3-9 二人の誓い

 リアムは他の村人たちと違って、レベッカに敵意を抱いていないようだった。 


 しかし、今まで一緒に遊んでいる時には見せなかった表情をしていた。

 ただ一つ分かるのは、彼が何かを複雑そうに考えているだろうことだけ。


 見合わせているのに、お互いに無言で時間が過ぎていく。

 

 最初に口を開いたのはリアムだった。


「……お前、話し方変わったよな」


「そ、そうかな。そんなこと、無いと、思うけど」


「いや、変わった。前はそんなにおどおどした話し方じゃなかった」


「そ、そうだっけ……」


 リアムの指摘は正しかった。実際にレベッカは急激なストレスを受けたことで、上手く話すことができなくなっていた。現在のレベッカもその名残があり、それを自覚している。


「なあ、レベッカ。お前はこれからどうするんだ?」


 昨日、今日と壮絶な時間を過ごしただけに、レベッカは明日のことまで考えていなかった。しかし、村も実質的に無くなってしまった以上、生き方を決めなくてはいけない。


「オレは、今のレベッカのことがよく分からない。村の連中はお前を悪い奴だって言うけど、オレにはお前の気持ちも分かる。だって! 目の前で大切な人たちが殺されて……、それで怒らないほうがおかしい!」


 そう言ったリアムの顔は悲壮な面持ちをしていた。


 同じ年頃の年齢として、レベッカと一番仲の良かった子どもとしてリアムには共感ができるところもあるのだろう。しかし、レベッカはもう、そんな哀れみを求めていなかった。


「わ、わたしは、悪い子だよ」


「レベッカ……?」


「間違いなく、ひ、人殺し。それも、とてもひどい、方法で、何人も殺した。それは、リアム君だって、分かっているはずだよ」


「それは……」


 リアムはレベッカの言葉に反論しようと口を開けたが、言葉は出なかった。


 紛れもない事実として、レベッカはリアムを使い、何人もの魔族を惨殺した。

 実行させられた彼がそれを分かっていないはずがないのだ。


 でも、それでも、彼がレベッカに寄り添そおうとしているのは、優しいからなんだと今でもレベッカは思っている。


 この優しくあろうとするリアムの在り方を見て、レベッカは生きる道が決まったように感じた。


「ありがとうね。リアム君、わ、わたし、決めたよ。この村に残って、す、少しでも、みんなが、安らかに眠れるように、祈って生きていくよ」


 沢山の悪いことをした自分は、そうやってちょっとでも罪を償えるように、一生を捧げるのがいいのだと、レベッカは俯きながらも意志を固めようとしていた。


「悲しそうな顔すんなよ! オレは……嫌だよ! レベッカが苦しそうな顔をして生きていくの」


 俯いたレベッカは必死に声を上げるリアムの顔を見る。

 

 彼はまぶたをはらしていた。

 

 どうしてなのか。

 同情する価値もないのに、どうして、あんな風に自分のことを想って泣いてくれているのか。


 でも、レベッカもその顔を見ていると釣られて泣きたくなってしまった。

 後から思えば当然だったと思う。レベッカだって辛かった、辛いわけが無かった。


 でも、そんな彼女のことを考えてくれたのは、村人には誰一人としていなかった。


 リアムだけだったのだ。

 レベッカの気持ちを分かろうとしたのは。


「でも、だって、わ、わたしは、悪い奴で……そういう風に、い、生きるしかないじゃん!」


 レベッカは自暴自棄になっていた。

 しかし、リアムはそんな彼女の在り方を頑なに否定する。


「オレは嫌だ! だってレベッカは、オレと違って生きてるんだ! なのに、どうして、そんな死んだような生き方をしようとするんだよ!」


 必死の形相で叫ぶリアムがレベッカの瞳に映る。


 死んだような生き方、確かにその通りかもしれないとレベッカは思った。

 このまま死んだ村で、誰とも会話もせずに、まるで何もかも捨てように生きていく。自分が蘇生してしまった村人たちとは違い身体は成長するだろうが、何も変わらない日々を過ごすだけ。


「そ、それが、わたしの償いなの! 村のみんなに、そ、そうやって、謝っていかなきゃいけないの!」


 その言葉にリアムは悲しそうに顔を歪ませた。そして、歯ぎしりをしながら拳を強く握りしめたかと思いきや、スッと冷たい表情を見せた。


「……だったらレベッカ、本当のことを言ってやるよ。オレだってお前に傷つけられた。やりたくもない人殺しをさせられた。そのオレがお前のやろうとしている償いのやり方を、許さない。別の方法で償え」


 聞いたことのないような冷えた声が、レベッカの心を冷やしていく。


 リアムは優しく寄り添おうとしてくれた。けど、それ以前に彼は被害者なのだ。


 そっか、やっぱりリアム君だって、自分のせいで傷ついたんだ。

 

 そんな彼が、このやり方では許さないと言っている。

 でも、これ以上の償いなんて、罰なんて、思いつかない。


「……そんなこと、い、言われてもどうしたいいのか、わ、分からないよ」


「……じゃあ、もうこんなことが起こらないためには、どうしたらいい? どうしたら、村人みたいな死んだ人と、お前みたいな残された人が、笑っていられると思う? 償うってそういうことじゃないのかよ」


 リアムだって、この当時はまだまだ精神は幼かったし、色々な知識も不足していた。だから、こんな風に抽象化した問いしか出来なかったんだ、と現在のレベッカは思っている。


 でも、だからこそ、現在のレベッカを作る礎となったのだと思う。


 死霊術師の少女は、もうこんな悲劇を起こさないために、考えて、答えを出した。


「だ、だったら、わたしは、死んだ人も、残された人も、少しでも仲良しで、仲良しを続けたままで、別れられるようになれば、良いと思う」


 その言葉を聞いた途端、今まで黙っていたアリアが「フフッ」と笑った。


「じゃあ、レベッカ君の目標は、『故人も遺族も満足できるお別れ』をだね」


「も、目標……償いじゃなくて……?」


「どっちだって変わらないよ。君がやるべきことが決まったってことだ。『故人も遺族も満足できるお別れ』を少しでも多くの人へと届けるんだ。それで良いかな、リアム君?」


「はい。これで良いと思います」


 リアム君は特に表情を変えずに了承してくれた。

 これがレベッカの償いだと一応は受け入れてくれたのだ。


「よし、ではレベッカ君。リアム君に誓いなさい。人生を懸けた償い……人生を捧げると決めた生き方を」


 レベッカは静かに深呼吸をして、自分の罪を再確認する。

 そして、何とか、誓いの言葉を繋ぐのだ。


「レベッカ・ランプリールは『故人も遺族も満足できるお別れ』を少しでも、沢山の人に届けるために、この命を捧げます」


 それを受け取ったリアムは、何故か、レベッカの手を握った。


「……だったらオレは、リアム・クラウザーは、レベッカがそれを成し遂げていくのを見届ける。お前が、この誓いを成し遂げられるように助けていくよ」


 リアムはちょっとだけ微笑んでくれた。

 当時のレベッカにも、現在のレベッカにも、この表情と言葉の真意は分からない。

 けど、確かに二人の間で誓いが立てられた。


「じゃあ、決まりだ。レベッカ君が、『故人も遺族も満足できるお別れ』を実現するために、私が力をつけてあげるとしよう。そのためにおあつらえ向きの力、『死霊術』の制御の仕方を。リアム君もついてくるといい」


 そうして、レベッカはアリアに師事することになり、アリアの旅に二人はついていくことになるのだった。


 それから数年経ち、レベッカは誓いを実行するために『葬儀屋エクイノ』を作ったのだ。

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