第27話 最高のマエストロ

― 病室の出来事から翌日…放課後の学校にて -


私は、放課後、内々の相談があると言って、吉田君、部長と副部長を他に誰もいない1年B組の教室に連れてきた。


私の雰囲気が変わって、昨日何かがあったのだろうと薄々感じていた、三人は、互いに目くばせしながら、私の発言をただ黙って待っていた。私の脳裏に合ったのは、あの園田さんのお母さんの人を見下したような視線と声、そして、病に伏しながらも、この吹奏楽部で全国への舞台へ立ちたいという園田さんの熱い想いが頭の中で駆け巡っていた。しばらくの沈黙の中、セミの悲鳴と野球部の掛け声が、いつも以上に教室の中で響いていた。そして、私は、自分自身になるべく冷静になるように、心の中で暗示をかけながら、ゆっくりと昨日の出来事を語った。


― 私が語り終えた後 -


再び、教室は沈黙が支配した。各々思うことがあるのだろう、私が受けた屈辱と、私たち吹奏楽部に対する見下された偏見と園田さんの転校するという話、私以外の三人も苦い顔をしながらただ黙っていた。いつの間にか、日は傾き、太陽が西へと沈もうとして、いつもよりも紅く燃えているかの如く私たちを映していた。反対に影は私たちの不安と暗澹たる想いと比例するかのように長く長く伸びていた。そんな中、私たち以外の吹奏楽部の練習する楽器の音色が、私に少しでもうまく綺麗に演奏しなくてはいけないという強迫観念と、きっとコンクールをしくじれば一生後悔するという焦りに近い想いを私に与えていた。その沈んだ空気を破るかのように部長が、すっと立って、私たち一人ひとりの瞳を見つめてきた。まるで覚悟はいいか?と言うかのように


「なら、簡単、全国に行けばいいだけの話でしょ。」


と、さも、簡単に言い放った。残りの私たち三人は、互いの顔を見つめあいながら、部長の発言が事実なのか確認しあう始末だった。そして、副部長が、呆れ顔で部長を諫めるように落ち着いた口調で


「彩、この学校は確かに地元では吹奏楽部は有名だけど、行っても東北、悪ければ全県止まりよ。」


今更ながら、今のこの吹奏楽部の現実を語ると、部長はそんな、副部長に挑むかのように強い口調で


「それは、ここ数年の話でしょ。この部にはかつて、全国の常連校で金賞なんて何度も取ったことがあるのを恵子は知らないわけじゃないでしょ。」


いつもは、部長が副部長に小言を言われているのに、普段の立場と完全に逆転して、今回の部長は毅然とした態度で腰に手を当てて自信満々に


「私に秘策があるの。一応、学校ともその為の話をしておくから、明日になったら発表するわ。だって、今年で私たちの夏が終わるのよ。ただで終わらせない為に、実は前々から裏で色々動いていたのよ。期待していいわ。これが上手くいけば必ず全国に行ける保証するわ。」


と、部長とは正反対に私たちが呆気にとられていると、私たちに向けて親指を立てて、にっこり満面の笑みで


「明日を楽しみにしてね。」


と言って、その場は、部長以外の私たち三人は、腑に落ちない顔をして解散して、音楽室へと向かい練習をして一日が終わった。


― 翌日の放課後 -


部長は、吹奏楽部全員を音楽室へ集合をするように伝達が来た。そして私たちは、その指示通りむさくるしい音楽室に詰められながら、汗をダラダラ流しながらその部長の楽しみを待つ形となった。


私たちは、部屋の熱気にやられながら部長の到来を今か今かと待ちわびていると、いきなり勢いよく音楽室の扉が開いて、部長が力強い足音を鳴らしながら、私たちの前に立った。


そして、部員の今の心を探るかのように、部長はゆっくりと一人ひとりの瞳を見つめてきた。


そして、一通り見つめた後、何かを得たのだろうか、部長はしばらく天を仰いで、何かを考えているみたいだった。そして、決心がついたのかはっきりとした口調で


「わが校の吹奏楽部は、県でも有数の名門校でした。しかし、ここ数年は、あまり目立った活躍をしてません。良くて東北大会、悪ければ全県大会です。しかし、私たちの仲間園田玲さんは、私たちが必ず全国に行けると自信を持って玲さんのお母さんと取引をしました。もし、全国に行けなかったら、この学校から転校すると、それは、玲さんの名誉だけではなく、私たち伝統ある吹奏楽部の名誉さえも傷つけてしまうことになります。今まで、10年、20年、30年と先輩たちが培ってきた私たちの誇りがそう簡単に失っていいのでしょうか。そうではないはずです。私たちがいるこの音楽室では、全国へ、そう普門館へ最高の演奏をするために日々練習してきて、実際に全国へと行って、音を届けたのです。私たちにはそれができる環境が間違いなくあるのです。あとは、私たち一人ひとりの心持次第なのです。私は、問います、本当にこのまま、斜陽の吹奏楽部でいいのか、それとも、わが校の吹奏楽部ここにありと全国へ示すか、みなさん、どうですか?」


暫く、誰も何も言わなかった。沈黙だけが支配してる中それを破る人がいた。吉田君だ。吉田君は立って大きな声で、鼓舞するかのように


「みんなで全国へ行って、他のみんなを見返そう!そして、先輩たちの様に普門館の舞台に立って音を届けよう!僕たちならできる!」


1年生に発破をかけられたのか、他の部員も、一斉に鬨の声を上げた。士気が十分に上がったのを部長が確認すると、落ち着くようにジェスチャーをすると


「そのために、私は、今まで関わってきてくださった色々な人のつてを頼って、外部講師を招くことができました。どうぞ、お入りください―


― 今でも断言できる私にとってその人は最高のマエストロだった -

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