陸女(陸上競技大好き女子)
@nakamayu7
第1話 プロローグ 仁美と真矢
仁美と真矢には陸上競技が強い高校からスカウトの話がいくつも来ていた。
一般入試するつもりで勉強はしていたけど、高校でももちろん陸上は続けるつもりだったし、推薦で入るのも別に悪くない。
今年ももうすぐ終わりの師走。受験生にとっては受験勉強もいよいよ終盤にさしかかり、クリスマスも返上で最後の追い込みとばかりに目の色を変えて受験勉強に取り組んでいる頃である。
陸上競技にとって冬場は長距離種目、マラソンや駅伝のシーズンで、二人が住む京都でも年末から年始にはマラソンや駅伝大会がいくつも開催される。でも短距離選手である二人にとってはオフシーズンにあたるため、もっぱら次のシーズンに向けてトレーニングに励む時期である。
二人はスカウトを受けている高校の学校案内と、ここ何年かの各種陸上競技大会の記録を見ながら、どこに願書を出そうかと相談していた。
「京都から近いとか遠いとか、地理的なもんは考えんようにしよう。どうせ通われへんのやったら同んなじやし」
「陸上の短距離が強いとこ言うたらやっぱ関東が多いなあ。どうする?」
「ええんとちゃう?そこで」
陸上で短距離をやっていたら誰でも聞いたことがある超有名高校。二人はいっしょに願書を提出した。
陸上を本気で続けるつもりなら、絶対、スカウトしてくれるような強豪校に入った方が有利だってコーチも言っていた。
レベルの高いライバルが周りいることで自分への刺激になるし、いっしょに切磋琢磨していける仲間の存在は絶対必要だ。何より学校あげてのバックアップがある。設備もコーチ陣も一流だからレベルの高いトレーニングが期待できる。
優秀なコーチがいるといないでは天と地ほどの差ができることは、中学までの自分の環境を顧みても明らかだと思う。自分たちはいい環境、いいコーチに恵まれた。もしその存在がなかったら、こんな成績は残せていないだろう。
人が一人でできることって本当に少ないと思う。だから、そんな環境を手に入れるためなら、たとえ家から出て寮に入ることになっても仕方ないと思っていた。
学校を選ぶとき、両親にもそのように話したし、実際に願書を出した高校は関東の陸上の強豪校だったから、私たちの暮らす京都からは遠く離れて寮暮らしになる覚悟はできていた。
それなのに......
願書を提出した高校側からスカウトの話はなかったことにして推薦は辞退して欲しいとの連絡があった。
そんなのってある? そっちからスカウトしたんだろうが。しかも私は全中の100mハードルの優勝者だぞ。
私は驚いて真矢にすぐ連絡をした。真矢にも同じような返事があったらしい。
私の担任の先生も、この子は全中の優勝者なんですよ、そちらからスカウトしておきながら推薦を辞退せよとはどういうことか、どういう訳か聞かせて欲しい、と強めの抗議をしてくれた。
その結果を先生が話してくれたところによると...
とても言いにくいことなんだけど、と前置きをしながらも先生は本当に言いにくそうに話してくれた。
「おまえと岡部がいっしょって言うのがまずいらしい。どちらか一方だけなら是非きて欲しいと。できたら二人で相談してもらえないか、と言ってる」
それを聞いて唖然とした。先生も苦虫を噛み潰したみたいな渋い顔のままだ。
そう言われれば本当の理由はもう分かる。でも私たちは絶対同じ高校に行きたい。
中学まではずっと別々だったから高校は絶対同じところに行こうと二人で誓いあったのだ。
担任の先生からは「どうする?」と言われたけど、そこまで言われては推薦は辞退するしかない。
担任の先生とも相談して、納得いかないけど別のスポーツ推薦枠の高校に願書を出すことにした。でも答えは最初の高校と同じだった。
