101 親娘の話って気恥ずかしいよね
決行の日がやってきた。
緊張で吐きそう。
昨晩は当然、ほとんど眠れなかったし。ベッドの上でずっと寝返りをうっている間に朝が来たって感じ。
「これを渡しておく」
「また魔道具? せっかく足首の枷がなくなったと思ったのに」
そんな最悪な気分で迎えた朝だというのに、今私はますます気分を下げる話をノアールから聞かされている。
彼の手の上にはまたしてもブレスレット型の魔道具らしき物体。受け取りたくない……。
「私の持つ魔道具と対になっている。異変が生じたらすぐに私は自分のものを壊す。するとルージュの持つ魔道具の魔石も割れるだろう」
「はいはい。その瞬間、ノアールの下に転移するって仕組みね?」
「物分かりがいいな。その通りだ」
時間のロスを少しでもなくすために必要な魔道具であることはわかる。
でも長年、足枷をつけて生活していたのがやっと解放されたと思っていたのに。嫌な顔くらい許してほしい。
はぁ……腹を括るか。それもこれも魔王を倒し、ループを終わらせるまでの辛抱だ。
きっと今度こそうまく。ループの呪いから解放されるたず。
そんな希望があるからこそ耐えられる。
そうだよ。気が狂うほどのループ人生を耐えてきたんだ。このくらいなんてことない。
私はものすごく嫌そうな顔で魔道具を受け取り、足首に装着した。はぁ……。
「お前の分はない」
「必要ないよ。すぐに自力で移動するからね」
「チッ」
サイードとベル先生のそんなやり取りを横目で見る。
そうだよね、私にベル先生並みの転移魔法の腕と感知能力と座標の計算能力があればこんな魔道具もいらなかったのに。
全ては私の能力不足……いや、そんな化け物じみた技術がそう簡単に身についてたまるか。
サイードのことを褒めたくはないけど、魔道具作成の能力はたしかだからね。
道具に罪はない。思う存分利用させてもらおう。そう考えれば気も楽だ。
ふと、手が無意識に髪飾りへと伸びる。
ハーフアップでまとめた髪に着けてある、リビオからもらった髪飾り。
うっかり外れたり壊れたりしないように保護の魔法もかけてあるというのに、いちいち存在を確認するのが癖になってしまった。
どんだけ情緒不安定なの私。リビオになら、もうすぐ会えるじゃない。ゆっくり会う時間があるかどうかは別にして。
そんな時、ふっと笑いながらベル先生が声をかけてきた。
「似合っているね。サンリィの髪飾り。まるでルージュみたいだ」
「でも私の赤い髪じゃ目立たないでしょ」
「目立つから似合う、というわけじゃないだろう? さりげないおしゃれっていうのかな。上品で素敵だよ」
「そ、そう?」
そう言われてみればそうかも。髪飾り自体はとてもセンスのいい素敵なデザインだもんね。目立たなくて残念だな、と思っていたけど……。
そっか、そんな風に考えることもできるんだ。ベル先生はいつも新しい視点を教えてくれるよね。
「リビオもなかなかやるね。さすがは僕の息子だ」
「キザなところがベル先生に似たよね。リビオの場合、無自覚なのがタチ悪いけど」
「ははは! そこが彼のいいところさ。ま、僕のように計算づくで女性を口説く男も魅力的だけれど」
「自分で言わないでよ」
実際、それで若い頃はたくさんの女性を虜にしてきたんだろうなと思うとむかつくところだ。
これでママ一筋なんだもんなぁ。そういうところは魅力的だと思うよ。素直にそう思う。
「ルージュが髪飾りを身に着けているのを見たら、リビオもやる気が出るんじゃないかな。ちゃんと会えるかはわからないが、見かけることくらいはできるだろうから」
「そうだといいけど。戦場では気を抜けないんだから、そんなことにまで気を回さないでほしいよ」
「おや、知らないな? 男ってのは好きな女の子のことに関してはすごくめざといんだ。わざわざ気を回さずとも、勝手に目に入るものなんだよ」
なにその特殊能力。よくわからない生体だなぁ、男の子って。
「ルージュ。これはからかう気なんて微塵もない、とても真剣な質問なのだけれど」
急にベル先生がとても真剣な顔で話を切り出す。
な、なに? 怖いんだけど。
「リビオと結婚する気は、あるかい?」
「は……?」
真剣な顔して、それ……!?
