14. 自信というものは

 ふと、疑問が湧いた。


「自信とは、必ずしももっていなくてはいけないのか」

 

 私だって、いまだに自分の全てに自信を持っているなんてことはない。

 ただ、自分の日常で。

 日々の仕事のなかでいくらかの「マイク慣れ」をした。

 今の仕事のなかでも少し、いや、だいぶ特殊なこととして。

 月に一度ほどのラジオでの本の紹介がある。といっても地元のものなので、どのくらいの人が聴いているのかはよく知らない。

 学生の頃には、カラオケでもマイクに声が入らないのが当たり前なくらい、声が出ていなかった。それが。

 先日とあるイベントで、マイクを通して自分の声が反響したことに、謎の感動すら覚えた。


 多くはないが、これなら出来るという「自負」に近いものならある。


 ……なんて、書いてから。

 自信、自負のそれぞれの意味を調べたら、なんと。

 「自負」が、自分の才能・知識・業績などに自信と誇りを持つこと、とのことで。

 つまり。何かへの自負がある、という人は、そのなかに「自信を持つ」ということも含まれているようなのだ。



 なら、ひとことに「自信を持つ」といっても、たくさんあるのだと思う。

 例えば。

 走るのが速い、なんて子どものようなものから。

 紅茶を淹れるのが上手い、などといった大人っぽいものだとか。

 身体が柔らかい、声が良い。

 字が綺麗、書類の整理が速い又は丁寧。これは種類でいうと「外面的な部分」だろうか。


 内面的なものだって、もちろんある。

 例えば。

 周りをよく見ている、ひとを笑わせるのが上手い。頼まれると頑張ってしまう。辛いときにも感謝を忘れない。



 自信とは、バネだ。もっと遠くへ行くことも出来るんだ、という脚のバネ。

 ただ、世の中。 

「自信がないと生きていけない」なんてわけでもなし。

 バネがなくても、遠くへ行ける脚なのかもしれない。或いは、バネが透明で、本人には見えていない、とか。

 それに、なにも

「遠くへ行かなくてはいけない」と、誰が言ったんだろう。

 それはそんな、無意識の自信。

 案外みんな、そんなものなのかもしれないと、ふと想い至った今日この頃。

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