こうなったら一般で入る手もあるが、推薦入試を拒否した高校には行きたくない。もし一般で合格して陸上部に入部したところで、コーチや部員たちとうまく行くとは思えない。
でも陸上競技を続けるからにはある程度陸上競技の強い高校に進学したい。
陸上競技は一人で戦う競技だけど、勝つためにはトレーニングなど試合以外の部分で優秀な指導者は絶対必要だし、トレーニングする設備などの環境面も重要だ。
推薦を出してくれている高校はたしかに陸上競技に力を入れている高校ばかりだろう。ちゃんとした設備もコーチングも期待できると思う。
誰でも知ってる超有名なところから、聞いたことがない高校まで様々だけど、どうも有名校ほど世間体を気にするらしい。
私と真矢のこと、そんなに問題視されていることに今更ながら驚いた。ならばスカウトが来ているような強豪校は諦めた方がよさそうだ。
私たちは先生とも相談してスカウトにこだわらず、陸上競技でスポーツ推薦枠がある高校をすべて検討してみることにした。
真矢があることに気づいた。
「なあ、この高校、この前のインターハイの100mでファイナルまで残ってる子がいてる。ハードルも10位以内入賞者が2人いる。聞いたこと無い高校やけど」
「長崎かあ。キリスト教系の学校やな。女子校やん」
「キリスト教系で女子校やったら、私等にも偏見ないんとちがう?」
長崎心愛女子高等学校。カトリック系の中高一貫の女子高であるらしい。
スポーツ推薦枠があるのは陸上部、バレー部、軟式テニス部。バレー部、軟式テニス部は以前からインターハイ常連校らしいが、最近は陸上にも力を入れ始めたのだろうか。
先生に相談してみたところ陸上部についてさっそく調べてくれた。
2年前に着任した陸上部の顧問がコーチをしているそうで、女性で元陸上の短距離選手だったそうである。彼女の着任したころは陸上部はあったものの、中学からの持ち上がりで入部した子たちばかりで、推薦枠もなく当然有力選手の引き抜きもなかった。
そんな一般の生徒から彼女がコーチして育てあげた選手たちがインターハイ出場を果たし、去年は100m、100mハードルで上位入賞者を出したとのこと。
そのコーチの熱意と実績から今年から陸上部に推薦枠を設けたのだそうだ。まだ実績が少ないし、未知数なところが多いけど、そのコーチがいる今ならうまく育ててもらえるかもしれないな、と先生は言った。
それとなく岡部真矢と篠田仁美、二人そろってそちらの学校におまかせするかもしれませんが問題ないですか、と直接コーチに電話で問い合わせまでしたと言う。
「やりすぎかもしれんけど、前の2校のこともあるし、これ以上ごたごたするのもいややしな。向こうのコーチはもちろん二人とも知っていて、『今年の全中の優勝者ですね。責任重大ですが是非お預かりさせてください』って言ってくれた」
対応は誠実やったと、先生は好印象を持ったらしい。
こういう出会いも運命かもしれない。私はこの学校に惹かれた。真矢も同意見で、私たちは長崎心愛女子高等学校にそろって願書を提出した。
提出後、すぐに返事が来た。1月に選抜試験を行うとのこと。選抜試験実施要領のパンフレットと受験票が送られてきた。二人とも大会実績は申し分ないので、実技試験は免除され、小論文と面接のみでの受験となる。
「それにしてもSNSの力が凄いってことか、日本の陸上を取り巻く奴らがアホってことか」と真矢がため息交じりにつぶやいた。
「ええやん、ここで。選択の余地もないし。かえって迷わんでええわ」
「推薦やし、特待生枠もとれるらしいから、親たちも反対はないやろ。遠いから寮に入ることになるなあ」
「それは覚悟してたからええんやけど、女子高かあ、しかもキリスト教。お嬢様系の女の子ばっかりなんちゃう?」
「仁美、あんたモテモテやで、絶対」
身長が高くてショートヘア、運動も勉強もそこそこできた私は小中学校で結構モテた。ただし女の子にだけど...
