3-13 死霊術師たちの戦い

 目の前に現れた元気そうな老婆は『変調のミリア』と名乗った。


 ルビーの父親である『巨撃のアッシェ』とは違った威圧感をレベッカは感じていた。彼のような圧倒的な強さは感じないが、得体の知れない深い闇を感じる。


「じ、ジナーフさんが娘さんと、戦わない理由って……」


「……まあ、小さい理由の一つとしてはこれだの」

 

 わざわざジナーフが『小さい理由』と言ったのが気になっていた。先ほど言いかけた『二つ目の理由』とは、他のことだったりするのか。


「のう。ミリア。どうしてマーガレットに協力する? おまんがワシの娘に近づく理由が分からぬ」


 ジナーフは少しだけ忌々しげだった。


 あの適当な魔王が明確に嫌そうな顔をしていたのが印象的だった。

 老婆の七護番と魔王には何かあったのだろうか。


「ふん。アタシの目的? そんなの決まっているだろう。魔王様の娘をサポートすること。それ以外に無いだろう」


「狐ババアの言うことが信頼できるかの?」


「アタシら臣下をきちんと使えなかった魔王様が言うと重みが違うねえ」


 お互いに皮肉を飛ばしあっているジナーフとミリア。

 レベッカとマーガレットのことを置いて、二人で盛り上がってしまっている。


「文句があるならかかって来ればよいだろう」


「ここでアタシの能力を解放してもいいって言うのかい? 客人やあんたの娘もいるってのに」


 ミリアは棍棒を構えて臨戦態勢に入った。

 一方のジナーフは、あまりやる気がないように見えたが……見えたが、身体がグラグラと歪んでいた。


 次の瞬間、ジナーフが二人に分かれていた。

 一人は元と同じサイズ、レベッカ二人分の身長のまま。もう一人はかなり小さく、こっちに歩いて来た。


「レベッカ殿。ワシの片割れをつけておく。拾ってくれんか」


「は、はい! 分かりました」


 手のひらサイズだったので、レベッカは小さなジナーフを拾って肩に乗っけた。


 これも魔王の持つ特殊な力の一つなんだろう。


「ほー。全力を出せない今のあんたが分体を出して、アタシを相手に戦えるのかい? これは舐められたもんだねえ」


「ワシ、別におまんを殺す気はないしの。それよりも、マーガレット、レベッカ殿、ここから離れておいた方が良いぞ!」


 ちょっとだけジナーフは大きな声を出した。

 その声色で察した死霊術死の二人は、同じように風魔法で魔王城に穴を開けて、外へと飛び出した。


 自分が飛び出した穴を見ると、そこから漏れるように黒い気体が溢れ出していた。


 レベッカは死霊術で契約している巨鳥に掴まりながら呟いた。


「あ、あれは、一体……」


「あれが、ミリアさんの持つ力よ。あれを食らった生物は、身体に異常をきたすわ。それで『変調のミリア』ってわけ」


 マーガレットは呼び出した兵士たちを塔のように積み重ねた上に座っていた。

 死霊術で人の意思を曲げるからこそできる技だ。


「さて、ワタシたちも移動しましょうか」


「え、ええ」


 それから二人は互いに飛行魔術でミリアが放っている毒々しい瘴気が届かない場所まで、魔王城下都市の外側まで移動した。


「じゃあ、こっちもやりましょうか。とっとレベッカを倒して、パパも計画に協力してもらうわ」


 レベッカとマーガレットの視線が交差する。

 出来れば話し合いで済ませたかったが、話の流れから、そうもいかないようだ。


「で、では、わたしが買った暁には、マーガレットさんには、戦争を止めていただきます。約束してください」


「わかったわ。けどワタシ、人間が大嫌いだから、殺しちゃったらごめんなさいね」


 そう言った途端にレベッカの後ろに死霊術で魔王軍の兵士が召喚された。

 死んでいるから気配がなく、魔力を熾さなくても出来る契約者の召喚は、死霊術師と戦ったことのない人にとっては必殺の一撃足りうる。


 だが、レベッカも伊達にこの力を使っているわけではない。

 その程度のことはしてくるだろうと、読んでいた。


 だから、背後はリアムが守っていた。

 彼は召喚された兵士の頭を蹴っ飛ばしていた。


「なかなかやるじゃん。だったら、次は数で押していくわ!」


 城下都市にいた数々のアンデッド兵たちがこちらに召喚されてくる。

 レベッカも対応するように死霊術で契約している魔物たちすべてを召喚する。


 まるで魔王軍が、超巨大な魔物の群れを討伐しているよう光景が眼前で繰り広げられていた。


 とりあえずこの場は、魔物たちに任せて、レベッカは飛行魔法を使い空を飛んだ。


 そもそも死霊術で呼び出した存在同士が戦っても埒が明かない。

 死霊術師を相手取る時の常識といえば、術師本人を捕らえて、知覚を遮断する拘束具で縛ることだ。


 しかし、そのことは向こうも分かっていたようで、マーガレットも空中へと飛行魔法で飛んでこちらに向かってきていた。


 レベッカはこの瞬間を狙っていた。

 なぜなら、マーガレットの魔力量はレベッカの五分の一程度。その魔力量で魔法を撃ち合えばレベッカが負けるはずが無かった。


 レベッカは風を操って作った空気弾をマーガレットに向けて高速で放つ。

 更に避けるコースを与えないため、水球、火球、土球、雷球を各二個ずつ、回避コースに向けて放つ。


 だが、レベッカの想定外のことが起こった。

 自分の頬が裂けたのだ。


 本命の空気弾がそれ以上の出力を持ったマーガレットの空気弾によって相殺されたようだ。そこで爆発した空気が風の刃を生んで、それがレベッカの頬を切り裂いた。


 すぐに治癒魔法で治るものは治る。


 だが、なぜ、マーガレットの魔法出力が上昇しているのか。


「驚いた顔してるね。どうしてレベッカが使っていないのかは知らないけど、ワタシは、死霊術で召喚した存在から魔力を吸っているだけだよ!」


 レベッカが再びマーガレットに視線を合わせ魔力探知を使うと、先ほどよりも魔力量が増大しているのが分かる。彼女は自分の二倍以上の魔力量になっていた。

 

 だが、一方でマーガレットの体表からは血が流れていた。

 生まれつきの身体以上の過剰な魔力に、彼女の身体が耐えきれていないのだ。


 そこから、レベッカは近接戦闘をすることした。

 マーガレットの魔法が降り注ぐが、彼女ではレベッカのような飽和攻撃をすることが難しく、攻撃に穴があったのだ。


 そこをくぐり抜けていくが、突然何かが物凄い速さで飛来して来た。

 避けようとしたレベッカは、アッシェと戦ったときに使った死者の国と生者の世界の狭間への転移を行おうとするが、何故か上手く術が発動しない。


 そのまま何かにレベッカは衝突した。


「びっくりした? 兵士を大きい弩に乗せて射出したのよ。生きている生物なら、身体は持たないけど――ってもう、落ちちゃったか。じゃあね、レベッカ」


 高速で飛来した兵士にぶつかられたレベッカは意識を失い、地面にいるアンデッド兵たちの軍へと落ちた。


 そして、マーガレットが命じるままに、レべッカは串刺しにされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る