人間不信は全てを得る(仮

リムル様を崇める者

プロローグ

どうすればいいんですか?

 いつからだろう。笑えなくなったのは。

 いつからだろう。こんなにも孤独を感じるようになったのは。

 いつからだろう……こんなにも情けなくなったのは。

 どうしたらよかったんだろう。そう何度も思い、何度も時間を遡りたかった。何度も何度も何度も何度も何度も。どうするべきだったのかを考え、答えは出なかった。


「ねぇ、私たちそろそろ別れない?」


 そう言われたのは学校の最寄り駅。残暑によって夜なのにも関わらず、熱風が吹いていた駅のホームだった。その時の自分は特に驚きもしなかった。そして悲しいとも思えなかった。それが一番……虚しく感じた。


 驚きはしなかったが初めての恋人から振られ、ショックを受けてはいた。今でもあの時の俺はどんな間抜けな顔をしていたのだろうと思う。

「そうだな」

 虚栄心に満ちた自分が言える言葉はそれしかなかった。最後まで彼女の前では理想的にいたかった。その一言で、オレの初めての恋人は消えていった。悲しさはなかった。そうだったはずだ。そうに違いない。

 別れた理由は何だったのだろうかと女々しくも何度も考えた。自分の甲斐性の無さ?口の悪さ?それとも見た目?性格?……全て中学生の自分にとっては全力で頑張っていたつもりだった。だけれども、それでも、街中でキラキラと輝いている人達を見ると自分はそれとは違うと感じてしまっていた。

 最後にはこの自分の中の虚像が相手どころか自分さえも傷つけていたことに気が付いてしまった。理想を自分で否定し、己の全てが無意味に感じた。

 幻想を抱くつもりはなかった。自分には彼女を支えられる自信がなかった。自分には自分のことさえも守れる自信がなかった。だけれども、それでも。今の自分と彼女が心地よくいられて、楽しかったらそれでよかった。ただ、それだけだった。

 好きになった理由は性格、顔のどちらでもなかった。は彼女の雰囲気が好きだった。元から体が弱く勉強しか取り柄の無い俺に寄り添ってくれた彼女。お互い頑張ろうと励まし合って、テストを乗り越えたのを今でも思い出す。とても心地よかった思い出だった。


 確かこの光景は学校で身体測定をしていた頃の光景だろう。

 俺が170センチくらいの身長で、150に届かないと文句を言って身長を分けろと脅してきた彼女。ロングの黒髪にハーフっぽい顔立ち。とても可愛らしい目。

「なんでそんなに身長あるのに、体重は50なんだよ!おかしいって!」

 口調は男っぽいのに、喋り方が砕けているだけで可愛いと思ってしまう声。自分のタイプはクールで高身長な女性のはずなのにドキドキしてしまう距離感。惚れた弱みだろうか、どうしようもないほどに好きで胸が高鳴った。文句はじゃれているようにしか聞こえなくなるのだから不思議なものだ。

 俺は彼女だけには心をひらけた。こんなふうに言われると、無駄に煽ってしまうぐらいには。

「これが遺伝子の差なんじゃね?」

「はあ?理不尽すぎるでしょ」

「ま、頑張りな。牛乳飲んで寝たら伸びるかもよ?」

「もうやってるんだけど!なんなんだよ、もう!」

 アハハと笑う声がきこえてくる。彼女の笑顔ほど大切なものはないと本気で思っていたのだ。

 身長にそこまでこだわる必要があるのか分からずそこまで必死な彼女を見て、俺はとても面白かった。

 身長如きで誰も見る目を変えることはないと思った。


 周りからも言われたが、俺は口が悪すぎる事に対して実際はまともなのが意外と言われた。彼女からはこのツンデレめ、と何度揶揄われたのだろう。

 正直なところ、明るすぎる人、陽キャと呼ばわれる人は苦手だった。俺は根暗と言われるほどに人が怖いなんて事はなかった。だが、口数が少なく話す回数はあまり多くなかった。人は好きだが、グイグイ来る人は苦手。そんな俺に彼女はとても輝いて見えた。

 どうせこの人も話が早いんだと勝手に思っていた。

 教室で本を読んでいた時。

「なにを読んでるの?」

 彼女はそういきなり話しかけてきて、俺はブックカバーを外して表紙を見せた。

「砂の惑星っていうsf小説。聞いたことある?今度映画もやるんだよ」

 彼女が突然来たにも関わらず俺は落ち着いていたと思う。

「へー面白いの?」

 読んでいるのだから面白い事は当たり前で、内容を聞くならまだしもなんと無粋な事を聞くのだろうと俺は勝手に不快だと思い、眉間に皺をよせる。

「それは、まぁ」

「ふーん」

 そして俺はブックカバーを本につけて、視線を戻す。すると彼女は前の席の椅子を横向きにして俺の方に顔を向けて座る。

「何?」

 で本を読んでいる時にこちらを向かれると、とても気になる。

「別に」

 その言葉だけで会話が済んだ事に驚きと、安心を感じていた自分がいた。それからボクが彼女を好きになるのに時間は掛からなかった。確か付き合ったのは六月の二十二日、テスト前の勉強会の時だった。

