第12話 捕虜少年と待人少女



 こんな愚直な作戦があっただろうか。良い案が浮かばないからと正面から帰るとは思わないだろう。しかし、彼女らにとってはそれが一番安心する方法かもしれない。


 宿の光りが徐々に近づいてくる。その光りの中には二人の女の子がおり、何やら話しているようだ。その二人は俺が近づくと気が付き安心したような表情を見せた。心配かけたことに申し訳なくなる。


「ユウリ、良かった!」

「お帰りなさい」


 そう言った二人に俺は少しドギマギしながら返事した。


「お、おう。……悪いな」


 それを二人は気にする様子はなく、アリアが俺の剣を見て不思議そうに首を傾げた。


「あれ? ユウリって剣を二本持ってたっけ?」

「……帰り道に拾った」


 妙に鋭いアリアに俺は用意していた言い訳を口にする。


「道端の道具を拾うのはあまり感心しません。そういうのはきちんと道具屋で買うべきです」


 呆れたようにシャルが言う。


「……悪かった。今回だけだ」

「……妙に素直ですね。何かありましたか?」


 シャルが目を細めて俺をジトっと睨み付けてくる。やたらと疑ってかかるシャルを逆に睨みつけ返す。……普段は素直じゃないって言いたいのかよ。


「別に何もないって。それよりシャルに話したいことがあるんだけど。……二人で」

「……二人で?」

「にゃっはぁっ!」


 未だに疑わしそうにしているシャルの横でアリアが妙な悲鳴をあげて喜んだ。


「私はお邪魔だね! それじゃあ!」


 アリアが空気を読んだのか、とさくさと宿へ引っ込んでいく。……本当に空気を読んだのか? 何か勘違い起こしてないか?


「それで話とはなんですか?」


 フードを脱いだシャルはハイライトの消えた瞳で俺を見た。

 愚直な作戦であったが、なんとかシャルと二人きりになった。


「その話なんだがな……」


 俺は今まであった話をシャルに話す。捕まってからリリムとあれこれ話していた内容だ。スライム娘という魔物の存在。無自覚にスライムを生成していたことなど。


 シャルは時折、呆れたように頭に手を当てて息を大きく吐き出していたが、落ち着いた様子で最後まで話を聞いてくれた。


「それで、リリムという魔物のためにあなたは私を説得しようとしているわけですか?」

「あはは、説得なんてとんでもない。ちょっと見逃してもらって良い考えを教えてもらえないかなぁぐらいだ」

「はぁー。まあいいですよ」


 魔物を嫌いという割には協力的なシャルの説得に成功し、二人で立ち話を続ける。


 宿の扉の横に設置された魔石灯。魔力を溜めて、その分だけ光りを発する魔道具の近くで、宿の壁に寄り掛かりながら時間は流れていく。


「考えるにしても、私はスライム娘なんて存在を知りませんよ」

「勇者一行の旅に出てこなかったのか?」

「出てきたことありませんね。スライムメタルやスライムヘドロみたいな派生系なら戦ったことありますが、人間に擬態するスライムは初めて聞きました」


 ……擬態できるのは人間だけじゃないみたいだけどね。俺は視線を剣へ向けると静かに動かずにいた。


「どうやらスライムから進化してスライム娘になったみたいなんだ。そういう魔物を知らないか?」

「進化して強い魔物になった例ですか……。それですと、スケルトンキングがいましたね」

「……スケルトンキング?」


 普通のスケルトンなら知っているがスケルトンキングは初めて聞いた。駆け出し冒険者の街、ホワイトタウンの周辺では出てきたことがない。


「名前から予想が付くと思いますが、スケルトンの進化系です。進化条件はわかりませんが、複数のスケルトンがくっついて大きくなった形をしています」


 複数のスケルトンがくっつくと言われると関節がどうなっているのか気になってしまう。肘や膝が三つ四つあったりするのだろうか。どんな姿でどんな能力があるのだろうか。


「進化すると新しい能力でも付くのか?」

「スケルトンキングにだけ言えばありました。他のスケルトンを従える能力でした」

「それをスライムに当てはめればスライム娘はスライムを従える能力があるかもしれないのか」

「その可能性はあります」


 リリムはまだスライム娘になって時間が経ってない。無自覚にスライムを生み出しているぐらいだから、従える能力についても何も知らないかもしれない。


「どうすっかー。従える能力が使えるまでスライムは発生するだろうし、退治するのに俺らは必要だよなー」

「……一度だけリリムさんに村から離れてもらうのも案に入れた方がいいですよ」

「リリムに修行してもらって、それから村に帰ってもらうってことか」

「はい。だって、あなたの剣って……」


 そう言ってじとっとシャルに睨まれる。流石にバレたようだ。擬態できるという話で察したのかもしれない。


「バレてるよな。リリム、剣に化けなくてもいいぞ」


 俺が腰に差している剣のうち一本を地面に置くと、剣は水へと変化して、その形を人間にしていくとリリムの姿へと変えた。


「す、すみません。何か聞き耳を立てたようになりました。それに教会では攻撃もしてしまいましたし……」


 そう言って頭を下げるリリムにシャルは首を左右に振った。


「気にする必要はありません。私に害はありませんでしたから。ただ、本当にスライム娘なんて存在があるのですね」


 シャルがリリムの気持ちを紛らわせるために話を逸らす。部屋の中でアリアが待っていることを考えると早く話を進めてしまいたい。


「それよりも現状で障害になることってなんだ?」


 俺が訊ねるとシャルは顎に手を当てて考えながら口を開く。


「……スライムの問題もありますが、アリアの説得、神父様への説明、ギルドへの報告でしょうか」

「ギルドに報告は適当にして、ヨゼフに説明はスライム問題の解決法がないと難しくないか?」

「もしそうなら先にアリアの説得になりますね。まあ、話せば聞いてくれると思いますけど」


 シャルからアリアへ話してくれればアリアは納得してくれそうだ。元からそれが狙いであったがシャルは頼りになる。


「オリバーが俺らを除け者にしている感じだとしばらくは戻らなくても良さそうだし、スライムの問題は俺らがここに残るでも良さそうだよな」

「そうですね。前金で貰った経費も長期滞在ができそうですし」

「うえ!? そんなの貰ってたのか?」


 前金をもらってたなんて知らないし、聞いてない。そもそも依頼を受けた際にシャルが詳細を書いていたからアリアと一緒に除け者にされていた。


「当たり前です。路銀は大切ですから怪しい人には任せられません」

「怪しかねぇよ!」

「無駄遣いしませんか?」

「……しねぇよ」

「……はぁー」


 俺の返答が遅かったからか、彼女は大きくため息を吐いた。飲み代に使うかもしれないけど、ちょっとだけなんだからね!


 そんなくだらないことを考えていると服の裾を引っ張られる。その引っ張った人物を見れば水色髪の女の子がいた。


 リリムは俺に耳打ちするためにぐっと背伸びすると顔を耳元へ近づけた。


「仲が良いけど、人ってこれでも恋仲じゃないの?」

「……これが普通だ。むしろ、ちょっと仲が悪い」


 俺が答えると離れたリリムがきょとん顔で首を傾げていた。そんな顔されても事実だからな。


 シャルを見ればコソコソと話していたせいで怪しまれたのか睨まれていた。……除け者にして悪かったな。

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