ビューティフル・ワンダー・NAIKEN
宮塚恵一
第1話 謎の招待状
玄関前に熊が立っていた。
紛れもない熊である。黒く艶めいた毛並みに、鋭い眼光。それも大きい。自分の身長の二倍くらいあるんじゃないかと思う。そんな熊が俺の家の前で直立している。何故か頭にはテンガロンハットを被っていた。西部劇でカウボーイが被っているアレだ。ご丁寧に首元まで紐で結びつけている。
「な」
あまりのことに声を失う。熊はそんな俺を見て、直立したまま近付いて来た。どうする。熊に遭遇した時に最もやってはいけないことは熊に背を向けることだと聞いたことがある。逃げる時は必ず堂々として、熊を目をしっかり見ながらでないといけない、のだとか。だが、いざ熊に近づかれたとなればそんなことを考えている余裕はなかった。
熊は既に俺の目の前まで来ていた。ヤバい、襲われる。そう思うが早いか、熊は右手を振り下ろした。
「う、わ」
「どうも、斎藤虎次郎様ですね」
熊が喋った。
そして熊は振り下ろした手を俺ではなく、自分の胸元にそっと当ててお辞儀するように頭を下げた。
「こちら、招待状です」
「はあ、どうも」
胸元に当てている方とは反対側の手で、熊は俺に何かを差し出した。手紙だ。三つ折りにされた手紙を手にしている。この熊、今招待状と言ったか。だが何の。喋る熊に何か誘われる覚えなどない。
そんな熊の言動にただまばたきを繰り返すばかりの俺を見て、俺の手を取る。
びくり、と反射的に体が跳ねたが、そんなことはお構いなく、熊は俺の手を無理やり開き、その招待状とやらを握らせた。
「それでは、また」
熊は先程と同じように頭を下げた。繰り返されると間違いない。会釈のつもりなのだ。この熊は、俺に話しかけ、何やら手紙を渡して会釈までした。
熊は俺の手に招待状が握られているのを確認すると、直立をやめ、四足歩行で遠くへ駆けていく。驚くことに熊はふわりと宙に浮き、そのまま空中を駆け、空へ空へと消えていった。
「は、はは」
何だこれ。夢か。なんていうふざけた夢だ。
俺は自分の手に握られた招待状を見る。俺の思考力はもうゼロだった。俺は何も考えることなく、手紙とは届いたら読むものだからただ自然に、三つ折りのそれを開いた。
そこにはこうあった。
─――――――――――――――――――――
斎藤虎次郎様
カ・クヨーム不動産
代表取締役 #解読不能文字#
『超次元マンション内覧会のご案内』
拝啓 陽春の頃、貴殿におかれましてはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
さて、兼ねてより建設中でした超次元マンションが無事竣工いたしました。皆様のご愛顧感謝いたします。つきましては竣工した超次元マンションの内覧会を開催させていただく運びとなりましたのでご案内申し上げます。
ご多用中とは存じますが、皆様方のご来場をスタッフ一同、心よりお待ちしております。
なお、この案内状をお読みいただいた時点で、内覧会への参加に承認していただいたと見做し、すぐさま内覧会場へご案内させていただきますので、ご了承のほどお願いいたします。
以上。
─――――――――――――――――――――
「は――」
何だこの手紙は、などと考える間もなく、俺の体は自宅の玄関前から消えていた。
(続く)
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