第26話 必ず、行きます、全国へ

「二人ともお願いだからやめて…」


たしかに、園田さんの声でそう聞こえた、その言葉が聞こえた瞬間園田さんのお母さんは、私を張り倒して、園田さんに向かい手を握って、必死な様子で


「玲、玲、私よ、わかる?!」


と、ただでさえキーが高いのにさらに高いキーで人の心をこの上なく苛立たせるような耳障りな声で叫びながら、園田さんの体を一生懸命ゆすっていた。私は、突き飛ばされた足元に、お母さんによって私と同じように踏みつぶされた、ひまわりの花束の花びらを一枚、一枚拾い上げて、自分の無力さを感じられずにはいられなかった。一枚ずつ、花びらを拾うたびに、もっと力があれば、もっとお金があれば、もっと地位があれば、こんな風に、無情にも踏みつぶされるようなことはないのにと、願わずにはいられなかった。私は、完全に散ってしまった、ひまわりを全部拾い上げると、何の感情もなくゴミ箱へと捨てた。ひまわりをゴミ箱へと捨てた瞬間自分の何かが変わったような気がした。いや、無理やり変えさせられたのかもしれない。私は、生まれて初めて憎い相手を殺したいという殺意とそれを行わせるような無情な、冷酷な感情がじわりじわりと心の中で広がっていった。私は、今までの園田さんとの関係を切り捨てるかのように、背を向けて病室から出ようとすると


「藤村君、行かないで…」


と、はっきりとした声で聞こえた。その声は、まるで、砂漠に映る蜃気楼のように、実体がないような、つまり幻の様な白昼夢ではないかという思いさえした。私は、さっき切り捨てたばかりの園田さんに向かって振り返ると、園田さんは必至の形相で、震える手を私に向かって伸ばしていた。その瞬間、あんなに凍り付いた心は、再び熱を持ち暖かくなった。そして、私の表情があまりにも冷たかったのだろう、園田さんはそんな私に向かって、驚きと絶望と悲しみな現れなのか一筋の涙が瞳からこぼれた。その園田さんの行動を見ていた、園田さんのお母さんは、鬼の形相を私に向けてもう、慣れてしまったヒステリックな声でまくしたてるように


「あなたは、玲の何なのよ!さっき言ったでしょ!出ていきなさいって!」


その時、園田さんは、残り少ない体力をすべて使い切る勢いで、救いを求めるかのように、私へ、両手を向けて、今できる最大の声量で


「藤村君は、私のこの世界の中でたった一人の本当の友達なの、だから私からいなくならないで…」


そして、園田さんはケホン、ケホンと咳をして呼吸が乱れていたけど、しばらくして落ち着いたころ、はっきりとした声で


「藤村君、こっちへ来て。」


と、切実な声で私を呼んで、私は、園田さんの想いに応えるべくベッドに向かうと、園田さんは私の右手を両手で包んだ。その手は、さっきの様に脆く冷たい印象とは違って暖かい想いと血が通った両手だった。そして、絞り出すような声で園田さんは


「ごめんなさい、私のせいで…でも、これだけは約束するわ、必ず私は、どんな状態になろうともコンクールの舞台に立つわ…例え何があろうとも…」


と、最後に何か言った様な気がしたけど聞き取れなかった。そして、園田さんはまっすぐ私の瞳を見つめて、訴えるように


「このことは絶対、部のみんなに伝えてね、必ずみんなで普門館に行こうって、お願いね…」


と、言った後、力尽きたのか、ガクッと役目を終えた操り人形の様に全身の力が尽きてベッドに倒れたまま、再び意識を失ったみたいだった。私は、ただ黙って、園田さんの手を握りながら、志半ばで倒れた園田さんが私たちに託す想いを感じながら、必ず普門館に行かなくてはいけないという、覚悟というより使命という印象をうけて私は園田さんと握っていた手を離した。


そんな一部始終をみていた園田さんのお母さんは、腕を組みながら、まるで人を小ばかにしたように鼻で笑いながら、冷たい視線を私に送りながら


「あなたたちの様な低流階級の公立高校の吹奏楽部が全国に行くですって。笑わされるわ。せいぜい頑張んなさい。まぁ、いいとこ全県大会止まりがいいとこでしょうけど。それと、玲は落ち着いたら、転校させるわ。すべてあなたたちが悪いのよ、だから、階級の低い学校はダメね。変な病気も持ち込ませるし品はないし最低ね。」


私は、園田さんのお母さんに挑むかのように強く睨むと、自分自身の決意と覚悟する想いで


「では、全国大会に出場したら、園田さんの転校はなしでいいですか?」


と、強い調子で言い切ると、この人は私が戯言と言っていると思ったんだろう、すぐに何かおかしいのか笑いながら


「いいわよ、ただし、地方予選で落ちたら間違いなく、転校させるわ、まぁ、無理でしょうけど、せいぜい頑張るといいわね。まぁ、貧乏人は貧乏くさい音楽しかできないと思うから、せいぜい周りの人に笑われないようにして頂戴。」


と、人を野良犬の様な扱いで私に接してきた。さすがに頭に来た私はこの人に、必ず自分の言ったこと後悔させようと強い意思を持って


「必ず、行きます、全国へ」


と、心の底からはっきりと宣言した。

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