102 消された歴史を知っちゃったよ


 転移した先は、びっくりするほど何もない荒野だった。

 いや、少し先に見える崖の上におどろおどろしい城が建っているのは見えるけど。


 ああ……懐かしいな。そして足が震える。

 もう二度と、ここに来ることはないと思っていた場所だ。


「魔王城……」


 一番初めの人生で、私が死んだ場所。

 ループの始まり。


 荒野はだだっ広いから正確な場所まではわからないけど、酷い戦場だったこの場所のどこかで私は暗黒騎士に首を刎ねられたのだ。


 その時のことを妙にリアルに思い出し、思わず両手で首を抑える。

 ずっと忘れていたのに。この場所に来たせいで鮮明に思い出してしまったみたいだ。


「大丈夫かい?」

「ん、平気。でも、少しだけ待って」

「抱き上げようか」

「そこまでしなくていい。けど、手は握ってほしい」

「いいよ。もちろん」


 強がりなんて、意味ないよね。けどさすがに戦場で抱っこまでは頼めないので手だけ借りることにした。


 ベル先生の手は少し熱くて、冷たい私の手をゆるゆると溶かしてくれるようだった。

 やだなぁ、すごく緊張していたのがバレちゃう。ま、手なんか握らなくてもバレてたとは思うけど。


「まだ他の人たちは来てないみたいだね」

「そうだね。でも魔法の気配をうっすら感じるから、そろそろ転移してくるんじゃないかな」


 周囲を見回して私が口を開くと、ベル先生はなんてことない顔でさらっとそんなことを言う。


 ほんと、どこまで天才なのこの人。

 転移してくる前からわかるってもはや変態だよ。


「そんな目で見られると照れるなぁ」

「私は引いてるんだよ、ベル先生」


 喜ぶなんてもっと変態だ。今に始まったことじゃないけどね!


「とはいえ、彼らの到着を待っている場合でもなさそうだ」

「え?」

「魔王が僕たちの存在に気づいたみたいだからね」

「……え」


 今、なんて?

 魔王が、私たちの存在に気づいた、って言った……?


「それってやばいんじゃないの!?」

「そうだねぇ。一体どんな手を打ってくることやら」

「なんでそんな冷静なの! どうしよう、最初からノアールの洗脳を強めてしまったら」

「そうならないように、魔王に攻撃をしかけるっきゃないね!」

「軽い調子でやばい提案しないでよ!」


 それしかないのはわかるけど!

 今この場には私とベル先生しかいないのに!


 っていうかなんでそんなに冷静でいられるの! 焦る私がおかしいみたいじゃない!

 え、おかしいの? 慌てるようなことじゃないとか……?


 んなわけあるかー! 慌てるようなとこだよ、今こそ!!


 だというのにベル先生はどこまでも落ち着いた声で答えてくる。


「たぶん平気さ。魔王は今、復活の直前。だいたいこういうのって、直前が一番重要なんだ。せっかくため込んだ復活のための力をここで手放したくはないだろうから、本気で迎撃することはできない。むしろ魔王を叩く絶好のチャンスってわけだ」