真矢はロングヘアだし、スカート履いてたら普通の女子だ。
「仁美がモテるんは、見た目もあるけど、その辺の男より男っぽい性格のせいやで。さっぱりしてるし。仁美がおったらその辺の男、みんな霞んでしまうもん」
「ありがとう。全然うれしないけど」
年が明けて間もない1月の中旬。選抜試験のため二人は長﨑を訪れた。午前11時から小論文が1時間、午後に一人づつ順番に面接が行われる予定だ。
その前日、二人はJR京都駅八条口の長距離バスの発着ステーションで待ち合わせをしていた。午後21時発の長﨑行き深夜直行バス。長﨑到着は翌朝9時頃の予定だから、そこから学校までの移動時間を考えても試験開始までには十分間に合うはずだ。
真矢も仁美も中学校の制服スタイル。真矢はオレンジのダッフルコート、仁美は黒のダウンジャケットを羽織って寒さ対策も万全。
初めて乗る長距離バスの中は暖かかった。ちょっと暑いくらい。隣り合わせの座席に座って、脱いだコートを膝にかける。
乗車率は3分の1くらいか。ずいぶん空いてる。途中、神戸とかにも寄るみたいだからまだ増えるのかもしれない。でも、この時期に京都から長﨑に行く人ってどんな人なんだろう。私達みたいな受験生はそんなにいるとは思えないし、私達と同じ年頃の子は見当たらない。たいていは仕事の関係なんだろう。ちょっと大学生っぽい人もいるけど、年末年始に京都に帰省していてこれから学校へ戻るのかもしれない。
バスは定時に出発。しばらくは信号で頻繁に止まりながら街なかを走っていたが、間もなく高速道路に乗るとスピードを上げ、見慣れた京都の街はあっという間に見えなくなった。
「うー、緊張してきた」仁美がつぶやく。
「小論文の下書きしてきた?見せっこしよ」と真矢。
私はカバンからノートを出して真矢に渡した。真矢は私のノートを受け取ってぱらぱらとページをめくりながら開口一番、
「字、汚ったな!」
「え、そこ?」
「これやばいで。内容の前に、字が汚すぎて読めへんで落とされるんとちゃう?」
「本番のときは丁寧に書くもん。時間たっぷりあるし」
真矢は「はあ」とため息をつきながらも最初から目を通してくれた。ときおり「これなんて読むん?」と聞いてくる。私も真矢のノートを読んだ。真矢の字はちょっと右肩上がりの癖があるが、すごくきれいだ。
二人の下書きの内容はだいたい同じだった。実は『この学校を志望した理由』について、どう書くか二人はずいぶん悩んだ。スカウトされた学校に断られたからなんて書けないし、そもそも断られた理由を書くことは絶対にできない。悩んだ末に『この学校のカトリックの理念に基づいた教育方針に共感を受けたこと。その上で陸上競技の推薦枠が今年から設けられたことに加え、昨年のインターハイでの貴校の実績を鑑みて志望しました』というようなことでまとめちゃおうと言うことになっていたのだ。
「うーん、でもやっぱ面接で志望理由をしつこく聞かれたらやばくない?」と仁美。
「なんで長﨑なんだって話だよね」
「願書を出す前に陸上部の顧問の先生と連絡をとったのは言わないほうがいいよね」
「そうだね、顧問の先生に迷惑かけそうだし」
「でも、顧問の先生は二人まとめて引き受けてくれるって言わはったらしいけど、それってどこまで確かなんやろ。顧問にそこまでの権限あるんやろか」
「スポーツ推薦やし、顧問の発言力は結構あるんとちゃうかな、知らんけど。まあ、仁美があんまりアホなことせへんかったら大丈夫なんとちゃう?」
「いざとなったら、二人で一緒の学校に行きたかったけど、他の学校に全部断られて、もうここしか行くとところがないんですって泣きを入れようか」
「なんで断られたのかって聞かれるで」
「ああ、あかん。墓穴や」
バスが神戸に立ち寄る前までは、お喋りをしていた二人だが、真矢が欠伸をして仁美にもたれかかってきたあたりから仁美も急激に眠気を覚え、二人で寄り掛かりあって眠った。途中、何回か目を覚ましたが、バスの単調な振動と暗い車外の景色と窓に映る自分たち二人の姿を確認して、また眠りに落ちた。
真矢が何度目かに目を覚ましたとき、外が明るくなっていた。バスは関門海峡大橋を渡って、九州に入るところだった。高いとこに掛かっている橋から見えるのは豊後水道の海だ。海上には朝日を浴びたたくさんの漁船が、キラキラと光を反射して浮かんでいるのが見える。
あんまりきれいだったので仁美を起こそうかとも思ったが、隣でぐっすり眠っている寝顔を見て思い留まった。
しばらくして朝日が窓から差し込んできた。空は雲一つない晴天のようだ。眠っている仁美の顔にも朝の光がさしかかる。カーテンを閉めようかと思ったところで仁美が目を覚ました。
