南タンネ村 6


 情報交換を終えて、食堂から出た後。

 よーし出発再開だ、ということで俺たちは村の中央通りに戻り、来た道に背を向けて、再び歩き出した。


 小さな商店街とでも言えるようなその通りを、3人並んで進みながら。

 アカリが、そういえばと話を切り出した。


「最初、黒羽ちゃんに街まで案内するよって言ったと思うんだけど。」


 そう言って、彼女は通りの奥に続く道をじっと見つめる。

  

「私たちの目的地は、朝川陸上士官学校。ここには、顔出しと星見の遺跡に寄るために来ただけだから、今日の内に帰る予定だったんだ。」


 でも。彼女はそう続けると。


「一応、ここは村だけど、人もいて冒険者もある場所だから、黒羽ちゃんが初めにお願いしてくれた事はここでも叶うと思うんだよね。」


 それでも一緒にくる?

 そう言った彼女の言葉を、頭の中で反芻しながら、確かにそうだという事でぐるぐると考える。


 確かに、こうして人の住む場所に出てこれて、かつ職にもありつけそうであるからして、当初の目的は達成できそうだし。

 さらには、石破マリネの追跡調査をするのであれば、ここに住むのは立地的にも理にかなっていそうではあるが。


 しかしそれは、本当にそうだろうか。

 よく考えてみればもしかしたら、それは悪手になるかもしれない。


 というのも、だ。

 調査をするという事になれば、腰を落ち着けての事になるだろうが。

 今の俺は、何度も自省しているように、家無し戸籍なし家族なし職なしという最悪のコンボを決めた状態にある。

 すなわち、この世界における俺という存在のアイデンティティが無い。


 落ち着ける場所、すなわち長期的に住める拠点を確保したい、というのは山々ではあるが。

 彼女達には少し悪いが、まずはそもそも自分の事───特に、身分証明と職についてをある程度落ち着けさせてからの方が良いだろう。

 その方が、色々身にもなるだろうし、効率も良いはずだ。


 となれば、“選べる候補”がなるべく沢山ある所にいるのがいいだろう。

 言い方は悪いが、人が集まる場所というのはその分、ピンからキリまで集まっているのと同じこと。

 この世界が、あまり戸籍とかについて厳しくない、というのであれば良いが、ここまで近代化が進んでいる事を考えると、あまり楽観視はできない。


 それに何よりも、ここに住んでいる人がマリネのことを調査しても、何の痕跡も見つけられなかったという事は。

 俺が今からここを拠点にして、星見の遺跡周辺部を調査しても、地元の彼ら以上に得るものはない筈だし。

 彼女達の言によれば、その事件から2年は経っているのだ。

 となれば、実地調査から得られるものなんてとうに紛失していると考えるのが自然であり。

 そうなると、もっと別の視点、別の角度から、この失踪事件は調べなければならないだろう。


 つまり、あまりここに拠点を構える理由も無いという事になる。

 それならば───


「そうだね、アカリとエルシェが良ければ、街まで案内してもらえるかな。」


「うん、わかったよ。」


 この選択が、一番良いはずだ。


 ◇ ◇ ◇


「お、見えてきたね。」


 それから、中央通りを歩く事数分。


 村の中心部から段々と遠ざかっていき、ここを通る人向けの店もだんだんと無くなって。

 ポツポツとだけ幾つかの店が並ぶようになった頃である。


 ふと気付けば視界の横に、ぽつりと小屋のようなものと、前世でよく見た形のバス停の標識が立っていた。

 数人がそこで待っているのか、各々が腰に剣やら杖やら色々なものをぶら下げており、全員が冒険者のような見た目をしているのがわかる。


「まだ3時前だからこんなだけど。朝と夜は、結構混むんだよね。」


 アカリはそう言いながら、バス停の看板の前に止まって、ほら、と時刻表を見せてくる。

 そこには、朝川線とタイトルに書かれた紙が貼ってあり、朝は一時間ごと、昼は二時間ごと、夕方夜は一時間ごとバスがここから出発する、という内容が書いてある。

 どうやらそれによれば、片道600円と、お得…かはよく分からない値段で、約一時間ほどで朝川市まで行けるという事であった。


 なるほど、ここからはバスで行く、ということか。

 よく見れば、地面はいつの間にか石畳みのようなものから、しっかりとした街道と言えるだろうコンクリートに変わっており。

 前世と比べれば、下手な道路よりも綺麗でしっかりしたようなものであり、いよいよこの世界が、中世ヨーロッパ世界ではなく、完全に前世と同様の科学力があることを受け入れざるを得ない状況になってきた。


「もしかしたら、40キロの道のりをここから歩いていくんじゃないかとちょっと身構えたけど、そんな事はなかったね。」


「そんな訳ないでしょ、さすがに。」


 そんなとりとめも無い話をしながら待つ事十数分。

 地平線の奥からやってきたそのバスが開いて、中にいた乗客が完全に降りきった後。

 今度は、新たな乗客が段々とバスに乗り込んで行き。

 さ、私たちも行きましょう、とのエルシェの言葉に従って、俺もまた彼女達についてバスに乗り。

 一番後ろの、多く座れる所が空いていたので、そこで3人並んで座り込み。

 そこから約一時間、バスに揺られる事となったのである。


 ◇ ◇ ◇


『私です、シロネです。』


 時々アカリやエルシェと会話をしつつ。しかし、話題も出し尽くしてしまい、もはや会話の最終兵器、“しりとり”を持ち出して現在、アカリの番でずうっと止まっていると。


 唐突に、シロネの声が頭の中に届く。


『先程、ステラ・ハートに共鳴してもらったおかげでレベルアップしたと言いましたが。ここでアイテムボックス以外に獲得したものも含めて、纏めて伝えておきますね。』


 そういえばそうだった。

 ず…ず……ずー…?と頭を抱えて唸っているアカリを横目に、俺はシロネの声に耳を傾ける。


『まずは、Kl-08-a機が持つ機能のレベルアップに関する内容ですが。』


 そうして続けられた内容は、そのメイン部分をギルドで先走った分もあってか殆ど被っており。

 アイテムボックスの追加以外は、身体基礎機能の向上と魔力量の向上である事が分かり。まあ、ふうん、といった感じのものであった。


『そしてもう一つスキル…というか、習得した魔法があるのですが…これは、次の、コア・シェルフの蔵書の復元と合わせて伝えましょうか。』


 そう言って彼女は、実は───と続けて。


『あのレベルアップによって、“錬金術入門(上)”の復元が終わりましたよ。』


 そしてそれを参照して、一つ貴方にとって必要そうな魔法を習得しておきました、と続いて。


 おお!錬金術…!

 やっとか…ここまで凄い長かった気がする…!


 そんな思いを心の中に秘めながら。しかし、こうして現実世界であーだこーだとしているので、コア・シェルフに行って本を読むことも出来ず。

 そしておそらく、錬金術は腰を落ち着かせて行う必要のあるものだろうし、しばらくはお預けなのかなという雰囲気を感じつつ。

 その悔しさをギリギリと噛み締めながら、まあ仕方がないということで、シロネの報告を聞くだけ聞いて、現実世界に戻ったのであった。


 ず…ず…と、呪文を呟くように唸っている彼女がいるこの現実世界に。

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TS転生ロリは錬金術が大好きすぎる szmysk @suzumysk

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