忘れられた遺跡 5


「とまあ、イジるのはこれくらいにしまして。」


 シロネはしれっとそう言い、さ、顔をあげてくださいと、土下座をしている俺を引っ張り上げて話を再開する。


「この図書館の問題は、先ほどの白紙の本以外にも色々あるのですが───それは今は置いておきましょう。」


「な、なるほど?」


 そう言って彼女は、改まって貴方にお願いがあるんです、と口を開く。


「貴方には、ここにある蔵書を“復元”するお手伝いをして欲しいのです。」


 お手伝い。なるほど、それはつまり。


「本を沢山読んで欲しい、という事です?」


 そう聞くと彼女は、それでも構いませんが…流石に二億冊以上を読むのは無謀でしょう、と言い。あ、確かに、と納得していると、その方法を今から説明します、と続ける。


「貴方はこの場所に来る時、ステラ・ハート───つまり、光り輝く星のようなものに触れましたよね。」


 そう言われて思い出すと、確かに、と頷く。

 あの星のようなもの…ステラ・ハートというらしいそれ。

 それに触れた…というか、勝手に何かが俺の中に入ってきた途端。自分では良く分からない、奇妙で複雑な、読み取ることのできない“情報”の波が自身の中に入ってきた感覚がしたのである。

 

 もしかして、それが───


「はい、そうです。貴方にとってあまり実感はないかもしれませんが…。その時に貴方の中に入ってきた“情報”。それを私の方で解釈することで、このコア・シェルフという空間を再構築したと言う訳です。」


 まあ分かりやすく言えば、それに触れた事で自分がレベルアップして、コア・シェルフという新しい機能が解放されたと。

 そういう風に捉えていただければ良いと思います、と付け加えて。


「なので貴方には、世界中に散らばるこのステラ・ハートを探して、そして“触れて”欲しいのです。そうすれば、入ってきた“情報”を解釈することで、この大図書館の蔵書を復元できますので。」


 なるほど、それはつまり。

 色々なところへ旅をして、こういった遺跡とかを沢山探検する───そういった冒険をして欲しい、ということなのだろうか。


 俺はそれをシロネに聞くと、ええ、概ねそういうことです、と答える。


「それにこのステラ・ハート探しは、このコア・シェルフの蔵書を増やすためだけの意味を持つという訳ではありません。貴方にとっても、色々と有用なことが沢山あります。」


「というと?」


 彼女は、指をピースのような形にして、主に2つあります、と言う。


「まず第一に。これは貴方がステラ・ハートに触れた時、情報のほかにもう一つ、“力”が段々と湧き上がったのを覚えているでしょうか。」


 そう言われてみると、確かにそういった覚えがある。

 割とすぐに気絶してここに来てしまったために、あまり実感は湧かないが。

 その時は何となく、体の底から力がグングンと溢れてくるような感覚があった。


「その力も、貴方に流れてきた情報と同様に。私がそれを解釈して適応する事で、その“力”が振るえるようになります。」


 レベルアップ、という形容を先ほどいたしましたが。それにならって言うと、レベルアップして能力値が上昇する、というのがしっくり来るでしょうか。


 そう言って彼女は。だからこそ、このステラ・ハートを探すことは、貴方の冒険の一助になると思います、と付け加える。


 なるほど確かに。

 この世界がファンタジーものであれば十中八九、魔物やらなんやらの危険な存在が居てもおかしく無いだろう。

 未だそういう敵対生物は見ていないが、もし出会った時の事を考えるなら、力はなんぼあっても良い筈だ。


「そして、もう一つの理由ですが。」


「もう一つ。」


 そう、おうむ返しをした俺に───想像だにしていなかった衝撃が走る。


「錬金術の本も、過去にはこのコア・シェルフに蔵書されていたのです。」


 れん、きん、じゅつ…。錬金術!?