「あれ、真矢。もう起きてたん?」
「うん」
他の乗客はもう起きている人もいるような気配がするが、まだ朝早いので二人は小声でしゃべった。
「あー、よく寝たあ。お腹すかへん?」
「起きて、いきなりそれ?」
「なんか食べるもん買うてきたらよかったなあ」
「クラッカーしかないけど食べる?」
「やったー、飲みもん買うてくるわ」
仁美は車内に設置されている自動販売機の方へ向かった。
バスは九州自動車道を南下。そのまま九州横断自動車道で福岡県、佐賀県を通過して長崎県に入った。もうすぐ終着のJR長崎駅前に到着する旨のアナウンスが車内に流れた。
それを聞いて仁美がぽつりとつぶやく。
「なあ、もしこの学校があかんかったらどうする?もう推薦の締め切りは全部終わってるし、一般で入るしかないやんな」
「近所の学校で、私らでも入れるくらいの偏差値で、陸上が強いとこでって言ったら洛清かなあ」
「あそこ難しいんとちゃう?陸上部の先輩が行かはったけど」
「仁美じゃ無理か」
真矢は冗談のつもりだったのだが、仁美はがっくりとうな垂れてしまった。
「二人でいっしょの高校に行くって、こんなに難しいこととは思わんかった」
私っていっつも言い方間違えて人を傷つけてしまうんだ。もうこれ以上同じ過ちを繰り返したくないのに。
「ちょっと遠なるけど、大阪やったら二人で行けるとこあるって。そもそもまだ結果も出てないんやからそんなに落ち込まんでもええやん」
真矢はなるべく明るい口調で言った。
「うん、そうやな」
仁美もちょっと明るい顔で答えた。
バスはほぼ予定どおりの時間にJR長崎駅に到着した。駅前の喫茶店で朝食を食べて少し時間を潰してから路面電車に乗った。
朝10時30分頃、長﨑心愛女子高校に到着。受付で受験票を提示し、案内板に従って試験会場の教室に入る。真矢と仁美は受験番号が続きの番号なので前後の席に座わることになる。入室するとき、ちらっと教室を見渡して見たが結構多くの生徒がいる。試験を受ける子達はみんなスポーツ推薦枠での受験生だから、バレーボールか軟式テニスか陸上の選手なんだろう。身長が高い子はたぶんバレーボールの選手なんだろうけど、さすがにみんながっしりした体格だ。
事前に原稿用紙が配布される。試験の開始時間になり、試験官の先生が小論文のテーマを黒板に書いた。『あなたのXXについての思いを、この学校を志望した理由と合わせて1200文字以内で述べよ』
「このXXの部分には、みなさんが推薦を受ける運動部の名前を入れて下さい。たとえばバレーボールとかテニスですね」
小論文は例年、同じテーマで出題されるから受験生はみんな事前に書く内容は考えてきているはずだ。当然、真矢も仁美も準備してきたからスラスラと鉛筆を走らせることができる。教室内は静まり返り、みんなが軽快に鉛筆を走らせる音だけがやけに大きく聞こえる。
面接では、この小論文の内容を参考にしながら面接官との質疑応答が行われるという流れだ。
面接は推薦を受ける運動部ごとに別々の教室で行われるようだ。陸上部の推薦は真矢と私、それ以外の子が数名、教室の外に置かれた椅子に座って順番を持っていた。一番最初に名前を呼ばれたのは仁美だった。
「失礼します!」とドアの前で大きな声で挨拶。「どうぞ」という返事を聞いてからドアを開けて中に入り、お辞儀。振り返ってそっとドアを閉める。後ろ手で閉めてはいけない。「着席してください」と言われるまでそのまま待機。勝手に椅子に座ってはいけない。着席を勧められたら椅子のところまでまっすぐに進み、一礼してから着席する。椅子に座ったら背筋を伸ばし、足を閉じ、まっすぐに面接官の方を見る。きょろきょろしたり俯いてはいけない。堂々とはきはきと受け答えをするべし!中学校で面接の受け方を教えてもらって、先生を相手にいっぱい練習した。
勝手に入って来るな!後ろ手でドアを閉めるな!勝手に座るな!背筋を伸ばせ!きょろきょろするな!もごもご言うな!と散々だった仁美であるが、そのおかげで本番はうまくできた。
仁美は、年配の男性と若い女性の二人の面接官と向き合って、教室の中に1つだけ置かれた椅子に座った。陸上についてのこれまでの経験や思いについて、いくつか質疑応答が行われた後、
「では次に、志望理由について質問します」
年配の男性の面接官の質問に、仁美はぎくりとして顔が強張りそうになるのをぐっと堪えた。そこを突かれるのが一番怖い。
「我が校の教育理念に共感していただいたのはうれしいことです。ありがとうございます。陸上部はまだ実績は少ないですが、熱意のあるコーチもいますので、今年から推薦枠を設けたわけで、あなたが最初の推薦枠での応募者ということになります。そこで1つ質問なのですが、あなたはカトリックの信者ですか?」
