君は美しい夢を望む

ゆうやま のあ

第1話 夢見の望み#1「肝試し開始」

アイスが食べたくなるような、とある猛暑の日。娯楽の少ない小さな町、幻花町の中学校では、七不思議の噂が広まっていた。

「ねぇねぇ、隣のクラスの山田くん、七不思議を見たんだって!」

「本当?どの七不思議を見たの?」

「美術室の......」

クラスメイトが楽しげに話しているのを、拓馬たくまは興味深そうに聞いていた。

「七不思議、か......興味はあるんだけど、怖いなぁ」

「幽霊とか苦手だものね、拓馬は」

「あ、花美はなみ。花美はどう思う?七不思議について」

「わたしはどうもないわ。陽助ようすけは興味ありそうだけど......」

二つ下の幼馴染の顔を思い浮かべながら、花美はそう答える。

「そっか、こういうのは陽助くんの方が好きか」

「夏だし、肝試しって意味なら涼しそうだしで、全く興味がないわけではないけどね」

「肝試し......肝試しか」

「失礼します。拓馬先輩はいらっしゃいますか?」

名前を呼ばれた拓馬が声の方を向くと、眼鏡を掛けた真面目そうな一年生が、扉の前に立っていた。陽助だ。

「陽助くん、どうしたの?」

「委員会のプリントを渡しに来ました。それと、もう一つ個人的な頼みがありまして......」

「なるほどね?そういうことなら、先輩に言ってごらん?」

年下にカッコつけたい拓馬は、ドヤ顔で陽助にそう言った。二人の会話が気になるのか、花美も近くまで歩いてくる。

「実は、僕が愛読している雑誌があるんですけど、今月の特集を見てください!」

陽助は持っていた雑誌の表紙を見せる。そこにはホラー系のフォントでデカデカと、『夏休み目前!全国の七不思議特集!』と書かれていた。

「へぇ、こんな雑誌があるんだ。でも、これがどうかしたの?」

「これにこの学校が載ってるんですよ!それで、ここからが本題でして......お願いします!僕と一緒に、夜の学校に肝試しに来てください!」

陽助は頭を下げ、手を合わせ、拓馬に必死で頼み込んだ。オカルト好きな彼のことだ。雑誌を読んで心躍らせ、頼みを聞いてくれそうな拓馬を、ウキウキで呼びに来たに違いない。しかし、拓馬はそういった類は得意でないため、どうすればいいか悩んで硬直してしまっている。

「陽助、それはわたしも行っていいの?」

「もちろん!ねえさんもぜひ!」

「ありがとう。それで、拓馬はどうするの?」

「え......っと......い、いつなのかだけ聞いてもいいかな?ほら、予定が合わないと困るしね?」

「確かにそうですね。僕としては、明日にでも行きたいところですが......」

拓馬は物理的に頭を抱える。実際には、今日も明日も明後日以降も予定はない。しかし、怖いものは怖い。だが、嘘をついて後輩を悲しませたくはない。拓馬はしばらく悩み、意を決して返事をした。

「......いいよ。明日は空いてるから」

「本当ですか!?やった!」

拓馬の返事に満面の笑みを浮かべ、陽助は喜んだ。一方で、拓馬は大きな買い物をした直後のような後悔に襲われ頭を抱えたが、良いと言ってしまったのでもう遅い。そんな拓馬に、花美は小声で話しかけた。