え、なんなの急に。ベル先生からそんな話されるとは思ってもみなかったよ。リビオはしつこいくらいしてくるけど!
そんな私の呆れぶりを見て軽く笑ったベル先生は、続けてとんでもないことを言い出す。
「戦いの前にこんな話をすると、死んでしまうというジンクスがあるんだけどね」
「わかっててそんな話しないでよ! もう!!」
「僕がいる限りルージュは死なないから平気さ」
いやそうかもしれないけど! だったらそのジンクスもわざわざ私に言う必要なくない!?
でも続いた言葉で、これがベル先生なりの照れ隠しみたいなものだということがわかった。
「父として。聞いておきたいと思ってね」
たぶんだけど。一応、娘にそんな話を聞くことに抵抗というか緊張があったんだろうなって察した。
意外と不器用なとこあるじゃん……? なんだかおかしくなって肩の力が抜けちゃった。
仕方ない。かわいそうな父親のために、正直に話してあげよう。
「私はさ、誰かを好きになるのがどういうことか、よくわかんないんだけど」
とはいえ、この手の話をするのは私も少し照れる。わからないことだから余計に。
「リビオと結婚するってなったとしても、嫌じゃないとは思うよ」
もしそんな未来があったとして。なし崩し的に結婚することになったとしても、私はきっとすんなり受け入れるだろう。
だって本当に嫌じゃないもん。進んで結婚はしないだろうけどね。
貴族の娘としていずれ誰かとしなきゃいけないというのなら、できればリビオがいいなというくらいには情がある。そんなところだ。
「これはまた判断に困る答えだ」
「素直な気持ちだよ」
「わかっているからこそ、さ」
だいたい予想はついたけど、ベル先生の反応は微妙だった。
仕方ないでしょ。惚れた腫れたなんてわかんないんだから。
「父として、息子にも娘にも、本気で好きになった相手と結婚してほしいから」
「欲張りだね。娘はともかく、息子のほうは叶うかもしれないよ。リビオのあれが、本当の『好き』なのだとしたら、だけどね」
「ふむ。気長に待つとするよ。もう二度と聞いたりしない。だから──」
そこまで話したところで、空気がビリッと変わったのを感じた。
おそらく、人間側のチームが四天王と接触したのだろう。
────戦いが、始まる。
ベル先生もそれを感じ取っているはずだけど、気にせず言葉を続けてくる。
「……進展する時は、二人のほうから僕とカミーユに教えてくれ」
「その日が来るかはわかんないけどね」
「来るさ」
ノアールとサイードからも緊張感が漂っている。
二人は数歩、私たちのほうに近づいた。
「きっと来る。父親の勘だ」
「ママの勘よりは当たらなそう」
「うっ、それはまぁ、その通りだね。カミーユの鋭さには一生敵う気がしない」
変わらぬトーンで話してくれるベル先生には感謝だ。
おかげで、必要以上に緊張しないでいられる。
そんな中、ノアールが言った。
「時間だ。くれぐれも、私をしっかり止めてくれ」
「その前に、君が四天王にやられないといいけれど」
「抜かせ」
ベル先生と軽いやり取りをした後、ノアールはサイードとともに転移していった。
サイードはどうするのかなって思っていたけど、どうやらノアールについていくみたいだ。
「さ、僕らも行こうか」
「うん」
ベル先生は、いつも通り魔塔に行く時のような気軽さでそう言う。
私はベル先生の手を取り、笑顔で返事をしてやった。
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