「ええ、そうです。貴方がお喜びになるかと思って、こうして挙げさせて───」


「錬金術!?それは!どこに!」


 俺は、シロネの手をブンブンと振りながら、催促する。

 錬金術…!こんなファンタジー世界にある錬金術の本なんて、そんなの、本物に決まっているじゃあないか。

 錬金術をこれまで探し続けて何千里。

 前世ではついぞ合間見えることなく終わってしまったそれに対して、たった今。唐突に、グッと近付いた感覚がした。

 来ている、来ているぞ、俺の時代が。追い風が吹いて、俺に錬金術をやれと耳元で囁いている…!


「あ、あ、あ。そんなに、興奮、しないで、ください。本は逃げないですよ。」


 そのシロネの声にハッとして手を離して。あ、ご、ごめんなさいと謝罪する。


 良い年こいた大人が、なにをやってるんだ。いくら、毎日恋焦がれて夢に見ていたものだからって、それで他の人に迷惑をかけるのは違うだろう。

 そうやって自己反省していると。彼女は、いえ、気にしないでください、と優しすぎる言葉を投げかけてくれた。


 そんなことがありながらも、話は戻る。


「今回得られた“情報”のリソースの殆どは、このコア・シェルフの復旧に使ってしまい、もう残っていないのですが。もし、他のステラ・ハートを見つけてそこから“情報”を得た時には、錬金術に関する本を優先的に復元しておきますね。」


 とはいえ、“情報”の全てを錬金術に関する本に使うことはその性質上難しいので、すぐに沢山は出来ませんから…気長に待ってもらえると。

 そう言って彼女は、受付に置いてある本の中から一冊取り出して、こちらに差し出してくる。


 “錬金術入門(上)”。そう書かれた、理系の専門書のようなものがそこにはあって。


「まだ復元の途中なので、完全ではないんですが。どうぞ、読んでみてください。」


 そう言われて、その本を恭しく受け取った俺は。なんだか、ものすごく緊張するなと思いつつ、それを恐る恐る開いて、パラパラとめくると。

 そこにはまるで当たり前かとでもいうように、漫画やゲームでしか出てこないような、魔法や魔力という概念で調合を行う手順などについて書かれており。


 その本の5パーセントも復元出来ていないのか、残りは全部白紙で綴じられていたとしても。

 本当に、錬金術まで目の前の、あと一歩という所まで来ているのだと、それは俺に教えてくれて。


 その本をシロネに返したあと───堪えきれずに涙をぼろぼろ流しながら、決意する。


「おれ…!絶対にステラ・ハート見つける…!見つけるからぁ!」


 だから…待ってろよ、錬金術!俺がこれから───抱きしめに行くからな!!


◇ ◇ ◇


「気を取り直しましたか?」


 シロネが、ポンポンと背中を叩いて、何処から取り出したティッシュを渡して甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 何と言うか、この小さな体に心が引っ張られているのか。

 言い訳がましくなってしまうのだが、前世の時よりも自分が制御出来ていないように感じつつ。

 俺は大人なんだぞ、という思いで溢れそうになる涙を堪え、鼻をチーンとした後。いつの間にか彼女が用意していたゴミ箱の中にそれを入れて、心を落ち着かせる。


 そして、だ、大丈夫ですと返すと。彼女は、それでは最後に、貴方の体について説明しておきましょう、と言う。


「もしかしたら、薄々勘づいているかもしれませんが…。貴方の体は、もはや人間───というか、生物ではありません。」


 人間どころか、生物ですらない…。

 それを聞いた時。ふと、何となく合点がいく。

 土で埋まっている筈の遺跡を動き回っている時、裸足で遺跡を歩き回っていた時、長すぎる階段をそのまま降りきった時。そして何より、俺というこの体が目覚めた時。


 どれも、普通の人間であれば、何処か痛かったり疲れたり、身体機能に異常をきたしていたりするわけで。

 極め付けにいえば、俺のこの来ている服が風化しているという点。普通、服がこうなる前に、ただの人間であれば既に骸骨となっている筈である。


 たしかに、考えてみれば不思議なことであり───そして、この体が生物のものでは無い、という事を補強する事実でもある。


「正確に言いますと。貴方のその体は、Kl-08-aという銘が付いたアンドロイド、もしくはホムンクルスと呼ばれるものです。」


 なるほど。…なるほど?

 ファンタジーモノかと思っていたら、唐突にSFモノになったんだが?

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