悲しみの果てに~涙に濡れた足跡を辿って~
呉根 詩門
第1話 空から注ぐ春の陽光
世界が漆黒に染まった夜、僕は街の中央公園の真ん中にただ立ち尽くしていた。
クリスマスのイルミネーションに飾られたもみの木の下に。
そうなんだ、僕は死んだ。
そう、正確には僕の心が死んだのだ。
僕は、膝を地面につけ、うずくまった。
口から漏れる声にならない嗚咽。
そして、頬をつたう涙と空からはまるで僕の心を白く染める様に、ブラックのダウンジャケットに優しく粉雪が僕を包む様に降り積もっていた。
----そう、僕……藤村創は……今までの自分の心そのものが……間違いなく死んだのだ----
----
僕の生まれも育ちも雪国の片田舎なんだ。
特に街の外の人には、わざわざ観光に来る様な、魅力的なものは何もない。
何か目立つ産業なり、名所などがあればよかったんだけど残念な話だと心から思う。
それでも、20世紀末のこの街には、最近コンビニが増え始めてきた。一応ここも日本の一部みたいだ。
他にもスーパーや本屋、ちょっとしたデパートらしきものもある。
田舎の割には、ちょっとは大人たちも頑張っているみたいだ。
しかし、あまりにも魅力のない街って必然的なある問題が起こる。
そう、大抵の若者は、高校卒業とともに街の外へ出て行ってしまう事なんだ。
となると街にはじっちゃんとばっちゃんだらけになるのが、喫緊の課題となっていた。
そんな環境の中、僕は地元で進学で有名な県立高校の入学に成功したんだ。
本当に血の涙を流すくらい勉強したよ。
でも、これがゴールじゃない。
大学入試と言う地獄のスタートラインに立っただけだ。
その時の僕は、そんな針の山や血の池地獄を踏破しなくてはならないのも全くわかっていなかった。
そんな極楽とんぼの僕の高校初日の朝。
せっせと身支度をしながら、新しい学生生活に夢を膨らませていた。
今思い返しても、本当におめでたいと思う。
まぁ、あの時の僕はガキだってことだ。
ガキの僕はどことなく、違和感を感じる制服に腕を通すと、少しだけ大人になった気がした。
ただガキなのに、今となっては笑ってしまう。
僕はささっと朝食をとった後、必要な教材にぬけがないか、学生カバンの中身をチェックした。
ガキの僕も間抜けではないって事だ。
ふっと時計を見ると朝七時半を過ぎたころだった。
やばいそろそろ、出発しないと……。
僕は、大きな声で
行ってきます!
と言って、中学からの馴染みの自転車に勢い良く跨った。
鞄には、中学時代の誕生日プレゼントでもらったCDプレイヤーを忍ばせて。
自転車を気持ち良く運転しながら、槇原敬之の「君は誰と幸せなあくびをしますか」を聴きながら、ご機嫌良く学校へと走った。
暖かい春風と新緑が芽生え始めた田園風景の中を駆けていた。
耳からCDの歌声がBGMとなって、世界が自分中心に回っている気がしていた。
なんて言うのかな?
簡単に例えば、ちょっとした映画の主人公みたいな感じかな?
まさに敵なしの様に僕の心は明るい希望に溢れたひと時だった。
そうそう、その年は暖冬で、三月にはほとんど雪が消えていてた。
四月のあの頃には、道路の脇や田んぼには新しい植物たちの生命が一生懸命、地面から顔を這い出し始めていた。
気分良く走る僕の通学途中の公園には、桜の花が鮮やかなピンク色に染め上げて咲き始めていた。
朝の眩しい日差しと、クリアな空気。
そして、どこまでも遠く遠く広がる青空。
僕はそれまでの一生で一番生きているって思った。
春の陽気が僕の心の奥底までポカポカに温まっていた。
学校へ向かっていると同じ制服に身を包んだ学生が、何人か見受けられた。
これから、彼ら彼女らと同じ学校で、二度と繰り返されない貴重な高校生活を一緒に過ごす。
お!青春だ!
と、僕はこれまでに感じたことのない妙な親近感が湧いた。
そんなこんなで僕は、住宅街の中にある小高い丘へと着いた。
そこには、街の一等地に建った新しい学び舎があった。
駐輪場に相棒を停めると、学生鞄を手に昇降口へと軽快な足取りで向かった。
腕時計を見ると、だいたい午前八時過ぎ、高校生活初日から遅刻はないみたいだ。
さすがに、極楽とんぼの当時の僕もそれはない。
外履きを靴箱に入れると、背後から懐かしい声が飛んできた。
「もしかすると、創君?」
僕は何事かと振り返った。
僕の視線の先には背が高く、眼鏡をかけた好青年が手を振っていた。
ん?
僕は一体彼は誰だろう?
僕は脳内総動員で尚且つマッハで検索をかけた。
あの、色白で利発そうな人は……
「もしかすると、吉田君?」
僕は、数ある脳内の引き出しからその言葉を取り出した。
そう発すると彼は、親しげな笑みを浮かべて
「そうだよ、吉田健。
久しぶりだなぁ。
だいたい四年ぶりくらいかな?
俺が、小学校5年で転校したからなぁ。
まさか、また会えるとは思えなかったよ。
いや、本当に懐かしいよ。」
吉田君と別れたのは、僕が小学校5年の時の話だ。
吉田君の親の都合で、県外へ転校していってしまった。
僕と彼は無二の親友だ。
本当によく放課後、彼の家へ行って一緒にゲームをしたりしたものだった。
性格にも本当に気の合う友達だった。
「吉田君も、この学校だったの?」
吉田君は、照れるように頭を搔きながら
「俺の親、他の学校にしろって言ったんだ。
だけど、夢のために、無理やりここに入学したんだ。
お陰で、アパート一人暮らし。
終いに朝には、新聞配達だよ。」
僕は頭に浮かんだ疑問を何のためらいもなくぶつけてみた。
「吉田君の夢って、何?」
吉田君は、芯の強そうな、硬い意思を持った眼差しで僕の瞳を見つめながら
「俺、プロのトランペット奏者になるのが夢なんだ。
この高校の吹奏楽部は、全国大会の常連校なんだよ。
ここでいい評価を受ければ、特待生として大学まで行ける。
そして、いずれプロになって、多くの人を感動させるトランペット奏者になるんだ。」
僕は彼と離れ離れになった4年のうちに彼は、昔と違ってだいぶ変わったと思ったよ。
僕と違って大人だ……本当に……
自分の将来を目指して、進む確固たる意志を持っている……
僕にはないものだ。
僕は何の目標もなくただただ流されるまま、高校に入学した。
しかも、親からの援助を受けて勉強をしている身分……
しかし、吉田君は、夢のために自分の意志でこの高校を選んだ。
何より誰からの援助も受けずに自分で生活をしてる。
なんだか、僕はあまりにも子供で恥ずかしくなった。
全くさっきまで大人だと思っていたのに……
そんな僕の心を知ってか、吉田君は励ますように
「創君、また高校でもよろしくね。」
僕はこの彼との出会いによって、自分の人生が大きくまた、いびつに歪んでしまうとは……
これも、運命と言うんだろうか?
ただ、僕と彼の頭の上から注ぐ春の日差しが、暖かくこの出会いを祝福してくれているように感じた。
これからが、いかに苦難と絶望に染まってしまうという茨の道だと言う事に……
あの頃の僕は、まだ知りもしなかった。
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