第2話 地下牢の魔王

 そう、妖精界に来た目的はパーティーを楽しむ事じゃない。魔王との対面だ。彼は城の地下牢に捕らえられている。アリスにとっては因縁の相手だ。

 案内されて歩く中、ももは心配そうに友達の顔を見つめる。


「大丈夫?」

「もし本物なら一発ぶん殴るね。グーパンでね」

「あはは」


 トラウマとかを心配してたももも、通常テンションのアリスを見てホッと胸をなでおろす。その後も軽い雑談を交わしている内に、魔王のいる牢の前にまで辿り着いた。

 独房の中では、拘束魔具を付けられた囚人服の大男が佇んでいる。その頭には立派な角が2本生えていた。


「なんだ? 誰かと思えば……余を笑いに来たか」

「確かに似てるね、でも……」


 魔王の姿を確認したアリスは、懐から眼鏡を取り出して両耳にかける。その行為に違和感を覚えた魔王は眉間にシワを寄せた


「何のつもりだ?」

「これは父さんが作った真実を見抜くメガネ型の魔具だよ。やっぱりね、思った通りだ」

「何が言いたい?」

「あんたは魔王じゃない。影武者だ。捕まった振りをして妖精城に侵入かい?」


 アリスは牢の中にいる人物の正体を秒で見抜く。魔法少女や妖精女王を欺くほどの擬態を一瞬で明らかにした、そんな魔具を作った彼女の父親の技術も相当なものだ。それもあって、粛清されたのかも知れない。

 そうして、影武者はニヤリと笑うと手をかざしてアリスを鉄格子に引き寄せる。魔法を封じたはずの魔具は、粉微塵に砕け散っていた。


「そんな、魔具が!」

「あんな玩具、いつでも壊せるんだよ」


 イキった影武者は勢いよく飛び出すと、鉄格子に張り付いたアリスの首をガッと掴む。


「リリス……会いたかったぜ。やっとお前を殺せるぜえ」

「ここまではシナリオ通り? カイ」

「やはりおめえは天才だなあ! すぐに俺の正体を見破りやがって!」

「そ?」

「前から気に入らなかったんだよ! 俺より後に暗部に入った癖にすぐに大隊長になりやがって! 魔王様からは好きにしていいって言われたんだ! 好きにさせてもらうぜえ!」


 アリスにカイと呼ばれた魔族の男は、握る手に力を込める。この怒涛の急展開に、ももは体を動かせない。理解が追いついていないと言う部分もあるものの、カイの発する圧に威圧されていた部分も大きかった。その潜在魔力量は四天王のディオスを超えるほどだ。

