第3回:朝吹さま「ナイトスカイ」

 まずは原文をどうぞ。


   ◇


「ナイトスカイ」


 祖父は新天地に種を撒いた。母星から持ってきた植物は大地に根付き、街を囲む起伏は今では花の揺れる緑の丘になっている。

 ぼくは第一期の移民の家系だ。名乗れば「最初の人々」として敬われる。開拓民に過ぎなかったはずが今では名家の扱いだ。「流刑のくせに」そう吐き捨てていく者もたまにはいるが、数は多くない。彼らは怖くない。王政復古により、かつての監視役はもう落ちぶれてしまっているからだ。


 ぼくの祖父は罪人だった。母星の革命に巻き込まれて勤めていた研究所は閉鎖、研究員たちも処刑されるか、遠い開拓星に送られたのだ。

 独裁者は知的階級を目の敵にすると決まっている。彼らよりも頭のいい者は片端から殺された。

 まだ若かった祖父がこの星に降り立った時、辺りは荒涼とした原野で、全てを一から創らなければならなかった。

 祖父はわくわくしたそうだ。やることが沢山あるぞ。祖父は大地を手で撫ぜた。


 卒業後、祖父は研究所に入所したばかりだった。縁戚に革命派がいたことと、両親が助命嘆願に奔走したお蔭で、祖父は島流しで済んだのだ。

 外向きに開拓民といっていたが、実質は未開の辺境への流刑だった。

「女の子が一人もいないんだよ……」

 いちばん辛かったのはそこだそうだ。さすがはぼくの祖父だ。他にもいろいろあるだろうに。もっともその台詞からは、開拓初期の艱難辛苦を祖父の聡明で明るい性格とユーモアで乗り越えてきたことを想わせた。

 孫のぼくに説明する祖父は「それで、仕方なく」といちおう云った。

 仕方なく、花に女の子の名前をつけたんだ。


 その花の名はヒメといった。細長い茎に小さな白い花をつけた。花のヒメが祖父の恋人だった。

「あとは、ナナとマネと、ノウとジニと、ケイとユウとゼラちゃんと……」

 祖父の恋人は多かった。

「リリちゃんも。日差しが苦手だから日除けが必要で水はあまり飲まないんだ。残念ながら大きくならない子も沢山いたんだよ。おばあちゃんと一緒で、この星の気候が合わなかったんだな」

 病院の窓からは大きな公園が見えた。革命の混乱が指導者の処刑でついに終わると、亡命していた王弟が母星に戻り、王の号令で国が建て直された。

 好条件に誘致されて次第に祖父のいる星にも移民が増えてきた。土壌改良がうまくいったのだ。その中に両親と共に宇宙船で到着した祖母がいた。

 移民局の局長に抜擢されていた祖父は祖母のはたらく食堂で祖母にトレイを差し出した。

「おかずが毎日、同じものですね」

「毎日わたしの処に並んでいるからでしょ」

 祖母は、四十歳を過ぎていた祖父と結婚した。

 公園では活動家の扇動が始まっていた。彼らは呼び掛けた。

 星間関税の不平等の是正を求め、惑星開発公団の不正利益供与を追求しよう。

「窓を閉めようか」ぼくは祖父を振り返った。

「聴こえるね」

 穏やかな祖父の安らいだ顔は、ぼくには聴こえぬ音を耳にしているようだった。若い頃を罪人として過ごした祖父の頭の中に今もそれは枯れていないのだ。

「音楽が……」

 祖父は眼を閉じた。

 祖父の葬儀は質素だった。生前、母星からは祖父の名誉回復が告げられたが、祖父は「回復できるようなものは、とうの昔にもう何もないよ」と笑うだけだった。

 棺の中に沢山の花を入れた。宇宙葬ではなく祖父は土葬を希望していた。祖父の墓は祖母の墓の隣りに建てられた。

 ナナとマネと、ノウとジニと、ケイとユウとゼラとリリ。それと、ヒメ。

 貧弱な痩せた土地に種から撒いて祖父が育てた花を棺につめて、地中に埋めた。

「すべて母星の収容所に咲いていた花だったそうよ」

 母は祖父母の墓の周囲にもおなじ花の種を撒いた。

 最初の人々と呼ばれることを祖父は最期まで嫌がっていた。

 彼は大地に手をついた。服の裏地に縫いこんで隠し持ってきた植物の種。

 母星での彼の痕跡は戸籍から抹消されていた。首席を飾った論文と表彰状。床に伏せて抱えて守った大事な実験データも何もかも。

 暴徒たちが叩き壊していった研究機器と、修復できぬように切断された記憶媒体。小突き回されながら連行されていき処刑された恩師と友人。彼を心配して駈けつけた恋人のヒメは流れ弾にあたって建物から引き出された彼の眼の前で死んだ。

