プロローグ(下)
ルネが一時的に蘇生してから一日、ラヴィル一家は王都の中央街を見て回ることを決めた。しかしその家族の輪のなかに混じる異物の存在があった。
今日はレベッカだけでなく、彼女のお手伝いのリアムという、レベッカより更に幼いどう見ても子どもにしか見えない男の子も来ている。
「……で、なんで葬儀社の人達もいるのかしら?」
「え、えとーー」
レベッカは、こういう時にどう事情を説明するべきか悩んでいるため、どうしても言葉に迷ってしまう。
そんな低身長のレベッカを蹴りつける、彼女よりも一回り以上に小さい少年。
「ひゃ、蹴らないでよ、リアムくん」
「レベッカが……レベッカ姉ちゃんがちんたらして説明しないからだろ」
「ご、ごめんなさい」
ルネの母は、せいぜい十歳ほどの少年に注意されているレベッカ・ランプリールという人間がよく分からなかった。
コンイール女医が言うには、あの小娘が王国史上最高の死霊術師らしいが……。
「か、簡単に言ってしまえば、故人様の様子を見守るため、です。有り得ないことではありますが、故人様と結んだ契約を解除されると困る、ので」
「契約……?」
「基本的に死霊術は死者と術者の契約に、も、基づく、ものですなんです……」
「……その契約を何らかの方法で解除されると、不意に死人の魂が死者の国に戻ってしまう危険性があるからってことね。分かったわ」
その説明を聞いて納得した様子のルネの母は、一時的に取り戻した家族の輪のなかに戻っていった。
リアムはそのように解釈したルネの母に少し感謝をした。死霊術の契約に関して詳しく事実を言うと、僕たちにとって面倒な事態に成り得る可能性があるからだ。なにせ、強制的な契約解除の行く末とは――。
「行くよ~リアムくん。い、いつも、のことだけど、私たちは後ろで着いていくだけのお仕事だから。退屈だけど、よろしくね」
「分かってるよ」
リアムとレベッカは、家族団らん中のラヴィル一家に後ろで邪魔をしないように、彼らの後ろについて歩くのだった。
王都の中央街は貴族から下々の民まで様々な人が集っており、いつだって、この都で一番輝いている場所だった。食事の店もいっぱいあり、生前から食べることが好きだったルネにとっては大好きな場所だった。
「まずは、お昼ご飯だな、ルネ! 今日はお前が行きたがってたレストランに連れてってやるぞ」
「わーい! ありがとう、お父さん!」
「勿論、我慢何てしなくて良いからな!」
「うん。我慢何てしないよ! だってパパ、ママ、お兄ちゃんといられるのは、今日が最期だからね。いっぱい甘えちゃう!」
その言葉にラヴィル一家は、一瞬だけ暗い表情を見せたが、それをルネには悟らせまいと、直ぐに明るい顔になった。
「そうね。ママもいっぱい甘えてくれると嬉しいわ。今日は何でも買ってあげるわ」
「やったあ!」
ニコニコ顔のルネ。何も知らない者が一家の様子を見れば、娘のために奮発する親子の仲睦まじい様子だと思うだろう。
しかし、あの一家はルネが亡くなっていることを分かっている。
あの幼い八歳の娘、ルネですら、自身が死んでしまっていることを本能的に理解して、今日が家族と一緒にいられる最後の日だと分かっている。
だけど、ルネの兄であるルイは――。
ラヴィル一家が会話通りレストランに入ったので、レベッカとリアムも入店。直ぐ近くの席に座った。
「ルネね、もう注文する料理は決めてあるんだ~。これと、これと、これ!」
テンションが上がっているルネとは違い、兄のルイはうつむいている。
そんな兄に対してルネが声をかけた。
「これはねー、食べきれないと思うからお兄ちゃんと分け合いっこしたいな~」
チラチラと上目遣いでからかうように兄を見るルネの様子に、兄ルイは――。
「ど、どうして――ッツ!」
彼の両親が「「ルイ!」」と叫んで止めようとしたが、それを取り付く島もないようなまで、ルイは追い詰められており、そのまま走り去ってしまった。
