第5話 伯爵家の離れ

「ねぇ、あなた。やはりアリアンヌを自由にさせるわけにはいかないわ。

 マーガレットに何かあってからでは遅いのよ」


「うむ。そうだな。アリアンヌは離れに閉じ込めておけ」


「「「はい」」」


家令と侍女たちが私の腕をひっぱりどこかへと連れて行かれる。

まだ食事中だというのに、おかまいなしのようだ。


そのまま屋敷を出て、裏側にまわると庭の奥に建物が見える。

これが離れか。そういえば、バルテレス伯爵家は王家に仕える家。

問題をおこした王族を閉じ込めておく役割を持っていた。

もしかして、この離れがそうなのだろうか?



「アリアンヌ様、中に灯りはありません。

 これを持って入ってください」


家令に渡されたのは蝋燭の灯台だった。

この暗闇の中、離れには灯りがない?


恐々と離れの中に入ると、後ろでガシャンと音が聞こえた。


「え?」


「明日の朝、食事をお持ちします」


「ちょっと、待って。何も説明を受けていないわ!」


「暗い中で説明しても無駄でしょうから。

 では、失礼いたします」


玄関の扉はもう鍵がかけられていた。

家令たちの足音が遠ざかっていく。

仕方なく、灯台の灯りを頼りに奥へと進む。


ここは本当に貴人を閉じ込めておくための離れのようだ。

置かれている家具は古いが良いものだ。

ぼんやりとしか見えないが、掃除はされているようだ。


おそらく、最初から私をここに閉じ込める予定だったんだ。

その証拠に奥にあった寝室の寝台にはシーツがかけられていた。


「……どうしてこんなことに」


ぽつりとつぶやいたけれど、当然ながら返事はない。

疲れ切っていたこともあって、

机の上に灯台を置いて寝台に転がったらそのまま寝てしまった。




カーテンのない窓から日が差し込んでいる。

窓といっても、かなり上のほうにあって、

はめ込みなのか開けられなくなっている。


寝台の上に座って、しばらくは動けなかった。

昨日起きた出来事を思いだすと涙がこぼれる。

泣いていても解決しないのに、涙は止まらない。


考えてみれば、私が第二王子ラザール様と結婚するということは、

この家はマーガレットが継ぐということだ。


しかも二歳までしかいなかった私とは違って、

マーガレットはずっとこの屋敷で暮らしていた。

使用人たちがマーガレットにつくのは当然で、

突然現れた長女に優しくする理由もない。


どうしてこんなことになってしまったんだろう。

ラザール様が誕生会に来ていたのは本当だけど、

私を見初めたというのは嘘だと思う。


第一王子ジスラン様とリオ兄様は同じ年で、とても仲がいい。

公爵家にもたまに遊びに来ていたから、私とも顔なじみだった。

だからジスラン様とリオ兄様と仲良く話していたら、

ラザール様にいきなり背中を押された。


強く押され倒れそうになったのをリオ兄様が助けてくれ、

ジスラン様がラザール様を叱ってくれた。

どうやらジスラン様とリオ兄様に遊んでもらいたかったらしい。


短く切った赤髪のラザール様は私の一つ下で、

去年の私の誕生会の少しあとで七歳のお披露目を迎えたという。

この国の子どもはお披露目までは他家に行かない。

だから知ってはいたけれど会うのは初めてだった。


ジスラン様に叱られたラザール様はますます不機嫌になって、

謝ることなく王宮に帰ってしまった。

最後に目があった時にはにらみつけられ、嫌われたんだって思った。

それなのに私を婚約者にしたのは第二妃カリーヌ様だろうか。



ぼーっと考えているうちに、玄関のほうで鍵が開けられる音がした。

行ってみたら、侍女がトレイにのった食事を玄関の棚に置いているところだった。


「アリアンヌ様、これから食事はこちらへ置いておきます。

 食べた後はまた戻しておいてください」


「……わかったわ」


トレイごと棚に置かれ、おかしいとは思ったけれど、

使用人のことがわからないうちは従ったほうがいいと思った。

何かすればお父様に言いつけられてしまうかもしれない。


侍女は私に何か言いたげだったけれど、礼をして出て行った。

そして、また鍵がかけられた音がした。

ずっとここから出さないつもりなんだろうか。


置かれた食事はとりあえずそのままに、

明るくなった離れの中を見てまわることにした。


離れには浴室や手洗い所はもちろん、書庫まであった。

小さいけれど、食事室や読書室までついている。

ただ、浴室は水しかでなかったし、石けんなどはおかれていない。

今まで一人で湯あみをしたことはないけれど、やってみるしかない。


服は置かれていたが、今まで着ていた服とは質が違っている。

これは貴族が着るのではなく、平民が着るものかもしれない。

侍女でもこんなごわごわした布は使わないだろうに。


ため息をつきながら、食事を食事室まで運ぶ。

冷めきったスープとパンが二つ。

まったく味のしないスープを口に入れるが食欲はない。

だけど食べなければ負けるような気がして食べきった。


トレイを片付けようと持ち上げた時、

ふと見えた左手の甲に悲鳴をあげそうになる。

リオ兄様と誓い合った精霊の祝福の花が消えかかっていた。


「リオ兄様……どうして」


想いが変わらない限り消えないと言ったのに。

たった一日。それだけで変わってしまったというのだろうか。

信じたくない。寝室に戻って、頭から毛布をかぶった。

もう涙は出ないほど泣いたと思うのに、それでも涙は枯れなかった。



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