幸せになるノート

上馬祥

幸せになるノート

帰り道を歩いていると小綺麗なノートが落ちていた。


「なんだろう」


普段はそんなもの拾いはしないのだが、


(かわいい子と出会うきっかけになるかも!)


この日はだいぶ頭がおかしかった。

中を見ると1ページ目に、


『これは幸せになるノートです。名前を書きましょう』


デカデカと書かれてある。


(どんな馬鹿がこんなのに引っかかるんだろう)


誰か書いてないか探してみたが、ない。

あたりをキョロキョロ見渡して、


「まあ、試してみるか」


家に持ち帰って、名前を書いた。


三日が経った、けど幸せにはならなかった。

ぎりぎり間に合った電車が遅延して遅刻するし、自転車はパンクするし、とにかく最悪だった。


「どうしたん? えらい機嫌悪そうやなあ」


友人が話しかけてきた。


「いつものことだよ」

「ああ、さようか。元気出しぃな。宝くじ当たったらおごってやるから」


悪いやつじゃない。ただ頭が残念なんだ。

どうしてあくせく働いて貯めた金を十分の一にしてしまうのか。


(そうだ!)


可哀相だから幸せにしてやろう。

ノートに名前を書いてみた。


三日後。


「当たった!」

「なにが?」

「宝くじ!」

「いくら?」

「百万!!」

「百万!?」


嘘みたいなこともあるもんだ。

約束通り、焼き肉をたらふくご馳走してもらった。


「ご利益あったなあ」


幸せのノート。俺が名前を書いたから宝くじ当たったんだぞ?


「俺にも頼むよ」


自分で書いちゃだめなのか?


「まあ、たまたまだよな」


わかってる。けど、試さずにはいられなかった。

俺は福の神に転職して、身の回りの人を実験、もとい幸せにしてやることにした。


結果、皆幸せになり、俺はますます不幸になった。


「なんで俺だけダメなんだよ!」


彼女が出来た、ガチャ一発目でほしいのが出た、小説が賞をとった。

話を聞く度にうんざりする。


でも、とうとう、ついに、俺の番が回ってきた!

マチアプでめっちゃかわいい子と出会ってデートに行った!

なんと同郷で話も盛り上がった。

その後もマメに連絡とって、付き合うことになった。


幸せ。まあ、ノートじゃなくて実力で勝ち取ったんですけど。


それから一年。


「同棲しない?」


家賃も半分になるし、ほら最近物騒だから女の子のひとり暮らしは危ないし、風邪のときとか誰かが側にいると安心じゃん? ね?


「えっ、……まあ、いいけど」


勝った。人生勝ち組だわ。

いまの部屋だと狭いから、ふたりで住む場所を選んで、家具を見て回った。


引っ越しの日。

荷物をまとめているとほこりをかぶったノートが出てきた。


「ありがとうな」


まあ、気持ち程度には感謝している。


「そうだ!」


せっかくだし彼女の名前も書いてあげよう!


「俺が幸せにするから、いらないっちゃいらないんだけどね」


ボールペンを手に取ったところで、いやなものが頭をよぎった。


――彼女の幸せって?


もちろん、俺とイチャイチャして暮らすことだろ!


――もっと良い男、捕まえられるんじゃない?


それは……ある、だろう。実際かわいいし。

俺より顔が良くて、金持ちで、頭も良い男なんてこの世にはゴマンといるから、

きっとワケない。


――君が彼女を一番幸せにできるの?


あああ。

書けない! 最悪だ!

ほかの男にとられたら、なんて思うと涙が出てくる。

本当に愛しているのに、俺は心の底から彼女の幸せを願えない!


「いや、むりだろ」


俺にとっちゃ自慢の彼女だけど、彼女にとって俺は……。


ノートを見る。

もしノートの力が本物で、それで一緒になれたのだとしたら、それは彼女にとって幸せなことだったのか?


頭を振った。


わからない。でも俺がやらなきゃいけないことは変わらないんだ!


俺は覚悟を決め、ノートに彼女の名前を××××た。




そして彼女は幸せになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せになるノート 上馬祥 @KamiumaSyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