第10話 家出少女とスライム娘
アリアは俺らのやり取りを口元を抑えて笑っており、リリムは邪魔することなく見守っていた。……お喋りパートを邪魔しない悪役って優しいよね。
「あなた達はこの人の仲間ですか?」
リリムがシャル達を睨む。
「いいえ、違います」
「まったく、金髪クソやろうだな。ファ◯金髪め!」
「人を髪色で呼ばないでください。それにクソやろうでもありません」
仲間扱いしてくれないシャルに暴言を吐くと彼女に睨まれる。
「……なるほど。仲間なのですね」
「今のやり取りをどう汲み取ったらそうなる?」
相変わらず仲良しの定義が曖昧だ。暴言を言い合っていて仲良く見えるとは不思議なもんだ。
「そうしたら、あなた達も私を排除しようとしているのですか? だとすれば、彼の命がありませんよ」
リリムはそう言って俺の口元をスライムの体液の触手で塞いだ。鼻が塞がれていないので呼吸はできるが喋ることはできない。
スライム娘の体液っていうとエッチな響きだよなぁ。それを口の中に突っ込まれるとかエッッ!な展開だなぁ。
「そのつもりはありません。私は一応、彼に死んでほしくありませんし、あなたにも死んでほしくありません。話し合いで解決できるのでしたら、話し合ってみませんか?」
魔族が嫌いな彼女が話し合いで解決したいとは意外な話になった。しかし、リリムは疑う様子をやめず、彼女らを睨みつけた。
「私をここから逃してください」
「彼を置いてくれれば構いません」
「……いえ、それはできません。私の身の安全のため、私が逃げた後にあなた達がこの村を立ち去れば解放します」
リリムは用心深くシャルへ交渉を持ち込む。この場で俺を解放してしまえば、その後の安全が約束されない。だから、安全を先に確保できてから人質を解放するのは理解ができた。……まあ、こういう時、人質はだいたい殺されるんですけどね。
「本当に彼は生きて解放されますか?」
「……約束は守るわ。主神ニケ様に誓って」
リリムは熱心な信者だ。そんな彼女に主神に誓われてしまえば信じてしまいそうになる。
「シャル、約束するわけじゃないよね?」
「……でも、彼女は熱心な信者です」
「ダメだよ! 信者でも魔物は魔物だよ」
アリアが抑止するもののシャルはリリムと約束を交わそうとしている。
シャルは魔族が嫌いなはず。それなのにシャルが魔族を助けるように交渉し、アリアの方が好戦的なように見える。
個人的にはリリムが俺を殺す気が無さそうなので、約束してしまっても大丈夫だ。なにせ、半年も教会へ通う理由があるのだから、明確に強い意思があるのだろう。
俺はアリアの目を見る。彼女は俺に気が付き、俺が怯えてないことに気がつくと小さく息を吐いた。
「……シャルに任せるよ」
アリアはそう言って構えていた剣を下ろした。それに合わせてシャルも杖を下ろして、リリムに話しかけた。
「あなたを逃します。あなたが安全を確保できたと思ったら彼を解放してください」
「……約束は守るわ。本当よ」
そう言ったリリムは俺を簀巻きにしたまま礼拝堂から出た。
「すみません」
「ごめんね、ユウリ」
シャルとアリアがすれ違う時に悔しそうに謝っていた。
✳︎✳︎✳︎
礼拝堂から出て人気のない森の中へ入ると、彼女は一部をスライムのまま、森の奥へと進んでいく。
やがて、疲れたのか立ち止まって適当な木に寄りかかって座る。その頃にはリリムの体液(スライム部分)が口元から外れていたので俺は話しかける事にした。
「なあ、こうやって攫われるのってヒロインの役割だと思わないか?」
「えっ? な、どういうこと?」
水色の髪の毛を左右に揺らしてリリムはあわあわと答えに困っていた。
「普通はヒロインが攫われて、ヒーローがそれを助けるっていうのがテンプレートだと思うんだよ。ピ◯チ姫とか何回攫われるの?ってぐらい攫われているでしょ? それをドンキ◯コングやク◯パから助けるのがマ◯オなわけじゃん。最近の長いタイトルのアニメや漫画だって可愛いヒロインが攫われて、カッコいいヒーローが助けるのが人気な展開なわけでさ、俺が攫われることに需要なんてあるの?」
俺が長々と話し切ると、リリムはポカンとした表情をした後に長い髪を垂らし首を傾げた。
「えーと、攫われるのは可愛い女の子の役割であなたの役割じゃないってこと?」
「要約するとそうだな。カッコいい王子様が助けるからお姫様はドキドキするものだろ?」
俺がそういうとリリムはクスクスと笑った。
「ふふ。……たしかにそうかもしれないね」
こうして素直に笑っている姿を見ると彼女は可愛らしい。
「そうやって笑っている方が似合うんだな。こんな人攫いみたいなことは似合ってないぜ」
俺がそういうと彼女は驚いたような表情をした後に少し頬を赤く染めた。
「い、いえ、私が助かるためには必要だったので……。それに巻き込んでしまって……」
リリムは表情を暗くさせて吊り下げていた俺を下ろした。簀巻き状態なのは変わらないが、自分の足で座ることができるようになった分、自由になったと思う。
「それで、なんで教会に通ってまで祈ってたんだ?」
あの状況を切り抜けるために俺を攫ったことはもはやどうでもいい。気になるのはそんな状況になるまで教会へ通っていた理由だ。
「……それは、私のわがまま、かな」
彼女は懐かしむように目を細めた。
「私、擬態できる前は他のスライムと同じだったの」
リリムはスライムから擬態できるスライムに進化したということなのだろうか。
「転がって、跳ねて、のんびり過ごしている魔物。それがある日、間違えて人里に迷い込んでしまったの。人に見つかれば道具で叩かれるから逃げて逃げて、そうやって逃げた先に教会があった」
スライムが見つかれば核を叩いて消滅させるのが普通は習わしだ。
「その教会の神父様に見つかって、また叩かれてしまうって思ったら、その神父様はどうしたと思う?」
「え、知らん。流れ的に逃してもらえたのか?」
「ふふ、そうだよね。それがその神父様はわざわざ人里の外まで運んでくれたの」
楽しげに話すリリムは頬をわずかに赤くして、とても嬉しそうにしている。
「たったそれだけの出来事なんだろうけど、私にとってはとても大きな出来事だったの。だから、もう一度会いたいと思って、毎日お月様にお祈りしていたら、私は擬態できるようになっていた」
驚きのスライム娘の誕生秘話。毎日祈るとスライムが進化する可能性がある。でも、気になるところもある。
「なあ、なんで毎日祈るほど会いたいって思ったんだ? もう一度会うにしても村の中だから危ないんじゃないか?」
「……意外と鈍い人だね」
リリムは意外そうな表情で俺を見ていた。
「私の命が尽きても一目見たいって思うのが、人間の言う恋心というものでしょ?」
柔らかく笑うリリムは恋する乙女の表情らしい。
正直、俺には恋心なんてわからない。前世にしたことがあったかもしれないが、もう遥か遠くの記憶の中で、そんな心を忘れてしまった。
「あんたが会いたいって思うのが……、ヨゼフなのか?」
俺は直接的な言葉でしか理解できないだろう。この心を理解するには遠すぎる。
「はい! 私はヨゼフさんが好きなの」
好き。会いたい。一目見たい。
ああ、なんとも遠く離れてしまった感情なのだと、俺にはリリムが少し眩しく見えた。
人間、魔物。そんな種族の壁を越えてリリムはヨゼフに恋をしたのだ。
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