1-3 母は信じている
リアムが呼んだ人力車に揺られること数十分。ピオネー夫妻が暮らす家へと到着した。王都の庶民街ではよく見る平凡な住宅だ。
「やっぱり似合わねえな。レベッカ姉ちゃんのその格好」
「そ、そんなこと言わないでよ。リアム君。こっ、これでも、それっぽくなるように、頑張ったんだよ!」
リアムの目に映るのは、聖職者が着るような白い修道服を身に纏い、頭部にはベールを被っているレベッカの姿。しかしながら、体躯が小さい事から、シスター見習いにしか見えないし、そのおどおどしたオーラも相まって、何だか酷く不格好だった。
なぜ修道服なのか。
その答えは簡単で、基本的に死霊術師というのは嫌われる存在だからである。だから、今回は寺院の聖職者を装うことになったのだ。
「いや、凄くお似合いですよ!」
「え、えへ。あ、ありがとうございます!」
一方のヒューゴのとっては、その修道女姿の方が似合っていると感じていた。さっき見た御業から、レベッカのことを神に愛された存在だと思っているので、こちらの姿の方が良いと思ってしまっているのだ。
「……さっさと行きますよ。レベッカにピオネー様」
◆ ◆ ◆ ◆
「おーい、コメット。寺院の方々が来たぞ~」
「寺院? なんで……?」
コメット・ピオネー。それがヒューゴの妻であった。
病んでいると聞いていたが、どうやら床に伏せっているという意味ではないようだ。ちょっと体つきが良い、ただの主婦にしか見えないが……。
「フォーミュール寺院からやって来ました修道女のレベッカ・ランプリールです。こちらは手伝いをしてくれている弟のリアムです」
「お邪魔しております」
レベッカとリアムはお辞儀をしたが、コメットは二人の存在自体に興味はないようだった。
「聞いたことのない寺院に務める見習いさんたちが、何の用?」
レべッカは低身長のせいで、子どもに見間違われることは多々ある。こういう風に言われるのは慣れたものだ。だから別に怒ったりはしない。
「あ、あのですね。コメット様の息子であるアルさんの指を引き取りに来たんです」
「アルの指を……なぜですか?」
「アルさんはしっかり弔われていないから、あ、悪霊に、なってしまっているのです。そ、それを鎮めるための葬儀を、アルさんの指で行いたいと思っています」
この国の人々には悪霊の存在を信じている。
適切に葬儀を経なかった魂は、上手く死者の国へと旅立つことが出来ず、この地上を彷徨うとされ、人々に悪影響を与えると言われている。それが悪霊だ。
この世界で最も死者に詳しい死霊術師のレベッカからすれば、完全に間違っているとは言えなけど、合っているとも言えないのがこの話ではある。
しかし、多くの人が信じているので、この説得方法だったら、上手くコメットから、アルの指を貸してもらえることが出来ると考えた。
だが、レベッカの何に反応したのか、コメットは顔を真っ赤にして怒っていた。
「アルは死んでないわ!」
「えっ、でも、国からの死亡通知書は、ご、ご存知ですよね?」
「あんなものは出鱈目よ!」
レベッカの説得方法では、コメットのように、そもそも故人が死んでいないと信じているものには、効果がなかった。
どうしようかな……レベッカは頭を悩ませているところに、コメットの夫であるヒューゴが割って入った。
「コメット! もう俺たちの息子は死んでしまったんだよ……どうしてそれが分からない!」
「そんなの信じられるわけないでしょ! だってあの子はあれだけ才能に溢れた騎士で、私が指導して来たのよ! 死んだなんて絶対うそよ。絶対どこかで生きているに違いないわ!」
「だったら何故アルは帰って来ない!」
「そんなの決まっているわ。自分を死んだことにする国になんて帰ってこれるわけないじゃない。だから、アルはどこかで隠れて生活しているのよ。この指だって本物かどうか――国が私たちを騙しているのよ!」
レベッカはピオネー夫婦の会話を聞いて、自身の勘違いに気がついた。
アルが若くして正騎士になれたのは、その才能と優秀な師匠がいたからだと推測をしていた。
その師匠を家族の外部の人だと勘違いをしていた。
違和感自体はあったが、コメットの言葉に熱が入り始めてから、魔力が少しずつ熾り始めているのを察知できた。
これだけ自然に魔力を熾せる……つまり、戦える技量を持っている人だ。
なるほど、だから――。
「――相当、息子さんの騎士としての力に……いえ、コメットさんご自身の力に自信があるようですね。そんな貴女自身で息子を指導した実力があるから、息子さんは死んでない。そう、お思いですか?」
「そうよ! ヒューゴと結婚する前は、有力貴族の筆頭護衛だったわ。だから、息子で教え子のアルの力にも、私の力にも、確かな自信があるわ」
貴族の護衛か……。それなら、なるほど、こういう考えにも至るのだろう。
「それでも、人は死にますよ」
「だからアルは――」
言っても納得はしないだろう。それだけの経験と力のある人には。
だったら――。
「決闘、しませんか。わたしが買ったらアルさんの指、渡してください」
◆ ◆ ◆ ◆
アルの母親、コメット・ピオネーはヒューゴ、レベッカと名乗った修道女とそのお手伝いを連れて、近場の空き地へと来ていた。
この場所で、アルを愚弄するやつを倒せるなら、あの子も喜んでくれる。
一方でコメットは、二つ返事で「いいわよ」と言ったが、レベッカという修道女の意図を図り兼ねていた。
そこまでアルの指が欲しいのか? そこまでしてアルのことを弔いたいのか?
この大人には見えない小さな体躯の少女が、『決闘』という言葉を使ってまで、挑んでくる理由が分からなかった。
貴族の筆頭護衛だった、と言ったのに。
この小さな修道女が自分に敵うはずなんてない。
「り、リアム君。杖取って」
リアムというレベッカのお手伝いだと説明された少年が、どこからともなく杖を取り出した。そして、レベッカはそれを受け取った。
「ふうん。魔法が使えるってわけね」
「……そうですね。魔法も、使えます」
コメットは短刀を構え、レベッカは長杖を構えた。
「あなた如き、目を瞑ってても勝てます」
レベッカは実際に目を瞑ってしまった。
コメットは手加減してやろうと思っていたが、気持ちを改めた。
本気で痛い目に合わせてやる。
ヒューゴの鳴らした笛の音と共に、今、決闘が始まった。
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