた。


「ん~、みんなは、青春を…おっほん、十分に楽しんで、あ~。」


と、毎回恒例の何の実りのない校長のセリフが続くと思いきや、客席から盛大な拍手が起きた。その時、部長は飛び跳ねるようにびっくりして、かつらがずれた。その間抜けな表情と言ったら、拍手に紛れ込んで袖では爆笑の渦が起きた。


そんな、光景を、珠洲先生は私たちに暖かい視線を送りながら


「では、我らが校長のありがたい言葉が頂いたし、本番行きますか。用意はいいね?」


と、私たちに確認を取ると、いつの間にか、かつらと髭を取った部長が満面の笑顔で


「みんな、行くよ!」


と、小声で威勢をかけると、部員全員、深く頷いて、各々にこやかな笑顔でステージへと上がっていった。


「~~高校吹奏楽部 課題曲 3 五月の風 自由曲 レスピーギ作 ローマの祭り

指揮は 珠洲 修二 」


と、アナウンスが流れ、各々、自分の席へと座った。そして、本来、園田さんが座るべきファーストクラリネットの空席を各々見つめて、改めて本番なのだと実感した。


緊張感が最高潮に達しそうな私たちに、珠洲先生は満面の笑顔で、一人ひとりに視線を送った。そして、珠洲先生は、突然、私たちにだけ、部長の校長の真似を顔だけ再現した。あまりに特徴が良くとらえているので笑いがこみあげて、すると不思議と緊張は解けた。珠洲先生は、みんなが笑顔でいるのを確認すると、ゆっくりとタクト振り上げた。


~~~♪♬


課題曲と自由曲の演奏が終わり、珠洲先生は、全員に立つように指示を出すと、客席に向かって深々と頭を下げた。その瞬間、客席からは、惜しみない盛大な拍手が私たちを迎えてくれた。


楽器の撤去が終わり、後は他校の演奏を聴いて、審査発表を待つだけとなったが、その前に珠洲先生は、部員一同に集合をかけた。全員が集まると珠洲先生は、にこやかな表情で


「みんな、本当に最高の演奏だった。みんながのびのびと演奏してくれたのは指揮を振っている、僕も実感できたよ。例えどんな結果になっても、後悔はないよ。ただ、僕は、今回の地区大会のコンクールでは一番だと、胸を張って言えるよ。それは、間違いない。お客さんもみんな笑顔だったの気づかなかった?」


と言われ、私たち全員虚を突かれたような顔をした。私たちは、みんな、自分のことで手いっぱいでお客さんのところまで目が届かなかったが、珠洲先生は


「僕はね、必ず演奏が終わると客席を見るんだ。その時のお客さんの顔でどんな演奏だったか、よくわかるんだ。今回のお客さんは一人残らず満面の笑顔だったよ。」


と言って、グッと親指を立てた。私たちは、珠洲先生の言葉に励まされて他校の演奏を聴きに行った。


今回の地区大会は私たち大編成の部は8校が出場して、上位2校のみが全県大会へと出場できる。素人の私にとって、他の学校のどこがいいとかは、よくわからなかった。けど、ただ、かなり緊張していて、余裕がないのは聴いていて、私にですらよくわかった。その時、珠洲先生の楽しく演奏するという事の大切さが改めて実感した。


― そして、他校の演奏が終わり 審査発表 -


客席には、各学校の生徒が、自分たちの結果がどうなるか、今か今かと待ち受けていた。ステージに、審査員の先生方たちが並び、ナレーションの女性が


「これより、各学校の審査発表を行います。誤解を招かないため、銀賞は銀賞、金賞はゴールド金賞と呼びたいと思います。では出場学校1番~」


各々、審査が発表されるたびに歓喜の声と、落胆した声が交互に響いた。


そして、私たちの学校の審査発表の番となり。部員一同、視線はステージへと注がれていた。


― そして 私たちの結果は -

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