1-13 アルの死に様
アルは両腕、両足を特殊な拘束具で縛られている状況にあった。
力を入れることすら叶わず、ただただ母親とレベッカの闘いを見ていることしかできなかった。
声を上げてみたが、彼女らを覆っている結界が外部の音声が遮断しているようで、自分の声が届いている様子はない。
アルは言いようのない無力感を感じていた。
大好きな母親と、その母親に再会させてくれた死霊術師の少女。アルにとっては、殺し合って欲しくない二人が、今、目の前で戦っている。
止めたくても、止めることができない。
幼い頃から鍛えてきた力に価値があったのだろうか。大切な人たちを守るために力を使えないなんて……どうしてこんな自分が騎士になれたのだろうか。
今ではそんな風にすら思ってしまう。
この無力感を味わうのはアルにとっては二度目のことだった。
一度目は……自分が死んだ時のことだ。
アルは目の前の悲しい闘いを見ながら、自然と頭の中で自分が死に至るまでの経緯が再生されていった。
◆ ◆ ◆
騎士団の仮入団から三年経ち十八となったある日、騎士団長から正式入団を認められた。
正騎士に採用されるのは熟練の剣士たちであり、この若さで正式入団できることは中々無いと言われた。
そんな気はしていたが、自分は驕らないと決めていた。騎士団の中では、自分がまだまだ弱いことは分かりきっていたからだ。
そんなアルが配備されたのは、ヴェイランス砦。魔族領を監視するために建てられた砦である。
今の魔族領は安定していない。魔族を統べる者である魔王の座が不在だからだ。
そのため、国境警備に割く人員は多くなっていた。アルもその一人だった。
配置されてから少し経った頃に魔族から襲撃を受けた。
その首謀者は魔王七護番と呼ばれる、魔王に仕えていた七人の幹部の一人である『巨撃のアッシェ』が率いていた軍隊だった。
一度目の急襲を退けたが、まだこの砦を狙っているようで遠距離攻撃による睨み合いが続いていた。向こうはこのヴェイランス砦を攻略するために、急襲によって失敗した戦力を整えている最中だと推測されていた。
ならばこちらから打って出るべきだという意見が強くなり、敵軍を正面から攻撃する部隊と側面から攻撃する少数精鋭の強襲部隊が編制されることになった。
アルは砦にいる騎士団員から実力を認められていたので、強襲部隊に配属されることになった。アルはそれが嬉しくて仕方なかった。初めての実戦で、大きな戦功を立てることも不可能ではない部隊に配属されたのだ。
これで手柄を立てれば、家族のために働いている父さんの助けになるし、家事もあったのに毎日何時間も剣の訓練に手伝ってくれた母さんの労力と気持ちに報いることができる。
そして、アルを含んだ強襲部隊は砦の裏門から真夜中、敵に気づかれないように移動を開始し、所定の位置に着いて待機していた。
あとは、砦の本隊からの合図を待つのみという時だった。
現れたのだ、『巨撃のアッシェ』その人が。
なぜ、ここに敵軍の大将が一人で現れたのか。そんなことを考える間もなく戦闘が始まった。しかし、奴には一切の攻撃が通じず強襲部隊は一瞬にして壊滅した。
アルだけを残して。
アルは、『巨撃のアッシェ』には敵わないと判断した強襲部隊の指揮官によって、逃げることを命じられたのだった。
『巨撃のアッシェ』の圧倒的な力を目の当たりにしていたアルは必死に逃げた。騎士のプライドとか関係なかった。ただ、ああやってそこにあった命が簡単に消し飛んでいくのを目の前で見て、怖くなった。死への恐怖という本能が、騎士として戦かわなければ、という理性を塗り返した。
死にたくない……死にたくない……! その思いで必死に走った。
だが、追いつかれた。
体が震えて、剣を鞘から取り出すことも出来ず、その拳で骨を折らない程度にいたぶられて、痛めつけられた。
恐怖と痛みで動かなくなった体に巨撃のアッシェは二つの魔法をかけた。
一つ目が術者の思い通りに対象者を動かす魔法だった。そして二つ目は、対象者を任意のタイミングで爆発させる魔法。
その二つの魔法がかけられたアルはその場に放置された。
しばらくすると、強襲部隊から定時連絡が無いのを不思議に思った砦の部隊がやってきた。
そこでアルは味方と戦わされた。
でも、ことここに至ってアルは「殺してくれ」と言うことができなかった。もう何をしても味方か敵に殺されるのは決まっているのに。感情と表情をぐちゃぐちゃにしながら、アルはやってきた味方を巻き込んで爆発した。
それがアル・ピオネーの死に様だった。
こんな死に様、誰にだって恥ずかしくて言うことができない。騎士道の欠片もなく、無様に死んでいっただけの格好の悪い存在。
特に家族……母さんにだけはバレたくなかった。
アルに戦いを教えてくれたのは母さんだった。雨の日も風の日も、暑い日も寒い日も幼い頃から十五歳まで毎日、日が暮れるまで剣の特訓をした。アルの剣の実力に限らず、剣に対する心の在り方は、母さんから教わって来た。
師である母さんに、あのみっともない死に方を告げることなんてできない。
だから、この世界に蘇った当初は本当に実家に戻りたくなかった。
でも、帰ってみたら楽しくて、温かくて、安心して……やっぱりここが自分の居場所なんだと実感した。
それを実現してくれたレベッカさんには感謝してるし、死んで帰って来たなんて親不孝な息子をこれだけ愛してくれている、母さん父さんの息子に生まれて良かったと思っている。
それなのに、争っているレベッカさんと母さんを見て何もできない。
アルは目の前で騎士団の皆が死んでいったときに逃げるしかなかった無力感と、似た思いを眼前で起きている戦いから感じている。
また、何も出来ずに見ているだけで……。
◆ ◆ ◆
レベッカとコメットは結界の中で睨み合っていた。
お互いにダメージを負っている状況だが、こちらの方が有利だとレベッカは思っていた。こちらも左腕は動きそうにないが、向こうは左足がやられており、満足に動くことすらままならない。
あとは詰めるだけ、と思っていた。
「はっ、はっ、はっ」
レベッカは急に呼吸が苦しくなってきて、膝をついてしまった。
今さら、ワインに入っていた毒が強まったわけでもないし、こうなる原因は先ほど受けたあの文字が刻まれた剣の一撃しかない。となると……。
「ま、魔剣……」
恐らく、斬った対象の身体に不調を生じさせる魔剣なのだろう。
「これで、こちら、が有利に、なったわね」
足を引きずりながらコメットはレベッカに近づいていく。しかしレベッカはもう仕込み杖を握る力さえ無かった。だったら――。
レベッカは眼を瞑った。
「あら、諦めた、の? じゃあね。ありがとうレベッカさん」
コメットの持つ魔剣がレベッカに向かって振り下ろされる。
パリン!
首筋に剣が到達する前に、結界が破られる音がした。
「け、結界が! でも、もう遅い!」
もう一度振り下ろされた剣は、別の剣によって阻まれた。
その剣を持っていたのは、アル・ピオネー。先ほどまで、結界の外で横たわっていたコメットの大事な大事な息子だった。
「母さん、これを俺の最後の親孝行にするよ」
コメットの剣を撥ね返したアルはそう言った。
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