第7話 まさかの…
部長は、さっそうと音楽準室へと向かっていった。しばらくすると、準備室からガタガタゴトゴト、ガッシャンと言う音が聞こえてきて、時々部長の
「痛った~。」
と叫び声が聞こえてきた。私は、本当に大丈夫なんだろうか?と心の中に不安が過ったが、そんな私の想いを知ってか知らずか制服が埃だらけになって恰好が乱れた部長が生還してきた。
そして、部長は私の前に直角に頭を下げて、真剣な大きな声で
「こんなものしかありませんでした!」
と、グイと、メッキが剥がれてボロボロになったマウスピースを差し出してきた。
そして、部長は泣き出しそうな声で
「マウスピースって楽器の中で一番デリケートな部分なんだ。唇の形って人それぞれ違うでしょ、だから、個人個人同じマウスピースを使うことでそのマウスピースが自分に合った形になっていくんだ。だから、うちの部は、みんなマウスピースは自分用買って使っているから、部のは本当にこんなのしかないんだ。本当にごめん!」
私は、そんな部長をかわいいと思いつつ笑顔で
「僕は大丈夫ですよ。それで十分です。」
部長は、うるんだ目で上目遣いに顔を上げて
「本当に、ほんと?」
私は、にっこりと笑いながら
「本当にほんとです。」
「ほんとにほんとにほんと?」
「ほんとにほんとにほんとです。」
それを聞くと部長は、へなへなと脱力した様に床にお尻を付けると
「よかった~。他の子たち、誰の唾液が沁みついたか判らないようなばっちぃマウスピースなんて使いたくないって、みんな、帰っちゃったのよ~。一体どれくらい将来有望な若い子が、入部する前に去っていったのか…それを思うと私、私…」
と、部長は、座ったままメソメソと泣き出した。私はさすがにこの状況をどうしたものか、周りに助けを求めるように見渡すが、誰も視線を合わせてくれない。あの吉田君さえ、顔が固まったまま、唖然としている。
私は途方に暮れて立ち尽くしていると。サッと副部長が、我々の間に割って入ってきた。そして、まるで母親が子供をあやすかの様子に、そっと抱きしめて、頭をさすりながら、慈愛に満ちた優しい顔で
「ワレ、毎年、毎年、誰もチューバ吹いてくれなくて、お弟子ができないって、普段口説いてて、やっとかできると思って、ウソ泣きするなんて、何考えてるんや。しばくぞコラ。」
と低くどすの利いた声で言った。あまりにもギャップが激しすぎるので、さすがの私もポカーンとしてると、部長は私に向けてにっこり舌を出して
「ばれたか、テヘペロ。」
そんな部長に副部長はキレたのか、襟元掴んで立たせて、
「ワレ、まじめに教えんかい!あまり、阿保なことし続けると、日本海に簀巻きに巻いて沈めるぞコラ!」
と、ヤクザの親分の様に啖呵を切った。
と、そんな、副部長に部長は顔を膨らませながら
「だってぇ~、誰もやりたい人いないっていうか~、まじありえない~」
ー ぷっつん ー
私には聞こえた。部長は間違いなく副部長の地雷を踏んだ。
そして、次の瞬間には副部長は部長に昇竜拳をお見舞いしていた。
あまりにも綺麗に決まったので1発KOかと思ったが、部長は殴られてた顎を摩りながら
「やるな、恵子。だが、まだまだだ。俺は俺よりも強いやつに会いに行く。探さないでくれ。」
と言い終わらないうちに、副部長は手近にあった椅子を振り上げようとしたので、部長は、やっとか地雷を踏んだ自覚があったのか
「わかった恵子。わかったから。まじめに教えるから。」
と土下座をした。一体どちらが部長かわかったものでないと私は思う。
そして、部長はバズィングの練習の仕方からマウスピースの慣らし方を丁寧に教えてくれた。私は、何とかマウスピースを鳴らすことができるようになると
「藤村君って飲み込み早いのね。教えていて楽しくなるもの。せっかく本格的に入部するなら、自分用を買ったほうがいいと思うわ。」
すると、ことの顛末を見守っていた吉田君が
「それじゃ、創君。駅前にある松下楽器店に行ってみない。あそこなら大抵の楽器や、備品小物も売っているから、今日僕も行きたいと思っていたんだ。」
私は、ふとちょっとした質問を部長に投げた。
「チューバのマウスピースって、いくらするんですか?」
部長は、腕組みしながら、不敵に笑うと
「聞いて驚くことなかれ、金管楽器で一番のいいお値段するわ。大体諭吉さん一人分ね。安くてね。」
私は、いきなりのお値段言われておうむ返しに
「安くてですか?」
と聞くと、部長はなぜか勝ち誇ったように自信満々に
「そうよ!選ばれし楽器だから高いのよ!」
と言った。私は急に高いハードルを要求されて、さて資金面を工面しようか考えていると
「私も、着いていってもいいかしら?」
と園田さんが、間に入ってきた。人のいい吉田君が一瞬顔が曇って、私に視線を送ってきた。ーどうする?と
私は、頷きながら
「いいよ、一緒に行こう。」
と言うと、吉田君は、気まずそうに
「ごめん、僕用事があったんだ。今回は二人で行ってね。」
と、あっという間に音楽室から去っていった。
その光景を私は唖然としながら見ていると園田さんは
「藤村君。私の高校初のデートよろしくね。」
とにっこり笑った。
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