「無理しないで断ればよかったのに。わたしも多少煽ったとはいえ、得意じゃないでしょ?」

「だって......はぁ、ええかっこしい自分が憎いよ......」

「悪い方向に転ばないと良いわね」

ポニーテールを弄りながら、花美は拓馬を憐れむように見つめた。

「......それで、どうする?学校に残って肝試しなのか、一旦家に帰ってなのか」

「残れば良いんじゃないかしら?制服のままの方が、見つかっても言い訳できるし」

「そうしましょうか。明日がとっても楽しみです!」

「そ、そうだね......ほら、チャイム鳴っちゃうから、教室戻りな」

言われて時計を見れば、休み時間は残り二分しかない。陽助はお礼を言って、急ぎ足で教室まで戻っていった。


その日の夜、拓馬は眠れずにいた。明日が怖すぎて、目を閉じれないのである。元々閉じているように見える糸目だが、今ならとんでもない目力を出せそうな程に開けそうだ。

「拓馬、起きてる?」

「起きてるよ。どうしたの、母さん」

「ちょっと具合が悪そうだったから、白湯さゆを持ってきたの。飲みなさい」

「ああ、ありがとう......」

拓馬はベッドから降り、白湯を一口飲んだ。程よいぬるさに、安心感を覚える。

「......母さん。言い忘れてたんだけど、明日帰るの夜になるよ」

「なんで?」

「......後輩が肝試ししたいって言って」

「ああ、なるほどね。遅くなるのは良いけど、日付が変わるまでには帰ってきな。おやすみ」

「うん、白湯ありがとう。おやすみ」

拓馬は再びベッドに潜り、目を瞑る。今度はすぐに睡魔がやってきて、拓馬を夢へいざなった。


翌日。現在は帰りのホームルーム中で、これと部活が終われば、本格的に肝試しの始まりだ。その事実に憂鬱な拓馬は、先生の話を一ミリも聞いていない。

「今配っているプリントは、必ず保護者の方に見せてくださいね」

拓馬はかろうじて耳に入った言葉に心で頷き、前から回ってきたプリントを手に取ると、一切読まずにカバンに押し込んだ。プリントはクシャクシャになるが、そんなことはどうでもいい、という感じだ。

「それでは、挨拶して終わりにしましょう。日直さん、号令お願いします」

「起立、気を付け、礼」

さようなら。その一言を皮切りに、生徒は一斉に下校を始めた。二人は陽助を迎えに行くことにし、長い廊下と階段を歩き、一年生のフロアに向かう。その途中、花美が問いかける。

「やっぱり怖い?」

「そりゃ怖いよ......断る勇気が欲しかった」

拓馬は昨日の自分を恨みながら言う。そんなことをしても現実は変わらないが、言わずにはいられないのだろう。

「相変わらずね。小学生の頃の肝試しを思い出したわ。ほら、拓馬が悲鳴を上げて気絶した......」

「言わなくていいよ!」

思い出したくない黒歴史を掘り返されていると、前から二人を呼ぶ声が聞こえた。

「先輩!姐さん!わざわざ迎えに来てくださったんですか?」

「うん。早く終わったからね」

「そうでしたか!ところで、何時までに帰ってこいとか、言われてますか?」

「日付変わる前にはって。もしかして、結構時間掛かる感じ?」

「そうですね。特定の時間以降に出現するタイプのものがあるので。ただ、零時までなら、余裕で見れると思います」

陽助は雑誌をめくりながらそう伝える。花美も拓馬と同じ時間までだったので、特に心配事はなさそうだ。

「心置きなく楽しめますね、先輩!」

「あ、うん。ソウダネ......」

明らかに棒読みの返事だったが、陽助はウキウキで気付いていないようだ。そんな二人を、花美は保護者になった気分で見つめている。

「とりあえず、移動しませんか?」

「ああ、ここだと邪魔になりそうだしね。じゃあ」

「相談室使うか?」

「うわあああああ!!!」

背後からの突然の問いかけに、拓馬は絶叫しながら尻餅をついた。二人も驚いて声の方を向けば、そこにはキャスケットを浅く被った、先生が一人立っていた。

君夢きみゆめ先生!どうしたんですか?」

「ん?今日から宿直だからな、宿直室を開けに行くんだ。それより拓馬、大丈夫か?」

「う、後ろからはやめてください......」

「すまんすまん。驚かすつもりはなかったんだ。これで許してくれないか?」

先生は拓馬の腕を引っ張って立ち上がらせた後、ポケットから塩飴を取り出して拓馬に渡した。子供でも舐めやすい、塩レモン味だ。

「あ、ありがとうございます......ところで、宿直ってなんですか?」

「ああ、突然警備会社と連絡が取れなくなってな。警察も学校の警備に人はけないらしくて、俺が宿直することになったんだよ。プリント貰っただろ?」

「そういえば貰ったような......」

「......拓馬、もしかして具合悪いのか?あんまり元気がなさそうだが。一緒に保健室まで行くか?」

なんとなく覇気がないように見える拓馬を心配して、先生は保健室に連れて行こうとする。だが、実際はこの後を想像してビビっているだけなので、必死にお断りした。

「いえ、大丈夫です!元気じゃなかったら叫んでないですし!」

「それは確かに......まあ、元気なら良いが、無理しないようにな」

「はい、お騒がせしました」

先生は拓馬を心配そうにチラチラ見ながら、宿直室へ向かっていった。

「良かったわね、飴貰えて」

「うん。でもこれ岩塩だからしょっぱいかも......まあ、後で舐めればいっか」

拓馬は貰った飴を胸ポケットにしまい、歩き出した。

「そうだ、お二人は、スマホとか持ってきました?」

「うん、帰りが遅いからね。あとライト」

「わたしも持ってるわ」

「お二人も万全の状態ってことですね!ああ、」日暮れが楽しみです!」

陽助は、憧れの選手と握手をする少年のような目の輝きをしていた。まだどこか幼い彼を、二人は微笑ましそうに見つめた。

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