 収容所から流刑されることが決まったその日、彼は掌に爪が喰い込むほどの力で花の種を握りしめた。彼の頭上には夜空があった。この花を咲かせよう。護送船で送られる先の星できっと咲かせよう。

 夢を語らって仲間と交互に見ていた望遠鏡。

 ぼくはその星で生きよう。みんなの魂を連れてその星へ行き、ぼくの手で彼らの天国をその星に創るのだ。

 この種を撒いて咲かせてみせよう。きっと。

 人の魂が空に昇るというのなら、見上げていた遠い星空の先のこの星こそ、そこだから。


 君たちを見ているとぼくは倖せ。

 風に君たちの名のついた花が揺れている。

 ヒメと歩いた公園。手を繋いで一緒に聴いた音楽。

 天国に連れてきたよ。

 花を咲かせたヒメが白い笑顔でぼくの前で笑ってる。

                               [了]


   ◇


 以下が、僕が赤入れした原稿になります。


   ◆


「ナイトスカイ」


 祖父は新天地に種を撒いた。母星から持ってきた植物は大地に根付き、街を囲む起伏は今では花の揺れる緑の丘になっている。

 ぼくは第一期の移民の家系だ。名乗れば「最初の人々」として敬われる。開拓民に過ぎなかったはずが今では名家の扱いだ。「流刑のくせに」そう吐き捨てていく者もたまにはいるが、数は多くない。彼らは怖くない(※「主人公が彼らを恐れていない」のか、「彼らに恐いものがない」のか、少々混乱します)。王政復古により、かつての監視役はもう落ちぶれてしまっているからだ(※「監視」は誰が誰を監視しているのか、少し説明が欲しいです。「続きを読めば分かる」という書き方もありますが、冒頭で行うのは若干リスキーかと)。


 ぼくの祖父は罪人だった。母星の革命に巻き込まれて勤めていた研究所は閉鎖、研究員たちも処刑されるか、遠い開拓星に送られたのだ。

 独裁者は知的階級を目の敵にすると決まっている。彼らよりも頭のいい者は片端から殺された。

 まだ若かった祖父がこの星に降り立った時、辺りは荒涼とした原野で、全てを一から創らなければならなかった。

 祖父はわくわくしたそうだ。やることが沢山あるぞ(※主人公の祖父の台詞だということは明白ですが、地の文の中なので、ここは句点ではなく読点で、「沢山あるぞ、と祖父は〜」と繋げても良いかもしれません)。祖父は大地を手で撫ぜた。


 卒業後、祖父は研究所に入所したばかりだった。縁戚に革命派がいたことと、両親が助命嘆願に奔走したお蔭で、祖父は島流しで済んだのだ。

 外向きに開拓民といっていたが、実質は未開の辺境への流刑だった。

「女の子が一人もいないんだよ……」

 いちばん辛かったのはそこだそうだ。さすがはぼくの祖父だ。他にもいろいろあるだろうに。もっともその台詞からは、開拓初期の艱難辛苦を祖父の聡明で明るい性格とユーモアで乗り越えてきたことを想わせた。

 孫のぼくに説明する祖父は「それで、仕方なく」といちおう云った。

 仕方なく、花に女の子の名前をつけたんだ(※祖父の台詞ですが、「」でこれまで来ているので、特別感を出すならダッシュを入れる、といった手法もありかと思います)。


 その花の名はヒメといった。細長い茎に小さな白い花をつけた(※「花」と入れてはいかがですか? もしくは句点を削除するなど)。花のヒメが祖父の恋人だった。

「あとは、ナナとマネと、ノウとジニと、ケイとユウとゼラちゃんと……」

 祖父の恋人は多かった。

「リリちゃんも。日差しが苦手だから日除けが必要で水はあまり飲まないんだ。残念ながら大きくならない子も沢山いたんだよ。おばあちゃんと一緒で、この星の気候が合わなかったんだな」

 病院(※この会話がなされているのが病院であることの理由と、誰が病人なのか? この直後またシーンが変わるので、説明を入れてもいいかと思います)の窓からは大きな公園が見えた。革命の混乱が指導者の処刑でついに終わると、亡命していた王弟が母星に戻り、王の号令で国が建て直された。