ルネの父は、ルネと夫人に「俺が連れ戻してくる」と言って、席を立った。
「ま! 待って、ください!」
しかし、思わずレベッカも立ち上がっていた。
「……何だ?」
ルネの父は「どけ」と言わんばかりにレベッカのことを睨みつけたが、レベッカは決して怯むことはなかった。
「ル、ルイ君のことを、わたしに任せてくれませんか。 ……ルネさんに残された時間は長くはありません。ラヴィル様には少しでも長く、彼女と一緒に居ていただきたいのです」
「……分かった。貴女がそう言うなら、お任せする」
「絶対に連れ戻して来ます! リアム君、ちょっとだけこの場は頼んだよ!」
ルネの父からの承諾を受けてレベッカはルイを探しにレストランを飛び出した。
捜索は難しくない。ルネの兄ルイが熾している魔力を辿るだけで十分だ。彼は店から走って消える際に身体強化の魔法を使っていた。死霊術師のレベッカにとって、魔力探知は大の得意であり、探すのは簡単極まりないことだった。
王都の路地裏にルイは座っていた。
逃げられても一瞬で拘束できるように、杖を構えながら近づく。
「ル、ルイ君……だよね」
誰も来ないと思っていたのか、飛び上がりそうな驚き方だった。
「葬儀屋の姉ちゃん……」
レベッカがルネを蘇らせたのはルネ自身のためでもあるが、兄であるルイのためでもあった。ルネの霊魂から、彼への深い心残りが伝わってきたからだ。だから、その原因をルイへと聞く。
「……き、君たち。兄妹に、何があったの?」
「――ッツ! ぼ、ぼくが悪いんだ……そ、それなのに、妹は、ルネは、何も無かったように接してくるから。……憎んでてもおかしくないのに」
「……詳しく聞かせて」
それから、ルイは説明をしてくれた。拙い言葉ではあるが、何があったのかを。
「――つまり、私塾からの帰り道で喧嘩をしてしまって、別々に帰ろうとしたところを馬車に轢かれた、と。だから合わせる顔が無い……」
よくある子どもの喧嘩。
本当に嫌っていたわけではない。……しかしそれが、永遠の別れに繋がってしまった。
残された者としては、途轍もなく辛いに違いないだろう。
レベッカは、二人の抱える問題を聞いて答えを出した。
「……じゃあ、謝りに行こうよ」
「でも、そんなことしたって、許してくれないよ! だって死んじゃったんだよ!」
「許してくれるよ。だってルネは、お兄ちゃんと喧嘩したまま旅立つのが嫌だったんだから」
レベッカは、驚きを見せるルイと手を繋いで、転移魔法を発動させた。
一瞬でレストランに戻って来ると、ルネたちラヴィル一家は食事に手をつけないでいた。家族はルイのことを待っていたのだ。
「……ルネに謝るなら、今だよ」
レベッカはルイの背中を小突いた。
「ルネ……本当にごめん。俺があの時、怒っちゃったから。ルネをこんな目に合わせて、本当にごめん!」
ルイは途中から泣きながら、謝っていた。そのルイが泣いていることにつられて、ルネも泣きながら、謝り出した。
「ルネも……わがままだった。だから、ごめんなさい!」
二人を見守っていた父と母は、泣きだしてしまった二人を見て涙を浮かべながら、言うのだ。
「仲直りの握手をして、ご飯食べましょ」
ルイとルネは握手をして、仲直りするのだった。
◆ ◆ ◆
その日の夜、ルネと結んだ死霊術の契約が切れて、故人は死者の国へと旅立っていった。
遺族様たちはわたしたち、葬儀社エクイノに感謝をしていたが、葬儀自体は寺院で行いたいとのことだったので、そちらに任せることにした。
何はともあれ、二人が和解できて良かった。
葬儀社エクイノは死者と生者を繋ぐ会社。そのモットーは『遺族も故人も満足できるお別れを』なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます