86 我が家の女神はとても強い


 暗黒騎士を味方に引き入れて作戦を立てる件について、みんなの説得にはやっぱり結構な時間がかかった。

 半年くらいはかかったんじゃないかな。でも、納得がいかないという人がいると作戦にも支障をきたすからね。


 命を懸けた魔王との戦いになるのだ。不満な気持ちを持ったまま参加するのは、不満を持った人にとっても他の人にとってもよくない結果に繋がる。


 だから時間をかけてでもわかってもらう必要があった。


 それでも賛成できないという人には、無理に引き入れるようなことはしていない。じゃあどうするかというと、戦いへの不参加を提案するか、裏方に回ってもらうかを選んでもらった。


 結局、賛同しない者をつまはじきにしているようなものなんだよね。

 新たな不満を生み出すんじゃないか、とかでかなりみんなで議論を繰り返した。


 だからこそ説得に時間がかかったというわけ。


 暗黒騎士を味方にするという作戦はもはや決定事項。これは魔塔と冒険者ギルド、それから国の軍隊の総意なのだ。


 そう、国軍。ここの説得が一番厄介だと思っていたんだけど、ついにもぎ取ったんだよね。ママが!!


 正確にはオリドが説得の筋道を立てて、ママが直訴しに行ったんだけど……この二人のすごさを改めて思い知ったね。


 オリドは将来、軍の参謀になるって知っていたから素質があるのはわかってた。意外だったのはママだよ。

 なんでも、結婚前から国の内部の情報に詳しくて、弱みを握っ……ママを味方する貴族はとても多いらしい。


 深くは聞かない。私は何も知らないんだからね……!


 国王と軍隊長の許可書を持ってきたママの笑顔はとても怖……美しかったよ。

 ベル先生なんて「さすが僕のカミーユだ!」ともうメロメロで、ママがもうやめてと言っても止めないくらいちゅっちゅしてた。


 惚れ直すところそこ? と思いはしたけど、この二人は事あるごとに互いに惚れ直しているから今更だね。仲が良くて何よりだ。


 とまぁ、そんなわけで作戦は無事に決行の方向で話が進んだので一つ課題はクリアしたね。ひと安心。


 今後の注意点はまだ納得のいっていない人たちの不満をどうにか抑えたいってところ。

 味方同士で足を引っ張りあってちゃ意味がないからね。これは人類の存続をかけた戦いなんだから、足並みはできる限り揃えないと。


「それもこれも、ノアールのやつが凶悪操り人形になっていたせいだよねー」


 休憩時間におやつのクッキーを頬張りながら一人愚痴る。


 つくづく厄介なやつだよ、ノアールは。

 いや、魔王が厄介なんだよね。あいつさえいなければ、ノアールだって操り人形にならずにすんだわけだし。


 というか、あれほどの実力者を生み出せる魔王の底知れぬ力が恐ろしいよ。

 あまり時間が経ってしまうと、またノアール並みの操り人形を生み出してしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたい。


「……で? なんで私は今こんなに豪華なドレスに着替えさせられてるの?」


 ある朝、起きぬけにアニエスや他のメイドさんたちに「お着替えしましょうね」と言われ、考えごとをしていたのもあってされるがままになっていたんだけど……。

 よくよく見ると普段着ているドレスと違って明らかによそ行きというか気合いが入っているというか! 髪もアップにされてるし!


 鮮やかな青色のドレスはほどよくレースがあしらわれていて、華美すぎず、それでいて高級感が漂うデザインが私好み……じゃなくて!


「ねぇ、アニエス! どうしてドレスアップしてるの? それもこんな朝早くから」

「ふふ、それはですね」


 アニエスが答えてくれようとした時、部屋のドアがノックされる。

 どうやらママが来たみたいだったので、着替えの途中だけど入ってきてもらうと、そこには女神の姿が!


「わぁ……ママ! すっごくキレイ! いつもキレイだけどっ」

「あら、ありがとう、ルージュ。嬉しいわ」


 部屋に入ってきたママはマーメイドラインの青いドレスを着ていて、羽織ったショールが歩くたびにふわふわ揺れて……はぁ、本物の女神っ!

 えっ、まさか私とちょっとお揃い? 女神とお揃いだなんて。せいぜい引き立て役になろう、そうしよう。


「外にまでルージュの声が聞こえたわよ」

「うっ、お行儀悪くてごめんなさい」

「いいのよ。説明していなかったから驚いたのでしょう?」


 クスクス笑われてしまった。

 くっ、エルファレス家に来てもう五年以上経つというのに、ちっとも貴族令嬢らしくなれない……!

 一応勉強もマナーも優秀だって褒められるんだけどなぁ。普段の生活でこういう庶民な部分が滲み出てしまうのかもね。仕方ない、生粋の庶民だから。


「ごめんなさいね。こちらも急に決まったものだから。私の準備にも時間がかかると思って」

「ううん、いいの。……えっと、どこかに出かけるの?」


 アクセサリーを着けられ、最後の調整作業をされながら聞くと、ママはにっこりと笑った。

 あ、聞きたくないかもぉ……。


「ええ。ちょっと王城にね」

「お、王城ぉ!?」

「ああっ、ルージュ様、動かないでくださいっ」


 おっと、ごめんねアニエス。私は再びピッと背筋を伸ばした。


「ママ、どうして王城へ?」

「ああ、ほら。私ったらこの間、陛下や軍隊長にちょっとだけ無理をお願いしたでしょう?」

「あ、あはは……」


 ちょ、ちょっとだけ、ね。つい乾いた笑いが漏れてしまう。


「その時、どうしても事情を説明する必要があったの。さすがに陛下に隠しごとはできないわ」

「あ……」


 そっか。つまり……私が関わっているって王様にも伝わっているってことか。


「えっと、どこまで説明を?」

「全部よ」

「全部」

「勝手に明かしてごめんなさいね」

「それはいいんだけど……信じたの? 一国の王様が?」


 何度もループしているなんて話を王様が鵜呑みにするわけないよね?

 私が妙な顔で首を傾げていると、ママはさらに笑みを深めた。わぁ、美しー……。


「いやね、ルージュったら。信じてもらうのよ?」

「ア、ハイ」


 エルファレス家だけではなく、王族の間でもママは逆らえない存在なのだと実感した瞬間だった。

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