 好条件に誘致されて次第に祖父のいる星にも移民が増えてきた。土壌改良がうまくいったのだ。その中に両親と共に宇宙船で到着した祖母がいた。

 移民局の局長に抜擢されていた祖父は祖母のはたらく食堂で祖母にトレイを差し出した。

「おかずが毎日、同じものですね」

「毎日わたしの処に並んでいるからでしょ」(※赤入れではありませんが、非常に素敵です)

 祖母は、四十歳を過ぎていた祖父と結婚した。

 公園では活動家の扇動が始まっていた。彼らは呼び掛けた。

 星間関税の不平等の是正を求め、惑星開発公団の不正利益供与を追求しよう。

「窓を閉めようか」ぼくは祖父を振り返った(※ここで初めて、病人が祖父であると推測できるのですが、最初に「病院」という単語が現れてからここまでが少々離れているので、リーダビリティを上げるという意味では、もう少し情報を蒔いておいてもいいかもしれません)。

「聴こえるね」

 穏やかな祖父の安らいだ顔は、ぼくには聴こえぬ音を耳にしているようだった。若い頃を罪人として過ごした祖父の頭の中に今もそれは枯れていないのだ。

「音楽が……」

 祖父は眼を閉じた。

 祖父の葬儀は質素だった。生前、母星からは祖父の名誉回復が告げられたが、祖父は「回復できるようなものは、とうの昔にもう何もないよ(※文章に違和感があります。「とうの昔になくなったよ」、「もう何もないよ」とすっきりさせてはいかがでしょうか)」と笑うだけだった。

 棺の中に沢山の花を入れた。宇宙葬ではなく祖父は土葬を希望していた。祖父の墓は祖母の墓の隣りに建てられた。

 ナナとマネと、ノウとジニと、ケイとユウとゼラとリリ。それと、ヒメ。

 貧弱な痩せた土地に種から撒いて祖父が育てた花を棺につめて、地中に埋めた。

「すべて母星の収容所に咲いていた花だったそうよ」

 母は祖父母の墓の周囲にもおなじ花の種を撒いた。

 最初の人々と呼ばれることを祖父は最期まで嫌がっていた(※残りの文章を読んでも理由が分からないのですが、意図的に隠してるのでしょうか)。

 彼は大地に手をついた(※人称の変更=三人称)。服の裏地に縫いこんで隠し持ってきた植物の種。

 母星での彼の痕跡は戸籍から抹消されていた。首席を飾った論文と表彰状。床に伏せて抱えて守った大事な実験データも何もかも。

 暴徒たちが叩き壊していった研究機器と、修復できぬように切断された記憶媒体。小突き回されながら連行されていき処刑された恩師と友人。彼を心配して駈けつけた恋人のヒメは流れ弾にあたって建物から引き出された彼の眼の前で死んだ。

 収容所から流刑されることが決まったその日、彼は掌に爪が喰い込むほどの力で花の種を握りしめた。彼の頭上には夜空があった。この花を咲かせよう(※人称の変更=一人称)。護送船で送られる先の星できっと咲かせよう。

 夢を語らって仲間と交互に見ていた望遠鏡。

 ぼく(※これは祖父の孫ではなく祖父自身であると推測はできますが、最後まで「ぼく」が祖父なので、孫の「ぼく」はどうなってしまったのだろう、と疑問が残りました)はその星で生きよう。みんなの魂を連れてその星へ行き、ぼくの手で彼らの天国をその星に創るのだ。

 この種を撒いて咲かせてみせよう。きっと。

 人の魂が空に昇るというのなら、見上げていた遠い星空の先のこの星こそ、そこだから。


 君たちを見ているとぼくは倖せ。

 風に君たちの名のついた花が揺れている。

 ヒメと歩いた公園。手を繋いで一緒に聴いた音楽。

 天国に連れてきたよ。

 花を咲かせたヒメが白い笑顔でぼくの前で笑ってる。

(※このパラグラフ、非常に素敵です。しかし、やはり祖父視点に読めるので、混乱される読者もいらっしゃるかもしれません)(※もしあらかじめ「ぼく」を祖父と孫の混合意識という設定で書いてらしたのなら、僕の理解度が及んでいませんでした)


                               [了]

   ◆


 このレングスでこの情報量と密度、そしてラストはまるで子供のようにピュアな文体で締めるという、興味深い作品でした。

 朝吹さま、企画参加と赤入れご依頼、どうもありがとうございました!

 

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