そうきたか。なんか外堀から埋められて行くような嫌な感じがする。
「いいえ、違います」
「それでは、何故我が校のカトリックの教育理念に共感を受けたでしょう?」
「生意気だって言うのは分かっているんですけど、個性を生かすとか、自分で考えて行動する精神を身につけるとかって教育理念はよく聞くと思うんですが、この学校ではそれが本当に実行されていると感じるんです。私はカトリック教徒ではないですし、正直カトリックの教えについてほとんど何も知りません。だから歴史とかの授業の聞きかじりでしかありませんが、カトリックの信者の方って、そういうことをあたりまえとして生きておられるのかなあって思っていて。そんな先生方がおられる学校だから教育理念がお題目ではなくちゃんと実践されているのではないかって思うんです」
この質問は事前に想定した範囲だったので、スラスラと答えることができた。できたらこれで納得して欲しい、と仁美は心の中で祈った。
「なるほど分かりました。そんな風に思っていただけるのはうれしいです。しかしそれだけの理由でわざわざ長﨑まで来る必要があったのかなって、正直疑問に思ってしまうんですよね。カトリックの学校なら関西にも多くありますし、本校の陸上部だってまだまだ強豪と言えるレベルではありませんし」
だめだ。口先の言葉で逃げることはできそうにない。仁美は腹を括った。
「先生を納得させる理由にはならないかもしれませんが、実はこの学校に応募する前に何校か推薦を断られていて。だからカトリックの教育理念の学校だったら私達を受け入れてくれるんじゃないかと思ったんです。それにやっぱり陸上が強い学校に絶対行きたいし」
「『私達』というのは、いっしょに応募された岡部さんのことですか?」
「はい......そうです。私達はこれまでずっと違う学校に通ってました。だから高校は同じ学校に行こうと約束してたんです。いっしょに大好きな陸上がしたいんです」
私の言葉を聞きながら、男性の教諭がちらっと女性教諭と目を合わせた。
「なるほど、そういう訳ですか」
あれ、通じたのか?この次の質問を覚悟してたんだけど。『なぜ推薦を断られたのか』
結局、その質問は出てこなかった。
「では、柴田先生からも質問をお願いします」
それまでじっと黙って話を聞いていた若い女性の先生が初めて口を開いた。その女性はにっこり笑って、
「はじめまして、篠田仁美さん。お会いできるのを楽しみにしてました。私は陸上部顧問の柴田です。あなたの担任の先生ともお話ししたとおり、私が二人を責任を持ってお預かりします。責任重大だけどね」
「先生、まだ合格判定はこの後なんですよ。あまり早まったことは言わないで下さい!」
「陸上は記録がすべてです。凄い記録を引っ提げて我が校に入るって言ってくれてる子を採らない理由なんてありません」
やれやれ、と言いながら苦笑いする年配の男性教諭。
「篠田さん、ありがとう。これで面接は終わります。結果は追って通知します。お疲れ様でした」
「ありがとうございました!」立ち上がって礼をする仁美に、
「またすぐに会いましょうね。待ってるわ」と声がかかる。
「もう、柴田先生!」
そんなやりとりは聞こえないふりをして「失礼します」と、仁美は面接会場の教室から退出した。
次は真矢の番。教室から出てきた仁美を真矢が「どうだった?」という顔で心配そうに見る。仁美は笑顔で右手を突き出し、その親指を立ててみせた。
きっと大丈夫だ。この学校を選んだの正解だよ。
「面接、何聞かれた?」
「篠田さんに聞きましたがって言わはって、二人で同じ学校に通って大好きな陸上をいっしょにやりたいそうですね。もし二人ともこの学校に合格したら、その願いはかなえられそうですかって」
「へえ...それで?」私のときとは随分違う。
「もちろん、はいって答えたよ。でも、それ以上志望理由は全然聞かれへんかってん。なんか拍子抜けした。まあ、ええんやけど。それにしてもあの女の先生が顧問の先生だったってびっくりしたわ。もう合格!って感じで話ししてくれはって」
「きっと大丈夫だよ。同じ学校に行けるよ、真矢」
私たちは二人揃って選抜試験に合格した。顧問の先生はああ言ってはくれたけど、最悪の落ちも考えないではなかったので、二人共に合格通知が来たときは本当にほっとした。
とりあえず、二人で同じ高校に通って大好きな陸上競技を続けるという当面の目標はクリアしたわけだ。
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