死霊術師レベッカの葬儀屋~遺族、故人を問わずご依頼お受けします~
綿紙チル
プロローグ(上)
「ルネ・ラヴィルさんがご永眠されました」
ルネを治療しに来ていた放浪の女医アリア・コンイールが、ただ淡々とラヴィル一家の長女が亡くなったことを告げた。今回もまた、命を助けることが出来なかったと、自分の力の無さに項垂れているのを隠して。
「ええい! 役立たずのヤブ医者が! どうしてルネを助けられなかったのだ!」
ルネの父は女医コンイールの胸元を掴んだ。コンイールの目には、大切な愛娘を失って、その死を受け止めらない一人の父親の姿が映っていた。
「お止めてください……あなた。そんなことをしてもルネはもう帰って来ないの……来ないの!」
ルネの母親は、暴走しようとしている夫を睨んだ。愛娘の亡骸の前で、恥を晒そうとしている夫に対して、怒らずにはいられなかった。
一方で、ルネがいる部屋に入ろうとすらせずに、廊下で崩れている少年がいた。
彼はルネの兄であるルイだった。
「……ボクがぜんぶ悪いんだよ。責めるならボクを責めてよ……」
しかし、ただ感情のままに女医コンイールへと八つ当たりをしようとする父と、それを止めようとする母に、ルイの声は届かなかった。
言い合いになる父と母。一人、絶望に堕ちている兄。
その様子を見ていたコンイールの胸には悲しみが溢れていた。
故人であるルネは自分が亡くなることで、家族に亀裂が入ることを望んでいたのだろうか。
ルネの部屋には彼女が好きであったであろうと思われるグルメ雑誌が並んでいる。
(本なんて安くないものを買い与えるくらい、ルネは愛されていたはずなのに……)
このままでは、ルネの死が一家に大きな影を落としてしまうだろうことは、女医コンイールにはありありと予想できた。
だから、ルネの命を救えなかった、せめてもの贖罪として一つの提案をした。
「ラヴィル様、ルネ様の葬儀について、ご提案をさせて頂きたいのですが」
「貴様に言われなくとも既にその手筈は考えておるわ!」
あれほど取り乱していた様子を見せていたルネの父だが、女医コンイールから「長くないだろう」と言われていたので、今後のことを想定してはいた。
一般的に王都に住む者たちの葬儀は、寺院のプリーストによって執り行われることが多い。
ルネの父も多くの者達と同じように、娘を寺院のプリーストによって葬儀を執り行ってもらおうと考えていた。
「ラヴィル様、最近この王都に、『葬儀屋』というものが出来たことをご存知ですか?」
「知らん。なんだそれは」
「葬儀全般に関しての様々なことを遺族や寺院に代わって行う会社です」
コンイールの説明を聞いて、ルネの父は顔色を変えた。
「民間が、寺院に代わって葬儀を行う!? そんなことをしたら、神ペシエがお怒りになるではないか!」
「そ、そうよ! ルネが
黙って話を聞いていた夫人までも、夫に加勢をし始めた。
この国で生まれたコンイールとしては、二人のその気持ちは分からなくはない。
この王都では、人が亡くなるとその肉体に宿っていた霊魂は死者の国に向かう。その際、ペシエという神により、故人は生前何をしたかで善悪を判断される。善と判断されたものは楽土へ、悪と判断されたものは
「それに関して言えば、今から紹介する『葬儀社エクイノ』であれば、問題は無いかと思われます。あの店は、わたくし、アリア・コンイールの弟子にして、王国史上最高の――」
「貴様の弟子だと……! つまり――」
――死霊術師が経営しておりますので。
ルネの母親は『死霊術師』という言葉を聞いた時点で、拒否反応を露わにした。
「死霊術師ですって……! そんなの絶対に嫌だわ! あんな死体いじりをしているような連中にルネを渡すものですか。反対よ!」
「そうは言われても、もう既に依頼を出してしまったので……」
「遺族でもないのに勝手なことをして良いと思ってるの!」
常識的に考えたらダメなんだろう、ということはコンイールとしても分かっていた。しかし、どこか壊れてしまいそうなこの家族を見ているだけなのは、どうしても耐えられなかった。だからこそ、弟子である彼女に仕事を与えることにしたのだ。
チリンチリンとラヴィル家の玄関に付けられたベルが鳴った。それは来客者の訪問を告げる合図だった。
もう! こんなときに誰なの? と思いながら、ルネの母親は玄関へと向かい、ドアを開けた。
目に映ったのは良く知る町の景色ではなかった。訪問者がいることは分かっているのだが、それよりも後ろに佇んでいる生物に意識が集中していた。
ドラゴンと呼ばれるものに似ている。しかし、その眼には生気が宿っておらず、こちらに危機感というものを抱かせない。
そんなまるで博物館にある剥製を眺めているような気分になってしまっているところで、視線の下で「あ、あ、あの……あの!」と言っている小娘の存在を忘れかけていた。
「……何の用かしら? 今、凄く大変なんだけど」
「あ、あ、アリア・コンイール先生の紹介より、まっ、参りました。葬儀社エクイノのレベッカ・ランプリール、と申します!」
「は? ……貴女が?」
「は、はい!」
ルネの母親は、そう言われて驚きを隠せなかった。
どう見ても目の前の少女に凄みは感じなかったらからだ。
緊張で凍ばっている顔つきは幼く、誰かに梳いてもらわないと困りそうなくらい無駄に長い黒髪と、薄暗い瞳の色……普通の少女にしか見えない。
身長も自分よりかなり低くて、安っぽい黒いローブに身を包み、その背丈に不釣り合いな長杖を持った、私塾に行き始めた魔女見習いのようだった。
それが、まさか、世間では恐怖の対象として恐れられる死霊術師だなんて……。
「と、とりあえず中に入っても、い、いいですか?」
「だ、駄目よ!」
目の前の少女が本当に死霊術師だとしたら、ルネに触らせるわけにはいかない。そうでなくとも、今は帰って欲しかった。だから、扉の前に立ちはだかる。
「ど、どいて下さい! いま! わ、わたしを、呼んでいる少女の魂が、すぐそこにあるんです! ど、どかないなら……」
レベッカと名乗った少女が杖を掲げた。その瞬間ルネの母の身体は言うことを聞かなくなり、足から根が生えたように動けなくなった。
「す、すみません! 通らせて頂きます!」
小走りでルネの部屋までやってきたレベッカ。
ルネの父は彼女に声をかけようとして、辞めた。王都で人材斡旋を行っている彼の目には、少女が大量の魔力を身に纏っていることが分かったからだ。
レベッカがルネに触れると、ルネが起き上がった。
「ん……、ここどこ……?」
確かに死んでいたはずのルネが起き上がり、父親の姿を見つめている。そして、ベッドから下りて、まるで健康体そのもので彼に抱き着いた。
「パ、パパ~、なんか久しぶり~」
ルネの父は何が起こっているのか理解することが出来なかった。でも、冷たくなっていた娘の体温が変わらずじまいなことには気づく。
思わずコンイール女医に説明を求めたく、視線を送ってしまう。
「こ、これは一体……?」
「私の弟子、レベッカ・ランプリールのみが可能な、死者の魂を一時的に、完全な形で肉体に宿らせる死霊術です」
死霊術師は死骸を操ることが出来るという。しかし、死者を一時的に蘇生する死霊術師なんてものがいるとは思っていなかった。
「そ、そんなことが……できるのか……」
そこに息を切らした様子のレベッカも説明に加わった。
「は、はい。その能力を活かして、死者と生者を繋ぐことができる葬儀社をやっております――。それが葬儀社エクイノ、です」
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