1-14 母子の剣舞

 コメットは驚いていた。

 どうしてアルが自由に動けているのか。

 どうして結界が崩壊しているのか。


「う、上手く、いきましたね」


「貴女の仕業……なの? いったいどうやって……」


 虫の息だったレベッカがへたり込みながら、先ほどよりも良さそうな顔色で安心したような笑みを浮かべていた。結界の消失に伴いレベッカの魔法出力が上がっているため、治癒魔法による毒素の分解がより早く進んでいるのだ。


 しかし、魔法の出力の上がり方が尋常ではない。これは結界の崩壊だけだけでは説明にならない。


 つまり――。


「――意図的に魔法出力を抑えていたの?」


「そ、そうです。そして、戦闘以外に回した魔力でわたしは二つのことを行っていました」


 コメットは目の前の少女の実力を測り損ねてしまったと後悔した。

 一瞬でも互角だと思ってしまったのは、思い上がりだった。


 レベッカは戦闘用に魔法をいくつも併用しながら、更に魔法で他のことを行っていた。器用さと、圧倒的な火力を兼ね備えている隙のない万能型の高みにいる魔法使いであり、高度なネクロマンシーも出来る死霊術師。


 それが、レベッカ・ランプリールだった。


「一つが結界の分析と破壊。もう一つはアルさんを拘束から解放すること、です」

 

 レベッカは死霊術で呼び出した魔獣の群れでコメットを攻撃させた。だが、彼女の着ている鎧の聖呪によって阻まれて、吹っ飛ばされた魔獣をそのまま放置していた。という風に見せかけていた。


 結界内に横たわってた魔獣たちを仲介として結界の分析を行い、その体の下で魔法を使い結界の外に通じる穴を掘っていた。


 あの結界は地中までは覆っていなかったため、堀ったトンネルから魔力を通し、アルの拘束具を破壊したのだ。


 そうしてアルは動けるようになり、結界は破壊された。


 コメットはアルがレベッカの方についているのを見て、折れそうになる自分の心を励ますように言った。


「でも! 二人掛かりになったところで私は負けない! 負けるわけにはいかない! 母親として、アルの未来のために勝たなきゃいけないの!」


 レベッカは杖を構えようとしたが、アルに腕で制止された。


「ここは僕に任せてくれませんか」


「……では、よろしくお願いします。多少の怪我なら治癒魔法で治るので」


「大丈夫です。母さんを傷つけたりはしません」


 そうして、アルは母親と向かいあった。

 母さんとこうやって剣を取って向かい合うのは何年ぶりのことなのだろう。幼少期から騎士団への仮入団までの間はずっと、こうやって互いに剣を構えている毎日を送っていた。それがピオネー親子の在り方だった。


「アル。あんた今まで一度も母さんに勝ったことないのに、どうしてそんなに自信満々なのかしら?」


「確かに僕は一度も母さんに勝ったことないよ。けど、騎士団で僕は更に強くなったんだ。それを母さんに見せたい」


「じゃあ見せてみなさい。どれだけ強くなったのかを!」


 その言葉を皮切りにしてアルはコメットに斬り込んだ。

 一撃目、二撃目、三撃目、四撃目…………、激しい剣術の攻防が繰り広げられる。


 コメットは驚いた。

 左足が満足に動かないとはいえ、じりじりとこちらが押されていることに。


 アルの剣術の基礎はコメット自身が叩き込んでいる。そこは変わらないし、剣筋もあの頃と何一つ変わっていない。なのに、何故かコメットが押されている。


「強くなったわね! アル」


「母さんこそ、全然衰えてないね!」


 戦っている二人は楽しそうだなと、レベッカは思った。

 片やレベッカを殺したい母親、片やレベッカのことを守りたい息子。思いがぶつかり合っているのは感じているし、お互いに本気である。


 だけど、この親子は笑顔なのだ。


 レベッカはその光景を見て、コメットと決闘したときのことを思い出していた。その場所は、彼女の家の近くにあった空き地だった。

 おそらく、今、楽しそうに戦っている母子が訓練していたのはあの空き地だったのではないか。


 そう思ったレベッカは無自覚に結界魔法を発動させていた。


「これは……」


「うわぁ、懐かしい」


 結界の中には、コメットとアルが長い時間を過ごしたあの空き地が再現されていた。王都の中にどこにでもある空き地。ありふれている。でも二人にとっては思い出の場所だ。


「そろそろ決着といくよ! 母さん」


「ええ! 来なさい。アル!」


 二人の剣が混じり合い金属同士がぶつかる甲高い音が響く共に、どちらかの剣が宙を舞っていた。

 

「私の、負けね……」


 コメットの手には剣が握られていなかった。つまり、アルが母親であるコメットに勝利したことを示していた。


「でも、私、諦められないわ……。折角私の大切なアルが帰って来たのに、それをみすみすまた死者の国に返してしまうなんて……できない」


 へたり込んで鼻声になりながら、コメットは話を続けた。

 先ほどまで強そうに見えた彼女は、今となっては弱弱しかった。


「だって、だって、まだこんなに若いのに、まだ人生にはいっぱい楽しいことがあるのに、まだ未来のある息子がこんなところで終わって、死者の国に行ってしまうなんて……」


「母さん……心配してくれるのは、嬉しい。けど……」


 アルは剣を鞘にしまい、コメットに手を伸ばした。


「もう僕の方が母さんよりも強いんだ。母さんに守られる存在じゃない。……だから、死者の国でもやってけるよ!」


 そのアルの言葉はコメットは眼を見開いた。

 彼女の知るアルといえば少年で、コメットよりも弱い存在だった。


 それがいつの間にか追い越されていた。

 もうアルは守られる存在ではないことを、その身でコメットは知った。


「……アル。うん、そうね。それだけ強いアルだったら、死者の国でも平気よね! 信じてるわ。ありがとう」


 コメットはアルから差し出された手を取った。


 そうしてこの事件は決着を迎えた。


◆ ◆ ◆


 事件後、コメットとヒューゴ、彼らに協力していた貴族からは正式な謝罪と多くの賠償金がレベッカに支払われた。


 その貴族の尽力もあって事件は王都の衛兵に広まることなく、騒ぎにならずに終わってくれたのは不幸中の幸いだった。


 そして、アルの死霊術の契約が終わった。

 レベッカは最後に彼からの頼みごとを受けており、ある物を渡すためにコメットに会っていた。


「あの時は、本当に申し訳ないことをしたと思ってるわ。態度も無礼なものだったし……恩人である貴女にはいくら謝っても足りない」


「そ、そんな、もう済んだことですし……それよりも、こ、こちらを受け取っていただけませんか」


 レベッカは懐から小さな四角のケースを取り出した。中身を見せるため、そのケースを開ける。


 中から現れたのは、王都で流通している銅貨ほどの大きさの赤く透明な石。


「これは……魔石かしら?」


「そ、そうです。でも、ただの魔石じゃなくて、アルさんの残留魔力がこもったものになります」


「アルの魔力がここに……」


 コメットはケースからアルの魔力がこもった魔石を取り出して、眺めている。


「アルさんに祈るときは、そちらに祈ってもらうのが良いと思って、お、お作りしました」


 アルから頼まれたことと言うのは、コメットの寂しさを紛らわすために、何か自分の形見を用意できないか、というものだった。そこでレベッカが用意したのが、彼の魔力を込めた魔石だというわけだ。


「ありがとう。嬉しいわ」


「い、いえ。葬儀社としての仕事なので……、そ、それでは」


 要件を済まし、立ち去ろうとするレベッカにコメットは声をかけた。


「本当にありがとう! レベッカさん。貴女のお陰で、息子に再会できた! 何か困ったことがあったら、何でも言ってちょうだいね!」


 アフターサービス、喜んでくれて良かったと思いながら、レベッカは葬儀社エクイノへと帰るのだった。


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