 それからは何回かデートに行ったが、どれも甲斐性を見せられるほどのものでもなかったと思う。それでも心地よくいられた事が何よりも嬉しかった。

 そして……終わった日。九月の二十二日。

 何となく感じていた向こうから興味を向けられていない事を。不器用な俺はそんな事を聞くことも、聞く勇気もなく。何かの示し合わせか、ちょうど三ヶ月で俺の初恋は終わった。二学期中間前だったのだろうか。テストに集中できず酷い点数を取ったのを覚えている。親からは、なぜこんな点数なのか詰められ、学校のライバルたちからは呆れられる始末。勉強しか取り柄の無い俺に残ったものは何もなかった。

 

 それから……夢は記憶を遡る。

 不登校になるまで時間はかからなかった。中3の夏はとても忙しいらしい。

 らしいというのは、普通の中学生だったら受験勉強で忙しいのだろうが、自分は中高一貫教育をしている学校に中学受験をして、特待で入っていた。そう、わざわざ中学受験をしてまで学校に入れてもらっているにもかかわらず不登校になるなど言語道断であろう。しかしそんなことなどもうどうでもいいぐらいには疲れ切って何もしたくなくなっていた。

 失恋と失敗に、打ちひしがれた中学生男子。

 学年は一貫教育によって高校卒業までメンバーは変わらない。受験というものがないが故に怠惰でいられる。この3つの条件が揃う時、なにが起こるのか。

 学年全体に別れた話が流れ、心に傷を負っている男子中学生にさらに傷をつける悪意なき善意といたずら心。これによって学校自体、自分自身すら嫌いになって、どうしようもないほどに心の底から嫌になるのである。

 いつもの態度は人に興味がないふりをして、スカしていた俺はいかに人が好きで、少数ではあるが仲良くなった人にはとことん心を開くかを身に沁みてわからされた。結果的には一人で心を開き期待して、一人で絶望という深い穴に落ちた俺はどこまでも闇に浸かり、決して一人では抜け出せない穴にたった一人。たった一人で手を伸ばしもしないまま落ちて行ったのである。

 

『どうしたらよかったんだよ』


『どうしたら苦しくなくなるんだよ』


『どうしたらこの胸の痛みは無くなるんだよ』

 

 もう自分には何も残っている気がしなかった。

 本の中の主人公の台詞を取って付けたような言動。

 自分の行動に周りが反応していること自体が苦しくなった。

 親とも話せなくなった。

 元からコミュニケーションが上手い親でもなかったが、趣味の話など盛り上がって話せる話題はあった。だが、学校に行かず何もしないで寝ているおれは父親からしたら腹立たしかったのであろう。何度も親父が俺は金を稼いでいるのにお前は何だと怒りを露わにしてくる。

 どうしようもない程の無力感と親に生かされてきたという鎖を具現化されたかのような苦しみに囚われ、親とは目も合わせられなくなった。

 体調も精神からのストレスで悪化した。


 元から朝が苦手で、低血圧が昼になっても治る事は無くなった。低血圧で苦しむ俺は親にとって目障りな存在だったのだと思う。誰とも顔を合わせることもなく二段ベットの上で一人寝る俺。何とも情けなく悪寒に体を震わせる。

 学校に行ける日は行っていたはずだった。しかし友達の目を見られない。分かっていたはずの勉強についていけない。

 一人。誰にも話しかけられることもなく1日が過ぎていく。もう、誰かに話しかけられても罵られるのでは無いかと怯えてしまう始末。そんな奴に話しかける物好きはいない。

 こんな噂を聞いた。

 例の不登校は振られて勝手に凹んで不登校になったと。そう。事実なのである。誰も悪く無い、情報は全くの真実なのである。自分が立ち直らないのが悪かった。早くまともに元に戻らないと。そう思った。

 そして一人家に帰り、塞ぎ込んだ。その頃には胸の痛みには慣れ始め、自分の慰め方も分かっていた。胸の痛みにあえぎ、心に蓋をし、全てを忘れ、勉強をする事でしか自分を慰められなくなっていた。だが、それでも痛みは決して無くなるどころか、強くなり続けていた。勉強をしていても睡眠は必要だ。3時ほどには必ず眠くなる。

早く寝られれば10時ほどには布団に入り、翌日5時には起きていたが寝られない日もあった。胸がとても痛み、涙が溢れてくるのである。

 もうその頃には彼女がいなくなったことは自分の中で、整理がつき大丈夫だったはずだった。そんなことよりも自分の価値が欲しかった。自分の虚無が埋まる何かが欲しかった。勉強をできない俺は自分じゃない。大人な精神、落ち着いた判断力、論理的な思考力これらを併せ持つ精神を持たない俺は自分じゃない。人に頼って悩みを解決できない俺は自分じゃ無い。

 確かに人に頼る事も時には必要だろう、しかし自分の精神の問題を人に相談したところで何になろうか。そのような事をするなんで“俺じゃ無い”と思った。そうして誰にも何も相談しないくせに隣に誰かがいて欲しくてたまらない。求めても自分から何かをしようともしない情けない俺が出来上がった。

 どうしてそこまで分かっているのに理想でいたいと思うかって?

これすらも自分なんだから。君はそういうキャラだろう

 もうそんな自分すら嫌いでどうでも良くなってしまったからだろう。


 情けない。


 クズ。


 穀潰し。


 ○ねばいいのにね?そうしたら楽になるかもよ?


 黙れよ。消えろ。


 実際周りが言っている事は何1つ間違ってはいなかっただろう?


 だけど、だけれども!俺にはどうしようも……


 俺は俺だろうがタスケテ


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