僕たちには問題がある
芳乃しう
第1話 放課後
いつの間にか放課後になっていた。別に全ての授業を寝ていたとかそもそも授業に出ていないだとかそういうわけではないが、どうも毎日同じようなことをしていると時間の流れを早く感じる。どこかで聞いた話によると時間の流れは60分÷自分の歳=?で年々短く感じていくらしいが、この分では実年齢だけではなく精神年齢も加算されて計算されているような気がしないでもない。いや、そうに違いない。
「よっ、お疲れ。もう放課後だっていうのに何眠そうな顔してんだよ、お前は」
右肩にやわらかい衝撃を受ける。衝撃がした方向に顔を向けると、そこには俺と同じくA組に在籍している吉原が呆れたような顔をしていた。
「人生の短さを考えていたら眠気がだな」
「何意味分かんねぇこと言ってんだよお前は。いいから立てって」
強引に俺を立たせようとする吉原。いーやーだーと念を送るが現役の運動部に勝てるはずもなく、俺は仕方なく自分の意志で立ち上がることにした。精神年齢の高い俺だからできることである。
「どうせお前は部活に行くし、俺も生徒会だからすぐ別れるだろ」
そう言いながらも、二人並んで廊下を歩く。ふと外を見れば校庭では運動部が準備体操やら器具の準備をしており、校内では吹奏楽部が熱心に同じ音を鳴らし続けていた。確か「ラ」の音を出すんだっけ。
「ま、そうだけどさ。いいじゃねぇか別に、俺もお前もそんなに急いでるわけでもない。ゆっくり行こうぜ」
反抗期の子供を諭すような笑顔でそう言い、吉原は前を向いた。
「しかしどうなんだ?生徒会は。この時期だと特に仕事らしい仕事はないとは思うが、ちゃんと充実した日々を過ごせているのか?」
息子の学校生活を心配する父親のような口調をしていた。
「充実してるとは言い難いな。あるとしても意見箱に入ってる意見の整理と、校内の見回り。しかも見回りは会長がやってるし、下っ端は楽させてもらってるよ」
優秀すぎる上司がいると部下は怠惰になるのである。俺とかあいつとかあいつとか。
「ふーん、そうか。忙しくなるのはこれからって感じだな」
両手を組んで頭の後ろにしながら、返事をする。9月に行事がある学校の方が少ないんじゃないのだろうか。夏休みが明けてただでさえしんどいというのに、何かをやろうとする熱意は早々生まれないものである。今の気温はどれぐらいなのだろうか。ふとそんなことを思った。先週よりは結構低くなったような気もするけど。九月も下旬を超えると、セミは鳴き止み、段々と快適だった半袖の制服も次の夏を待って押し入れに入ることになる。そんな一抹の寂しさを覚え、立ち止まって外を見る。
「ん?どうした?」
怪訝そうに吉原は俺の顔を見る。
「いや、もう夏も終わりだなって思っただけだよ」
思えばいろいろなことがあった。5月に会長に部屋から出してもらって、さまざまな出会いがあって、そんな一切合切を思い、感傷的な気分になった。段々と心配そうな顔をする吉原に声をかける。
「そういう吉原はどうなんだ?サッカー部もこの時期だと秋の大会が近いんじゃないか?」
「それは、もうばっちりよ」
自信満々に返事をする。一瞬俺の顔を見て、安心したように
「お前も見にきたらどうだ?きっと楽しいぜ」
こいつなりの優しさなのだろうか。
「家の前でやるなら見るよ」
「お前ん家の前、川じゃねぇか」
「なら水球をやればいい」
「無茶言うなよ」
呆れたような顔をして吉原は前を向く。そうして会話ともいえないようなぼやき合いをしていると分岐点と言える場所に到着した。左に曲がると生徒会室。右に曲がると部室棟。俺が生徒会室で、吉原が部室で
「私は生徒会室!!!!」
その声に思わず俺と吉原が後ろを振り向く。本当に驚くと声は出ないんだな・・・
「エスパーかよ…」俺は声を出す。
「本当に驚くと声って出ないんだな…」吉原も心底驚いたようだった。
そんな俺たちが見つめる先には満面のニヤけ顔をした、少し小さめの女子生徒が立っていた。何を隠そう、生徒会副会長、立花冥である。
「声がないと驚かしようもないものだねぇ、次からはバケツに水を入れて持ってきた方がいいと思うよねいすみくん」
「絶対やめろ、声を出す前に心臓が動かなくなるだろそれは」
「えー君もそう思うだろ?えーっと…誰だっけいすみくんその人。西園寺くんだっけ」
日本史の勉強でもしてたのかこいつは。
「吉 原 !いい加減名前覚えろ、お前の記憶メモリはどこに吸われてるんだよ!」
怒鳴る吉原をよそに、顎に手を当て考え込む姿勢をとる立花。
「今日はなんかある日だったっけ、いすみくん?」
「話を聞けよ!」
吉原が必死に声をあげる。
「あーもう分かったって、犬飼君」
「もう誰なんだよそれは…」
そう言い残すと吉原はとぼとぼと部室へ向かっていった。
「で、今日は何かある日だったっけ」
ガン無視の立花。
「いや、なんもないけど」
「そっか、まぁ行こうかいすみくん」
立花は驚かすために置いていたらしいカバンを手に取る。
「ところであいつの名前はちゃんと覚えてやれ」
「もう分かったって、吉原君だね、覚えた覚えた、有名な遊郭の名前だよね」
「お前本人の前で絶対言うなよそれ」
立花はもう知らんとばかりにココアミルクの缶を空けていた。
「行こうかいすみくん、今日も頑張ろー!!」
缶を掲げて、ズンズンと前進する。こいつの元気を今の吉原に分けてやったらニュートラルな状態になるんじゃないか。そう思うほどの元気の多さである。やれやと俺は先を進む立花の背中を追う。こいつは秋の肌寒さにセンチメンタルになることはないんだろうな
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