第7話 『恋愛ごっこ』の3回目はおいしいとんかつ屋さんへ連れて行った!

先輩は日曜日一日ですっかりインフルエンザから回復したようだ。月曜日に出勤した時に廊下で先輩に会ったときには元気そうでそっと看病に来てもらったお礼を言われた。でも私はいつものようによそよそしく軽く会釈してすれ違った。


ビデオどうだった? なんて聞かれなくてよかった。『セクハラ』だと言ってにらみつけたかもしれない。でも先輩は絶対に聞いてこないと思っていた。私が恥ずかしがることは絶対にしてこない。そういう人だ。


それからすぐに携帯にメールが入った。


[前回は中止したけど、次回の「恋愛ごっこ」はいつがいい?]


[今週の土曜日に前回の分を同じ時間、同じ場所でどうですか?]


[了解]


◆ ◆ ◆

約束の時間の10分前に私は着いた。先輩は15分前に着いたと言っていた。今日は疲れないように軽快な服装にした。短めのピンクのスカートに白のポロシャツ、靴は白のスニーカーだ。これなら歩き疲れることもないと思う。


私は東京国立博物館では遮光器土偶などの古代の展示物と刀剣に興味があった。それで熱心に見て回った。その後、東京国立西洋美術館へ行った。ここでは著名な洋画の作品を見て回った。


見終わって出てきたら、もう4時半を過ぎていた。歴史や美術の教科書に載っていた本物が見られてよかった。


「これからどうしよう。この前、インフルエンザに罹った時の看病で食事を作ってもらったお礼に、夕食をご馳走したいけど、どうかな?」


「いつもお世話になっていたので、当然のことをしたまでです。お礼には及びません」


「そう言わないで、僕の気持ちが済まないから、遠慮しないで」


「そうまでおっしゃるのなら、トンカツをご馳走してください。前にお話しした大井町のとんかつ屋さんで、少し値段は高めですが、かまいませんか?」


「僕はホテルのメインダイニングでフランス料理とでも思っていたけど」


「それには及びません。それにこんな格好では入れませんから」


「それでいいのなら、そうしよう」


「とってもおいしいので、一度連れて行ってあげたいと思っていました」


二人はJR上野駅まで戻って、京浜東北線で大井町まで来た。駅を降りると東急の大井町線駅まで歩いて、商店街を道沿いに歩いた。


「ここを入ったところに、おいしい洋食屋さんがありますが、とんかつ屋さんはもう少し先です」


商店街の中ほどにその店がある。中に入ると小さめのテーブルが並んでいる。大きな店ではない。時間が早いせいか客はまばらだった。


「空いていてよかった。いつもは結構混んでいるんです」


私は先輩にメニューを渡す。ロースかつ、ヒレかつ、エビフライなど品数は多くない。


「何がお勧めかな?」


「やはりロースかつ定食でしょうか? ヒレカツ定食も良いと思います」


「じゃあ、ロースかつ定食」


「私はヒレカツ定食でもいいですか? 少し高いですけど。いままで一回しか食べたことがないので」


私はこの二つを注文した。


「この前は歩き疲れて夕食を一緒に食べられなくてごめんなさい。おしゃれし過ぎました。今回は疲れないように準備してきました。せっかくの『恋愛ごっこ』ですから」


「二人で博物館や美術館巡りも落ち着いていいね。ああいうものをみていると作者の意欲というか熱意が伝わってくる。本物を見ていると得した気持ちになるね」


「やっぱり本物は迫力がありますね。見とれてしまいます」


「次はどこにする? また、別の博物館か美術館にする?」


「今度は郊外の遊園地みたいなところはどうですか? せっかく『恋愛ごっこ』しているんですから、恋人同士が行きそうなところが良いです。考えさせてください」


トンカツが運ばれてきた。久しぶりの揚げたての分厚いトンカツだ。お腹が空いているのですぐに食べ始める。


「おいしい。こんなにおいしいトンカツは初めてだ」


「久しぶりに食べたけど、おいしいですね。やっぱり肉と衣ですね。私には再現できません」


「挑戦しているんだ」


「元々豚肉が違います。これだけは入手できないので難しいです」


「専門店だからプロだからできることもあるさ」


二人は夢中で食べた。おいしいと無言になる。


「ご馳走様、おいしかった。お腹がいっぱいになりました。ところで今度、夕食を食べにきませんか?」


私は食べている間にずっと考えていた。思い切って誘ってみようと、断られてもダメ元だからと思った。でもきっと断らないという確信はあった。初めての『恋愛ごっこ』の時に先輩は私の料理を食べてみたいと何気なく言っていた。


先輩は驚いている。私の意図を測りかねている。きっと、どういう意味で言っているんだろう? 女子が自分の部屋に招待するということがどういうことか分かっているのか? なんて考えているに決まっている。


でも私はそう考えている。この機会に誘惑してみよう。


「上野さんのお家に?」


「先輩のマンションほどではなくて、1DKのアパートですが。今日の食事のお礼がしたくなりました。何かお好きなものを作ります。遠慮なくおっしゃって下さい。だだし、ほとんどB級グルメですが」


「レパートリーが分からないから教えてくれる?」


「じゃあ、あとでメニューを送ります。それから数品選んでください」


私がさらりと夕食に招待したので、やはり私の気持ちを測りかねている。先輩はなぜ招待してくれたのか深く考えないことにしたに違いない。『恋愛ごっこ』の一環だから、素直な気持ちで招待してくれたのなら、素直な気持ちで招待を受け入れるのが礼儀だとでも思ったに違いない。結果オーライだ。


それから会計を済まして東急大井町駅に行って電車に乗った。これで二子玉川駅で乗り換えれば良い。始発駅だから楽に二人並んで座れた。


私はここで前哨戦として先輩に仕掛けてみることにした。前回は疲れすぎて思いつかなかった。今日はそんなに疲れてなくて気持ちにゆとりがある。


二人並んで座ってしばらくして私は眠った振りをして先輩の肩に寄りかかってみた。すぐに肩が緊張するのが分かった。先輩は動かずにそのままにしてくれている。しめしめ、先輩も慣れてきて緊張がほぐれてきている。女子に肩で眠られるのも悪くないと思っているに違いない。


二子玉川駅に近くなってきて、先輩が眠っているのに気が付いた。


「乗り換えですよ!」


私は先輩をゆり起こした。


「私も眠っていたみたい。乗り換えましょう。そうしないとまた大井町まで戻って行ってしまいますよ」


二人は急いでホームに降りて乗り換えた。そして電車で別れた。

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