3-12 娘の覚悟

 レベッカの『どうして父を蘇らせたのか』という質問に対して、マーガレットは眼をぱちくりさせていた。質問する意味が分からないらしい。


「……あんたって人の心とか無いわけ? 考えればわかることじゃない?」


 マーガレットは明らかにこちらを見下して呆れている。

 その表情が物語ることは明らかだった。


「お父様がお好きだから、ですか?」


「そ、そうよ! ワタシはパパが好きなのよ。だから、生き返らせた」


 ド直球なレベッカの言葉に狼狽えたマーガレットだったが、父への好意を素直に肯定した。


 レベッカはその家族への気持ちが分からないわけではない。

 だからこそ、このマーガレットという魔王の娘の危険性をひしひしと感じるのだ。


「で、でも、それだけじゃない、ですよね。ジナーフさんから、貴方は魔族領の再統一と、人間領への侵攻を目論んでいる、と聞きました。お、お父様がお好きなだけ、なら、二人で静かに暮らすでも良かったはずです」


 そして、ジナーフという魔王はその暮らし方を受け入れたはず。

 娘との関係も良好で人格破綻者でもない彼は、その程度の娘のお願いなら聞いていたに違いない。父親なのだ、愛する娘のためならやれるだろう。


 本当に父が好きなだけで、その死を受け入れらないだけなら、蘇らせて一緒に過ごすだけでも十分なはずだ。わざわざ大規模な戦争なんて起こす必要はない。


「だって納得いかないじゃない! パパは理不尽に人間の勇者に殺されて……、七護番たちは死んだパパの意向を無視して領内で戦いを続けてる。そんなの許されない」


 マーガレットの怒りに満ちた目。


 許されない。

 その言葉は誰にとって許せないものなのか。


 すると、ここまで黙っていたジナーフは頭を掻きながら言った。


「だからの、マーガレット。もう死んだ以上は、ワシはもう魔族領のこととか興味はないって言っておろう。人間に殺されたことも恨んでおらんしな」


「で、でも、ワタシはそれじゃあ納得がいかないの! 大好きなパパのことが軽んじられているのが許せない」


 愛する父のために怒りの炎を燃やすというより、彼女自身が許せないから怒っているのだ。マーガレットのやろうとしていることは、別に死者が望んだことではない。


 ただの独りよがりでしかないのだ。


 かつてのレベッカと同じだ。

 あの日、死霊術の力を覚醒させて、死んだ村人を生き返らせたとき。

 レベッカは皆が復讐したがっていると勝手に思って、勝手に魔王軍を殺させた。


 望まないものを与えても、喜んで欲しい人、褒めて欲しい人から期待通りの反応なんて帰ってこない。


「ま、マーガレットさん。人の意思を無視して、動く人は、必ず不孝に、なります。このまま戦いを起こせば、ジナーフさんは、悲しみます」


 自分も相手も傷つくだけ。


 ジナーフが実際のところ、どこまで考えているかは分からないが、レベッカの言葉にジナーフは概ね満足したように頷いている。


「マーガレットよ。それは本当に、ワシに嫌われてまでやることなのか? よく考えてみい」


 だけどもマーガレットは、わたしたちの言葉に特に表情を変えなかった。

 それだけ意志が固まっているということなのだろうか。


 確かに、そんな言葉だけで計画を止めるならジナーフが消え去った時に、考え直しているはずだろう。そうでないなら――。


「パパ。いえ、我が信奉する魔王様。その程度でワタシの忠誠心が揺るぐことはありません。例え貴方様が望んでいなくとも、必ず玉座に座っていただきます」


 マーガレットの薔薇色の眼にはジナーフしか映っていない。

 それだけ、父である魔王を、魔王である父への強い想いがあるのだ。


 ここで自分が何を言っても、届くことないだろう。

 所詮自分は部外者だということを痛感する。


 だったら、どうするべきか。


 考える間もなく、ジナーフが口を開いた。


「ハッハッハ! やはりワシの娘は頑固だの~。それが可愛いところではあるが」


 本当に愉快そうに笑っているジナーフ。

 娘が誤った道を行こうとしても、子どもに対する親バカは変わらないらしい。


「じゃったら、親子喧嘩でもするか?」


 娘大好き! というテンションから一切変わらないまま、にこやかに言い放った。

 

 受け取る側のマーガレットは少しだけ面食らっていた。

 どうやら、そんなことを言われるのは意外だったらしい。


「パパがワタシにそんなことを言うなんて……意地でもワタシのことを止めたいのね……」


「そうだの。おまんも、もうきちんとした魔族の一員。どうしても意見を通したいのなら、力を示さねばならん。それがワシなりの誠意でもある」


 さっきまでのにこやかさが消えジナーフは真剣な表情だった。

 言い方から考えるに、もう子どもとしてマーガレットを見るのを止めるということなのだろう。


 別の考え方もできないわけではないが……。


「ありがとう。パパ。そこまで言ってくれるのは娘として嬉しいよ」


 マーガレットは謹んで父親からの気持ちを受け取っていた。


 その姿にジナーフは嬉しそうに笑っていた。

 そして彼はそのまま、どうしてか、レベッカの肩に手をかけた。


「じゃが、戦うのはワシではない。ここにいる、レベッカ・ランプリール殿にやってもらう」


 少しの間、沈黙が走る。

 レベッカとしてもいきなりそんな重大な話を振られるとは思っていなかったし、それはマーガレットも同様のようだった。


 二人の死霊術師はポカンとしていた。

 親子の良い雰囲気から置いてかれてしまったマーガレットよりも先に、レベッカは我に返った。


「ど、どうして、ですか?」


「理由はいくつかあるかの。一つは、現在のワシの身体では全力が出せないこと。それは娘への侮辱になる。二つは――」


 と、ジナーフが説明をしようとしていた時に、いきなりその人はレベッカ達の前へと現れた。転移魔法だろう。


「あ~、おまんか……、なるほどのぉ」


 見た目で言えばジナーフよりも歳を取っているのが肌ツヤから分かる。

 年齢のせいか髪の色素が抜けてしまっているが、派手な魔石のイヤリングをつけて、服装も凄い派手な青色のドレスを着ている、若々しい印象を受けるおばあちゃんだった。


「それじゃあ、アタシ……おっと、そこのお嬢さんには、自己紹介がまだだったね。

魔王七護番『変調のミリア』ことミリア・クライムが、魔王様の相手をさせていただくよ」

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