第3話 黄昏で
園田さんが去った後、心配そうな顔で吉田君がやって来た。
「創君、大丈夫?何か変なことでも言われたの?顔が真っ赤だよ。」
私は、再び顔を思いっきり左右に振って
「大丈夫だよ。何でもない、何でもないんだ。」
吉田君は、本当に心配そうな顔をして
「創君の何でもないは、いつも本当は何かあるんだから、心配だよ。何かあったら、独りで抱え込まないで相談してね。」
と、吉田君は暖かな微笑みを送って、席へと帰っていった。
高校初日からの一目惚れと、その娘からの誘い…まるで、映画やゲームの様な話に私は、これは本当は夢なんじゃないかと疑って、ほっぺをつねったけど、痛かった。
ー これは 現実 なんだ ー
私の頭の中は、放課後園田さんと話せるという夢の様な出来事に、すべてが霞んで見えた。
ホームルームでの担任の先生の話はもちろん先生の名前やクラスメイトの自己紹介まで、何一つ、本当に何一つ、一切合切頭に入らなかった。私の頭の中は早く放課後になってほしいただそれだけだった。
時間は、過ぎて欲しいと思っているほどゆっくり進むのか、私は時計を睨みながら、時計の針の秒針に至るまで、もっと早く進めと恨めしく思った。
そして、我慢に我慢を重ねて、授業が終わり、放課後へとなった。私の心は脱兎のごとく、音楽室へと向かいたかったが、ふと、不安が頭をよぎった。
園田さんは、私が何かにしろじろじろ見てくるから気持ち悪いから、やめて近寄るなと言ってくるんじゃないかと,,,そんなネガティブな思考の影が私の頭の中にちらついてきた。
土壇場になって、怖気づいた私に、聞きなれた声が耳に入った。
「創君、やっとか学校も終わったね。一緒に帰ろうか。どっか寄りたいとこあるかな?」
吉田君は私が、不安に襲われているのが、顔に現れて、ことの異常を判ったらしく
「創君、大丈夫?顔色悪いよ。保健室行こうか?」
吉田君は、私の肩に手を伸ばそうとするのを、私は左腕で大きく振り払って
ただ、一言
「大丈夫!大丈夫だから!」
と言って、私は教室を走って出た。
私は、息を切らせながら走った。そして、音楽室へと向かう中、吉田君を裏切ってしまった様な罪悪感が、影の様に私の心に射した。私は、心の中で、吉田君ごめんと唱えながら、最悪のケースが頭の中に膨らんできた。
吉田君は、私をせっかく心配したのに、ごめんも言わず、思いっきり振り切った薄情な奴。
園田さんは、私をいつもじろじろ見てくるキモイ奴。
そして、いつの間にか私はクラスで学校で社会で孤立してしまう自分という最悪の悪夢が脳内ではっきりと映し出された。
そう、私はこの世の終末を迎えて、膝を落とす自分の姿がの頭の中でありありと想像できたのだ。
私は、完全に絶望した表情で、四階の東側奥の音楽室へとたどり着いた。
自分の震える手が、音楽室へ入ることへの恐れが自分自身、嫌でも感じられた。
私は、泣きそうな、悲痛な声で
「失礼します!」
と言って、音楽室の戸を開けた。
ーーーーーーーーーーー
そこには、グランドピアノの椅子に座っている園田さんがいた。
夕日に照らされて、まるで絵画の一枚の様な光景が目の前に広がっていた。
園田さんの表情は影と重なって見えない。
私は、自分があまりにも場違いなところにいる様な気がして、ただ、ただ立ち尽くしていた。
そして、柔らかな声が鼓膜に響いた。
「いらっしゃい藤村君。」
「待っていたわ。」
その声色と言葉に、最悪のケースという暗闇から一条の光が射した気がした。
私は、それでも、不安と緊張で硬くなった声で
「園田さん、僕に何の用事があるのかな?」
園田さんの影は、癖なのだろうか、左手の人差し指を頬に指しながら考え込むように
「うん、お願いがあって来てもらったの。」
私は、園田さんから、終末の宣告が発せられると思って固く目をつむった。
「入ってくれないかな?」
私は、急に予想外のセリフが聞こえてきて、閉じていた目を思いっきり開いた。
園田さんの白い華奢な手は、私の目の前に一枚のプリントを差し出していた。
私は、予想外の展開に動揺しながら、震える手で園田さんからプリントを受け取った。
そこにはーーー
ーーーー入部届 吹奏楽部 ーーーー
私は、頭の中と感情がぐちゃぐちゃに入り乱れて
「これは、一体?」
園田さんの表情は、私の目にはあまりよく見えないけど、この今一瞬の雰囲気で、園田さんは満面の笑顔でいるのがはっきりと確信できた。
「吹奏楽部ってね、意外と力仕事も必要なんだ。ほら、例えばね。そこにある打楽器あるでしょ。コンクールやコンサートにはそれらを運ばなくちゃならないの。今年、吹奏楽部の男子の入部、同じクラスの吉田君しかいないから、仲のいいい藤村君に来てくれたら、きっと吉田君も喜ぶのかなぁって。」
私は、取り越し苦労に脱力して、へなへなと床にお尻を付けた。
それを見た、園田さんは、驚いて
「藤村君、大丈夫?」
と、走って私の顔を覗き込んだ。
「うん、うん、大丈夫。何でもないよ。」
私は、心の中で自分一人で舞い上がって、勝手に独りで落ち込んで、本当に笑ってしまう。
「ははは…」
と、私は力なく知らぬ間に本当に笑っていた。
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