バクマン
成星一
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てらてらとぬめって光るピンクの触手が、こちらに向かって飛んできた。
餌を捕獲しようとするカメレオンの舌みたい。まっすぐ伸びて迫ってくる。
おれはそれをジャンプでかわした。
轟音とともに、すかさず第二波がやってくる。
さらに高く跳んでかわす。
第三波、第四波、第五波と触手が飛んでくる。次から次へときりがない。
ちっ––
おれが戦っているのは、名前を持たない触手の悪魔。ピンク色のゼリー状の本体から、びっしり触手が生えている。
やつがとり憑いているのは、仰向けに倒れたひとりの人間。ゼリーの底に押しつぶされるみたいな形で意識を失っている。もちろんおれの知らないやつだ。
「(グガガガガガガガガ―!)」
悪魔の声が意識を通して、脳内に直接響く。
これはやつの知能であり、直接的な言葉として認識できる場合もある。
「(ウォンっ!)」
咆哮とともに次の触手が飛んできた。今度はまとめてやつから生えるすべての触手が無数に重なり、上下左右前後から同時にこちらに飛んでくる。
バチンと大きな音がして、おれのまわりで四方の風がぶつかりあう。
爆発音と衝撃波。
まばたきするまに迫ってくるピンクの塊。
避ける場所などどこにもない。
あっ。そうそう……
あんた、おれのことを知ってるかい?
おれは……
「変身っ!」
闇のなかに明るい光が、ピカっと輝く。
「出てこい、ユメ・ブレード!」
右手から伸びる白い光を横に薙ぐ。ピンクの包囲を切り裂いた。
「(グガガガガガァ―!)」
茶色い体液が異臭を放ち切り口から噴出する。悪魔の叫びが頭に響く。
おれは触手の断面を跳び越えて、闇の地面に着地する。茶色い体液が、雨のように降ってくる。
悪魔にとってこんな攻撃は致命傷でもなんでもない。やつはこの程度では動きを止めない。本体のコアを破壊しない限り触手は無限に再生してくる。こんなものをいくら切っても悪魔を倒すことなどできないのだ。
「(グガガガガガガ……)」
触手の断面で茶色い泡が沸騰している。
回復と再生をしようとしているようだ。とり憑いた人間の生命エネルギーを自分のものに変換して。
「(キサマ……ナニモノダ……)」
悪魔の声がはっきりと言葉になって頭に響いた。
おれはやつに対峙した。再生し始めた触手の奥に、きらりと光る黒い
「させるか!」
ユメ・ブレードをまっすぐかまえた。
地面を蹴って走り出す。
「(グガ……?)」
やつの動きが一瞬止まる。ちぎれた触手は、再生も攻撃もまにあわない。断面を沸騰させ、ブルンブルンとのたうっている。再生に気をとられているせいだろう。弱点がガラ空きだった。
「そこだあああ!」
光の剣がやつの本体をとらえた。ピンク色の身体から露出している、どす黒いコアの部分に突き刺した。
「(ウガアアアアアアア!)」
コアを貫通したユメ・ブレードの刀身が、爆発的に白い光を放った。悪魔の叫びが光のなかに響く。
目のまえの景色が光に飲まれ白一色になる。
ホワイトアウトした。
やつの身体が絶叫とともに光のなかに溶けていく。
静寂。
やがて光がおさまると、真っ暗なもとの景色が返ってくる。そこは、なんの変哲もないアパートの一室だった。
「ふう……」
これで終わりだ。
「(キサマ……ナニモノダ……)」
先ほどの悪魔の問いを思い出す。
おれは、バクマン。
ヒーローだ。
……夢のなかでは。
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