 理屈はわかるけど脳が理解を拒んでる。


 だ、だって。人類を長い間脅かし続けた諸悪の根源が目と鼻の先に存在していて、そんな相手にたった二人で戦いに挑もうとしてるんだもん。


 一番初めの人生でさえ、魔王の姿も見たことないのに。

 今が最も魔王に近づいているよ。怖がるなっていうほうが難しい。


「ここで待つかい? みんなが到着してから来てくれてもいいよ。ルージュに危険が迫ったら僕はすぐに君のところに転移できるし」


 わかってる。もはや安全な場所なんてないことくらい。

 それでも魔王に近づくよりここにいたほうが安全なのかもしれないけど、そんなものは誤差でしかない。


「……行く。離れた場所で、ベル先生になにかあるほうがずっと怖い」

「ああ、嬉しいことを言ってくれるなぁ。ルージュ、愛しているよ」

「茶化さないでったら」


 私は本気で言ってるのに。

 今更、一人になること自体は怖くない。寂しくはあるけどね。


 私が恐れているのは、一人でいる間に大切な人たちになにかあることなのだ。

 私が少しでも動いていたら助かったのに、なんて経験だけは絶対にしたくない。


 そう、私は後悔したくない。最善の未来を掴むために。


 じっとベル先生を見上げていたら、わかっているよと言わんばかりに微笑まれる。

 ふん。私はベル先生がわかってくれることをわかってたよ。馬鹿にしないでよね。


 ベル先生は一度私の頭をポンポンと優しく撫でると、今度は真剣な表情と声色で告げた。


「城の内部まで一気に転移する。覚悟はいい?」

「いいよ。私のことを守ってくれるならね」

「お任せあれ、僕のプリンセス」


 このくらいの軽口は許してくれるらしい。

 私が小さくクスッと笑うのと同時に、ベル先生は転移魔法を発動させた。


 ◇


 今、私たちは魔王城の内部にいる。

 あちこちに蜘蛛の巣が張ってあるし、埃っぽくて思わず咳きこむ。

 ベル先生が軽く指を振った瞬間、スゥッと私周辺の空気がきれいになったのを感じた。


「過保護すぎない? これくらい平気なのに」

「埃っぽい空気を吸いながらの戦闘は後々体に響くものさ」


 まぁそうなのかもしれないけど、魔力の無駄遣いだよ。まったく。それにこのくらい自分でできるのに。


「パパは娘のために、常に何かしたくてたまらないんだ」


 私の考えを読んだようにそんなことを言うのでなにも言い返せないじゃないか。

 小声でありがと、とだけ伝えるとベル先生は嬉しそうに笑った。


 それにしても不気味な城だ。以前連れて行かれた王城とはまったく雰囲気が違う。

 荘厳で立派なお城なのは間違いないんだけど、石造りで無骨な感じが城というより要塞という印象だ。


「うわ、石像こわっ! なにあれ、悪魔みたい!」

「趣味悪いよねぇ」

「完全に同意っ!」


 のんびりと言ってくれるベル先生のおかげで恐怖は紛れたけど、一人でここを歩いてたら涙目だったかもしれない。


「こんな立派なお城に住んでるなんてさ、魔王も大昔はやんごとない立場の人だったりしたのかな」

「おや、ルージュは魔王誕生の歴史は知らなかったかな?」

「えーっと、悪しきオーラの塊だって話は聞いたことがあるよ。魔法を使う時に出る排気が溜まりすぎると魔物になるって話も。だから魔法使いは魔法を使う時に排気の処理を考えなきゃいけないんじゃなかったっけ」

「そうだね。魔法使いにとってそれは最初に教わる大事なことだ。魔法使いのせいで悪しき魔物が生まれるだなんて本末転倒だからね」


 普段、何も考えずにぽんぽん魔法を使っているように見えて、実のところ私たちは毎回魔法を使う際に出るゴミともいえる排気を、使う魔法で相殺するよう調節している。

 それがうまくいかないと、昔の私のように暴走を起こしたりするのだ。正しい知識、大事。


 魔法の使い方を教わるときにしっかり体にしみこませるため、その後は意識せずともできるようになっていくんだけど……。

 あれ、それと魔王誕生の歴史ってなにかつながりがあるのかな?


「でもその当たり前は、大昔は当たり前じゃなかった。そこに気づくまでに多くの人の血が流れたんだよ。排気を魔法を放つ時に相殺する、この当たり前は先人たちの英知の結晶というわけさ」

「あ、そっか。何も知らなかったら、きっと何も考えずに魔法をどんどん使って魔物を倒していたよね。それで排気が溜まって……悪循環じゃん」

「そう。結果的に魔物は増え続ける。魔力を纏う獣たちはそんなこと考えずに魔法を使うし、魔力を帯びた植物だって常に排気を垂れ流し続けている。自然発生する魔物のほかに、被害を減らそうと躍起になった人間が皮肉にも魔物を増やし続けていたんだ」


 それは悲惨だな。この新事実をしった時、人々はどんな思いだっただろう。

 きっと信じたくなかったに違いない。嘘だって否定した人も多かったかもしれないね。


「魔王が生まれたのは、その当たり前が発見される前のこと。あまりに多い排気に、世界全体が暗く覆われてしまった」

「えっ、世界滅亡の危機ってこと?」

「うん。そしてそれを止めようとした英雄がいるんだよ」


 そうだったんだ。その歴史は勉強したことなかったな……。

 というか、一応魔王のことを調べたことがあるけど、初耳だよ。


「英雄ギオラビオル。もともとは神と言われているね。彼は全世界に蔓延る排気を全て自らの体内に取り込むことで世界を救った」

「え、ギオラビオルって……魔王の名前、じゃ……?」

「そう。おかげでこの話は世に出回っていないんだ。だって英雄が魔王になるだなんて、皮肉だろう?」


 消された歴史、ってことか。

 世界を救おうとした英雄が、今世界を滅ぼそうとしている……?


 ああ、本当だね。これ以上ないほど皮肉だ。

 世界ってやつは本当に、人に試練を与えるのが好きらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る