 アリスは手を前に出して、周囲に動かないようジェスチャーをする。


「で、その魔王様はどこに?」

「今頃はお前の守っている街に現れてる頃だろうさ。お前は何も出来ずに街は無惨に破壊されつくされるんだ。いい気味だぜ」

「そう言うパターンね。あいつが考えそうな事だよ」

「じゃあ絶望に染まりながら死にな!」


 カイは、握っている手に膨大な魔力を注ぎ込みながらギュッと力を込める。黒い魔力のほとばしりに、その場にいる全員が目を覆った。


「「「キャッ!」」」

「やったぜえ……リリスを殺してやったああ! 俺の勝ちだああ!」


 静かな地下牢に魔族の咆哮が響き渡る。生気を失ってだらんとする友達の姿を目にしたももは、ガクリと膝から崩れ落ちた。


「うそだあああああ!」

「ギャハハハ! 笑えるよなああ! 最高のショーだぜえ!」


 邪悪な笑みを浮かべ、カイは自分に会いに来たもも達を嘲り笑う。しかし、次の瞬間、握っていたはずのアリスの体がポンとポップに弾け飛んだ。


「なんだ? 何だこれは……」

「あーしは最初からそこにいなかったんさ。街は破壊させない」


 地下牢に響き渡るアリスの声。彼女は最初から妖精界には来ていなかったのだ。カイが倒したのは固有魔法で作った本物そっくりのコピー体。アリス本人は舞鷹市に残っていた。

 騙したはずが騙されて、さっきまで強気だったカイは愕然とする。


「嘘だろ……また俺はヤツに負けたのか?」

「今だ! もっと強い魔具で完全拘束しろ!」

「くっそおおお!」


 カイが改めて強力に拘束される中、トリの体が光に包まれて消えていく。きっと舞鷹市にいるアリスに召喚されたのだろう。

 友達の無事を知って安心したももは、すぐに立ち上がってマリルを連れて駆け出した。


「由香さん、私行ってきます!」

「ああ、アリスによろしくな」



 その頃、由香の家にいたアリスはトリを引っ張って外に出る。街の環境に変化がないか見渡して確認した彼女は、おもむろにステッキを生成した。


「まだ魔王は来てない。トリりん、覚悟を決めてね」

「な、なんの覚悟ホ?」

「勿論、魔王と戦う覚悟だよ! マジカルチェンジ! 魔法少女りりす!」


 変身したりりすはトリの顔を真顔でじいっと見つめる。


「いい、魔王との戦いではマジカルパレットがどこまで持つかが勝負の鍵になる」

「そ、そうなるだろうホね」

「四天王戦の時よりもっとたくさんステッキを使うから。バテないでね!」


 にっこりと圧をかけながら話す彼女の忠告を聞いたトリは、焦りまくって冷や汗を垂らす。


「ぜ、善処はするホ……」

「甘い! 負けたらこの街がなくなっちゃうんだよ!」

「し、死ぬ気で頑張るホーっ!」

「ヨシ! 言質は取ったかんね!」


 そうやって2人で覚悟を決めている内に、段々と上空の雲行きが怪しくなってくる。すぐにただの天候の変化でない事を感じ取ったりりすは、この世界を無理やりこじ開けようとするゲートがどこに出現したのかを敏感に察知した。


「やつが来た! トリりん、先行ってっから!」

「後で追いつくホー!」


 りりすはステッキに力を込めたところで大ジャンプ。その勢いを利用して大空を超スピードで駆け抜けていく。トリは自分のペースで彼女の飛んだ方向に向かって飛行していった。


「僕が追いつくまで負けちゃダメホ……」



 ゲートが出現したのは、ショッピングモールの駐車場。平日の昼間なだけあって、駐車している車はまばらだった。まずは空間に裂け目が生まれ、その中から両手が出現し、メリメリと強引に裂け目が横に広がっていく。その拡大に連動して、上下の裂け目も伸びていった。

 やがて、その空間に出来た穴からマント姿の角が生えた大男が足を踏み入れる。突然現実世界に現れたのは、ファンタジー世界ではお馴染みのラスボス的存在だ。


「ふう。このゲート、ちょっと狭かったな」


 彼こそが魔王。見せしめにりりすの一族を根絶やしにした暴君だ。魔王は周囲をぐるぐると見渡した後、左手を腹に沿わせながら、右手の指を顎に乗せる。


「ここは……どこだ?」


 どうやら、魔王ですら望みの場所にゲートを開く事は出来ないらしい。彼はすぐに地図を取り出して、現在地の確認をし始めた。


「えーと、あの山がここになると言う事は……だから……。あれ? じゃあここはこっちで、あっちがこっち? あれ?」


 魔王は現在地を確認するのに悪戦苦闘している。ショッピングモールのような広い場所ですらすぐに地図で見つけられないと言う事はつまり、彼はかなりの方向音痴なのだろう。

 魔王は左手を首の後ろに回しながら、何度も何度も地図を確認した。


「もしかして……ここは、ショッピングモール?」

「正解!」


 彼の独り言に答えたのは上空からやってきた魔法少女。彼女は静かにアスファルトの上に降り立つと、自分の一族の敵を凝視する。

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